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四月①・転校してきたできる男

霧のように音もなく降る雨は、やはり午後になっても止まなかった。 この花睡(かすい)高等学校の校舎と寮のある小高い丘は、雨がよく降る。 短い春休みが終わり、新二年生と新三年生は、昨日寮へ戻って来た。 ここは関東近郊から生徒が集まる全寮制の男子高校。 周りは深い森に囲まれている。 最寄り駅からバスで五十分もかかる辺鄙な立地。 今まさにスクールバスに揺られ、駅からこの学園に向かっている新一年生は、どんどん心細くなっている頃だろう。 バスが到着する十五時に合わせ、制服姿の三年生がビニール傘を差し、ぞろぞろと学校の正門横駐車場へ集まってくる。 いつもは時間にルーズな俺も、遅れずに出迎えの列へと並んだ。 「光夜が時間通りに来るなんて、めずらし」 三月まで同室だった園崎和登(そのざきかずと)に揶揄われる。 「うるせー。俺、後輩には親切にしてやるんだ。雅史(まさし)先輩がしてくれたみたいにさ」 「あぁ、なるほどね。光夜は一年生の時、かなり先輩の世話になったもんな。でも「そんなんじゃ一年とは同室にさせないぞ!」ってこの間も田淵(たぶち)に怒られてたろ?光夜のペア、本当にいないかもしれないよ」 笑っている和登だって、オシャレに着崩した制服を何度も注意され、同じように怒られていたくせに。 寮は二人部屋だ。 一年生は三年生と、二年生は二年生と同室になる。 三年生は皆、一年生が心細くて仕方ないことを知っている。 学園に来たくて来たわけじゃない者が大半なことも、知っている。 でも、慣れれば楽しいことも、そんなに悪い学園じゃないことも知っている。 だから、一年生には親切にしてやろうとする。 同士として。 俺が一年生の時は、吉井(よしい)雅史先輩と同室だった。 二年前、ここで雅史先輩に出迎えてもらった時も、霧のような雨が降っていた。 鬱蒼とした森を見て、心細く泣きたくなったことをよく覚えている。 三台のバスが連なって、正門から入ってきた。 バスの中から、不安そうな顔をした一年生が、出迎えの三年生を見下ろしている。 バスのドアが開き、どの号車からもまずは担当教諭が降りてきた。 教諭は一年生の名前を読み上げ、続けて同室となる三年生の名を呼ぶ。 一年生は皆、自宅に送られてきただろう着慣れない制服を、初々しく身に付けていた。 まだ身長が伸びることを考慮し購入されたのだろう。 少し大きめのブレザー姿が可愛い。 皆、小ぶりのスクールカバンを一つだけ持ってバスから降りてくる。 このカバンに入る分だけ、私物の持ち込みが許可されているのだ。 その中身をチェックされることは無い。 三号車の担当教諭から、ようやく名を呼ばれた。 俺が最後の一人だった。 同室になるのはどんな子かと楽しみに待っていると、眼鏡をかけた背の高い男が、ステップを降りてくる。 なぜかネクタイの色が、一年生の臙脂色ではなく、三年生の深緑色だった。 「彼は三年生。転校生だ。よろしく頼むぞ、光夜」 この学園では過去に例を見ない、異例の転校生。 後輩を可愛がってやるつもりだった俺にしてみれば、あまりに予想外だった。 「柚木圭吾(ゆのきけいご)です。よろしくお願いします」 男ははっきりとした声で、礼儀正しく名乗ってくる。 制服の茶色いチェックのズボンと、ジャストサイズの濃鼠色のブレザーがよく似合っていた。 「あー、和田(わだ)光夜です。よろしく」 全く可愛くない、隙のない賢そうな男。 この学園には、なぜかこういうタイプが多い。 人生何回目?と言いたくなるようなできる男が。 俺はできる男は苦手だ……。 今までこのタイプで親しくなれたのは、雅史先輩くらいだから。 圭吾は、真っ黒くコシのある髪をヘアワックスでアップにセットしていた。 形の良いオデコと、角張った眼鏡。 姿勢もよく全体的にカチっと真面目な印象だ。 茶色くて柔らかい髪をモフモフと伸ばし、猫背気味の俺とは正反対。 身長は百八十センチを超えている俺や和登よりは、少し低い。 体格は俺と似たり寄ったりで、標準よりは細身だろう。 思わず上から下までチェックするように見てしまったけれど、嫌な顔はされなかった。 「まずは寮の部屋へ案内し、その後、校舎、寮棟の説明をするように」と事前に指示されている。 俺は「行こう」と声を掛け、ビニール傘に二人で入り、歩き始めた。 傘は小さく、濡れないようにと自然に肩を寄せ合う。 気まずさを誤魔化すためにも、話の糸口として圭吾が持ち込んだあまり中身が入っていなさそうなスクールカバンを指差し、問うた。 「何持って来たの?」 「私物が持ち込めると説明は受けたのですが、何を持ってきていいのか分からなくて。とりあえず、夏休みまでに使うヘアワックスを数個と、日記帳を」 「それだけ?俺のスクールカバンは、菓子でパンパンだぜ。主にグミ」 「グミ?」 「そう。コンビニで売ってるグレープ味のグミ。俺の精神安定剤」 圭吾と会話してみると、過去にどこかで会ったことがあるような、ないような、不思議な感覚を抱いていた。 顔に見覚えがあるわけじゃない。 何だろう……。 はっきりとしない自分の記憶が、気持ち悪かった。

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