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四月②・可愛らしい一面も

寮の部屋へ辿り着くまで、俺は圭吾に思いつくまま説明をしていく。 「寮はA棟、B棟、C棟があって、全部三階建て。どの棟も風呂は一階、トイレと洗面所は各階にある。俺たちの部屋はA棟の三階。窓からは森が見える。俺はその眺めが好きだから、階段の登り降りは面倒くさいけど、悪くない部屋だと思ってる」 正門から校舎裏手に回り込み、渡り廊下に置かれた傘立てへ無造作にビニール傘を突っ込む。 「色んな建物が建ってるけど、基本的に渡り廊下で繋がってるから、傘はほとんど使わない。全ての建物は土足禁止で、ほぼ一日中上履きを履いて過ごしてる」 「その傘は和田くんのではなく、共有物なのですね」 「そう。それからこの学園、生徒はみんな下の名前で呼び合う。ほら、こんな学園に通う奴は、多かれ少なかれ変わった家族環境だから。家に縛られないようにって配慮らしい。俺のことは光夜でいい、俺も圭吾って呼ぶから」 戸惑った顔をしているから「呼んでみて?」と促してやる。 「……光夜」 「うん。光る夜と書いてコウヤな。寮の飯は美味いよ。金曜の夕飯はカレーって決まってる。チキン、ビーフ、ドライカレーの時もある。俺はカレーより酢豚が好き」 「酢豚は僕も好物です」 「パイナップル入りだぜ」 圭吾は「え?」という渋い顔をする。 パイナップルは要らない派らしい。 「学園、寮で使う物は、寮の部屋に既に用意されてる。購買はないから、必要なものがあったら寮父に申請すること。やり方はその時に教えるよ」 圭吾は都度頷きながら、真剣に俺の話を聞いていた。 「着いたよ。部屋はここ。鍵はないから」 部屋の中はシンプルで、二段ベッドと、勉強机が二台。 圭吾の机の上には、新しい教科書、辞書、ノート、筆記用具などが段ボールに入って置かれていた。 ベッドの上には、替えの制服、普段着でありパジャマでもあるジャージ上下、半パン、Tシャツ、下着が用意されている。 洗面用品なども、ひとまとめに袋に入っているはずだ。 制服を脱いでジャージに着替えた後も、それなりに張り切って学園と寮の中を案内してやった。 そこかしこで、一年生を案内中の三年生とすれ違い、皆が異例の転校生に話しかけてくる。 「転校生だって?よろしくな。光夜は可笑しな奴だから、気をつけて」 「光夜の説明、分かる?こいつ変わってるから。分からなかったら、寮父にちゃんと聞いたほうがいいぜ」 揃いも揃って似たようなことを圭吾に吹き込んでいく。 圭吾は律儀に「ありがとう。大丈夫です」と返事をしていた。 「ここは生活棟。一階が医務室と図書室。二階が食堂。三階は談話室とランドリー。洗濯は各自がランドリーでする。乾燥機があるから干す必要はない」 「制服は?」 「定期的にクリーニングの回収があるから自分で洗うのはシャツだけ」 「なるほど」 「校舎は一階に職員室と一年の教室。二階が二年と三年。三階は特別教室。体育館とグラウンドは、運動部が盛んじゃないから、土地が広いわりに大きくない」 「いや、充分な大きさだと思います」 「そう?正門側にある棟には、事務局と警備室、園長室、理事長室が入っている。先生たちが暮らしているのは奥の宿泊棟で、生徒の出入りは禁止」 「天文部の活動場所はどこですか?」 「天文部?入るつもりなの?あそこは怪しいからやめたほうがいいぜ。場所は校舎屋上に建てられたプラネタリウム。でも本当にやめたほうがいい」 圭吾は「はい」でも「いいえ」でもなく、キョロキョロと辺りを見渡し、指をさす。 「あのガラス張りの建物は?」 「あれ温室。すげぇ広いの。今度ゆっくり案内してやるよ。温室の向こうには森に出られる裏門があるんだ。鍵は掛かっていないから、好きに出られる。でも森へ行っても何も面白いものは無いから、俺くらいしか出ないけどな。もし圭吾が森を散歩してみたくなったら、奥までは行かないほうがいい。俺でも迷子になるから」 圭吾は飲み込みも早く、質問も的確。不安でも寂しそうでもないから、世話を焼いてやるタイミングもなさそうだ。 1言ったら10分かるって感じ。 できる奴は、つまらない。 環境に馴染めず泣きそうなのに、それを必死に隠そうとして雅史先輩に迷惑をかけまくった一年生の頃の俺とは、大違いだ。 食堂で一緒に夕食を食べ、風呂に入り、談話室で皆が圭吾を質問攻めにするのを眺めていたら、あっという間に消灯時間の二十三時となる。 トイレに寄ってから部屋へ戻ると、一足早く戻った圭吾が、ドアのところで立ちすくんでいた。 「何?どうした?」 「く、蜘蛛が。僕の枕の上に……」 この寮でも年に数回しか見ないような巨大蜘蛛が、張り付いている。 「どっから入って来ちゃったんだよ。ダメだぞ。ほら」 両手で掬うように蜘蛛を捕まえ、窓からそっと出してやる。 「雨に濡れないように、庇のところで雨宿りしてから、森へ帰れよ」 「あぁ、助かりました。虫とか蛾とか蜘蛛とか苦手で……。ありがとう光夜。貴方と同室でよかった」 そう微笑んだ圭吾は、風呂に入った後だから、前髪が下がっていて少し幼く見える。 「大げさな奴」 そう返しながらも悪い気はせず、にやけそうになった。 慌てて梯子を登り二段ベッド上へ登る。 手を伸ばし、垂れ下がった紐を引いて電気を消した。 「おやすみ」 「おやすみなさい」 部屋が暗くなってしばらくしても、圭吾は眠れないようで、何度も寝返りを打っているのが分かる。 俺は、音を立てて降り始めた雨に誘われるように、いつの間にか微睡み、眠った。

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