8 / 49
六月①・フォークダンス
六月が始まったばかりの日。
曇天でもいつもと変わらず、窓の外から鳥の鳴く声が、何種類も聞こえてくる。
「光夜、起きて。朝食に行きますよ」
まだ七時十五分。
半分寝ている俺を引っ張るように、圭吾が部屋のドアを開ける。
廊下には夏の制服のズボンとサマーセーターが置かれていた。
昨晩のうちに寮父によって配布されたのだろう。
ズボンは生地が夏物になり、冬服の茶色から、爽やかな紺色のチェックに変わる。
俺のは昨年秋に回収されクリーニングされたものが、圭吾のは新品が届いていた。
食事を済ませ、制服に着替える頃、ようやくしっかりと眼が覚めてきた。
圭吾は、夏服もよく似合っていて、白いサマーセーターが少し眩しかった。
—
六月二週目の土曜には、毎年恒例の体育祭が行われる。
今年は珍しく朝から快晴だ。
紅と白と青の三チームに分かれ、各色の鉢巻を頭に巻いて点数を競う。
優勝したチームには、夕食にチョコレートケーキが付くという特典がある為、皆かなり真剣になる。
俺の三年一組は、二年一組、一年一組とともに紅組。
圭吾たち三組は青組だ。
この学園、運動部は弱小で突出して足の速い者もいない。
ゆえに結果が読めないから、クラス対抗リレーは、とても盛り上がる。
午前午後と行われた競技が終わり、優勝チーム発表の前には伝統のフォークダンスがある。
大きな輪っかと小さな輪っかが、一つずつグラウンドに作られた。
小さい方は、内円も外円も二年生。大きな方は、内円が一年生で外円が三年生。
フォークダンスの振付は、一年生の体育の授業でみっちりと教わる。
といっても、オクラホマミキサーとコロブチカの二曲を、交互に何度も繰り返すだけの単純なものだ。
一週間前。
「圭吾にフォークダンスを教えておいてくれ」と体育教諭の田淵先生に頼まれた。
だから、部屋で鼻歌を歌いながら踊ってやった。
「な、簡単だろ?やってみ」
圭吾は意外とダンス的なことが苦手らしく「部屋が狭いから動きにくいです」などと言い訳をしてくる。
「じゃ、もっと広いところでやろうぜ」
そして消灯前。
わずかな灯りだけになった夜の温室へ移動し、練習をした。
二人、少し汗ばんだ手をしっかりと繋いで、カウントを取りながら、温室の中央通路で踊る。
頭では分かっていても、手足が動かない圭吾が可愛い。
もう一回、もう一回と熱心な彼に合わせて、手を繋いだまま、何度も何度も練習に付き合った。
ダリアはほとんど香りがしないのに、段々と花に酔っているかのような気分になって、妙に気持ちが高揚した……。
グラウンドに作られたフォークダンスの大きな輪っか。
俺の対角線上に、圭吾の姿が見えた。
練習の甲斐あって、上手に踊っているのを目で追う。
和登の情報によると、圭吾は一年生に人気があるらしいから、彼と踊れた子は、喜んでいるだろう。
運動会の優勝は僅差で青組だった。
夕食時、物欲しそうな顔をして、じっと圭吾のトレーに乗ったチョコレートケーキを見つめてしまう。
「うちの犬が、よくそういう顔をしていました」
「ワン!」と元気に返事をしてみせれば、圭吾は深く溜息をつく。
「一口食べてもいいですよ。フォークダンスを教えてくれたお礼です」
一口といいながら、半分を皿に取り分けてくれた。
「うわっ美味っ!」
体育祭の日にしか食べられない特別なチョコレートケーキ。
俺は、三年間で初めて食べた。
そして何より、素直に欲しそうな態度をとった自分が珍しかった。
圭吾が特別だからだろうか。
そう思うと、照れくさかった。
夜まで、体育祭の興奮は続く。
大浴場の中でも、皆がいつもよりはしゃいでいた。
消灯時間を過ぎても、廊下からふざけあう声が聞こえる。
きっともうすぐ田淵先生の怒鳴り声が響き、静かになるだろう。
体育祭で浮ついた校内の雰囲気は、三日もしないで日常へと戻ってしまった。
ともだちにシェアしよう!

