9 / 49
六月②・チョコレート色のダリア
温室のダリアは、申請すると誕生日の生徒へ贈ることができる。
贈りたい日の前日に「誰から誰へ」というタグを記入し、選んだ花に括りつけるのだ。
そして見過ごされないように、その花の横に水色の旗を立てておく。
人気のある生徒の誕生日前日には、温室に沢山の旗が立つ。
今年の一番人気予想は、やはり美智雄だ。
超美形でクール、冷たい雰囲気で近寄り難いけれど、憧れるにはそれで十分。
天文部の部長であり、生徒会長でもあるから、当然といえば当然だ。
昨年は生徒から四十二本、学園から一本、計四十三本のダリアが、美智雄に贈られたらしい。
学園からの一本は、どの生徒の誕生日にも贈られ、その花は庭師が選んでくれる。
皆、ダリアが欲しいから、日にちが近くなると「もうすぐ誕生日なんだ」と、クラス、部活、委員会で、触れまわる。
それでも生徒一人が貰っているダリアの平均は、五本だ。
申請書類を書いて事務局に提出し、温室まで花を選びに行かねばならず、贈る側としては、正直面倒くさいから。
春季、夏季、冬季の休暇と誕生日が重なる人は、休みに入る前日に花を受け取る。
だから終業式前の温室は賑やかで、庭師は忙しそうにしている。
部室に部員の誕生日リストを掲示している部も、多いらしい。
でも俺は、一年生の頃から誕生日を人に伝えるのに、躊躇いがあった。
美術部は部員数も少なく、個人主義だから、ダリアを贈り合う習慣がなくてよかった。
だってほら、人に何かして貰うって、いやだろ?
やっぱり苦手なんだよ。
水曜の放課後、園芸委員の当番の日。
モワッと湿度の高い温室に足を踏み入れると、既に十本以上の水色の旗が立っていた。
誰の誕生日なのかと、タグを手に取り名前を見てみると、全て圭吾宛だった。
贈っているのは主に天文部の奴らだろう。
圭吾は明日、六月十七日が十八歳の誕生日なのか。
俺は明後日の六月十八日生まれ。
一日違いだなんて、ちょっと嬉しい。
よし、俺からもダリアを贈ってやろう。
園芸委員として庭師の手伝いが終わった後、事務局へ行く。
面倒くさい書類を書いて、ダリアに括り付けるタグを貰う。
温室に戻り、入口から遠い場所に咲いている、ボリュームある八重咲の花を見つける。
その花に圭吾宛のタグをつけ、旗を立てた。
綺麗なチョコレート色のダリアだった。
翌朝。
いつもと同じく圭吾に起こされ、引っ張られるようにベッドから出る。
「さあ、行きますよ」
ドアを引いた圭吾が「あぁ」と感歎の溜息をつく。
ドアの前には、庭師が朝早くに摘んでくれたダリアが二十本程、山となって置いてあった。
圭吾はダリアの前にしゃがみ込む。
「見てください、光夜。今日は僕の誕生日なんです。花を貰うなんて……、人生で初めてです」
これは誰からだ、これは一年生のあの子だ、あぁあの人もくれた、と独り言を言いながら、拾い上げている。
切り口には水分を含ませたキッチンペーパーのようなものと、アルミホイルが巻かれていた。
ダリアの山の一番下に、俺の贈ったチョコレート色が見えている。
圭吾が一本ずつ拾い上げ、山が低くなる毎に、俺の心拍数が上がっていった。
「この一番大きなダリアは……。あっ、光夜!」
パっとこちらを振り向く。
「ありがとう。あぁ、とても嬉しい」
圭吾は素直に喜んでくれた。
少し瞳を潤ませて微笑んでくれた。
俺は照れくさくて「あぁ」としか言えない。
「ほら、花瓶。入りきらないだろうから、俺のも使えよ」
この時の為だけに、部屋には一人に一つ花瓶が用意されている。
庭師もこの花瓶に合う長さにダリアを切って、置いてくれるのだ。
共同の洗面所で花瓶に水を入れ、圭吾が丁寧に活けるのをベッドに腰かけ眺めた。
いつもより少し遅い時間に食堂へと向かう。
圭吾は機嫌が良く、よく喋った。
「本当にありがとう。今までの誕生日で一番嬉しいです。チョコレート色のダリア、綺麗でした。光夜はやっぱりセンスがいい。あの一本だけでも枯れずにずっと保存できたらいいのに。光夜の誕生日はもう終わっちゃいました?」
「いや、まだ」
「なら、よかった」
育ちが良い圭吾は、きっと毎年、大勢に祝われて幸せな誕生日を過ごしてきただろう。
それでも「今までの誕生日で一番嬉しい」と口にする姿は、嘘を言っているようには見えなかった。
—
「あのさ、これもやるよ。誕生日プレゼント」
美術部の時間に、水彩絵の具で描いたチョコレート色のダリアの絵。
ハガキ程の小さなサイズ。
消灯時間になり、ベッドへ入る直前にそっと渡した。
「あぁ、ありがとう。光夜の絵、初めて見ました。綺麗だ。こんな色彩豊かな絵を描くのですね。ずっと、ずっと大事にしますから」
圭吾はその絵を、大切そうに日記帳に挟んで仕舞ってくれた。
ともだちにシェアしよう!

