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六月③・俺の誕生日

圭吾の誕生日の翌日。 いつものように彼に起こされる。 「さぁ、朝食を食べに行きますよ」 圭吾がドアを開けると、廊下にはダリアが一本だけ置いてあった。 「あれ?」 圭吾がしゃがんで手を伸ばそうとするから「あぁ、これは俺の。学園からの分だろ」とサッと拾いあげる。 「ここに入れさせて」 拾った紫色のダリアを、圭吾の花瓶にすっと一本追加した。 「光夜、どういうことです?」 渡り廊下を歩きながら、圭吾が酷く怒っている。 「は?何が?」 「今日誕生日なんですか?何で黙ってたんです?」 「いや、圭吾だって、俺に言わなかっただろ」 「でも、光夜は知ってくれていたでしょ?僕の誕生日を」 「たまたま水曜が、温室の当番だったからな」 そう答えたのに、圭吾は俺を睨みつけてくる。 「俺さ、嫌なんだよ。例え誕生日でも誰かに何かをして貰うの」 食堂に着き、トレーを手に取る。 トーストと、スクランブルエッグと、コンソメスープと、ツナサラダを順番に乗せていき、空いている席に座った。 後ろから来る圭吾も、全く同じ行動をしている。 そして向かいの席に座ったと同時に、また睨んでくる。 「何でそんなに怒るんだよ」 「誕生日にしか贈れないんですよね?ダリア。もう来年はないのに。一年生からこの学園に居ればよかったって、初めて思ってます」 それきり口をきいてくれなかった。 四限目の世界史を校医が留守の医務室でサボっていたけれど、昼になっても迎えに来てはくれなかった。 誕生日だっていうのに、最悪だ。 夕食時も、圭吾は天文部の活動が長引いているのか部屋に戻ってこない。 しかたなく一人で食堂へ行くと、圭吾が美智雄と一緒にいた。 だから俺は、居合わせた和登と一緒に食べ、そのまま風呂に入る時間まで、談話室で過ごした。 風呂から戻っても、圭吾はまだ部屋にいなかった。 一人で残り少なくなったグレープ味のグミを食べ、平常心を保とうとする。 俺の誕生日なんてこんなものだ、と分かっているくせに。 なぜか涙が滲んできて、こぼれ落ちないようにぐっと堪える。 俺は圭吾に何を期待していたのだろう……。 あまり使っていない二段ベッド上の、自分の布団にもぐり込み、ギュッと目を閉じた。 あと三十分で消灯時間だ。 ドアが開き、圭吾が戻ってきたのが分かる。 ガタガタと音がするから、風呂の支度をしているのだろう。 またドアが開き、気配が消えた。 「光夜、光夜……」 声を掛けられ、ぼんやりと意識が覚醒する。 「もう寝てましたね。ごめんなさい。今日はせっかくの光夜の誕生日だったのに……、意地になってしまって……」 「別に」 風呂から上がったばかりなのか、髪が中途半端に乾いた圭吾が、二段ベッドの梯子の途中から、俺を覗き込んでいる。 「チョコレート色のダリアを貰って、僕も光夜の誕生日には一番綺麗な花を選びたいって思っていたから。まさか翌日だなんて思わなくて……。本当に残念で。ごめんなさい」 目が覚めるまでの短い時間、うとうとと何か夢を見ていた。 とても悲しい夢だった気がする。 「俺、考えたんだけどさ。欲しいプレゼントがあって」 「何です?何でも言ってください!何とか手に入れますから!」 夢の中の俺は泣いていて、酷く可哀そうだった。 だから。 「キスしてよ」 「え?」 布団から上半身を起こし、圭吾に顔を近づける。 「キス。十八にもなって、したことないとか恥ずかしいからさ」 圭吾は黙ってしまった。 「ははっ。そんなびっくりした顔するなよ。冗談、冗談。さぁ寝ようぜ。電気消して」 「……いいですよ」 「ん?……え?」 スッと眼鏡をはずした圭吾の表情が、ガラリと変わって。 俺の知らない大人の男みたいな顔になって。 俺の胸はドキドキと脈を打って。 圭吾が目を閉じたから、更に顔を近づけて、そっと唇を重ねた。 唇は温かくて柔らかくて、一度ではもったいない気がして。チュッ、チュッと何回か啄むように重ね合わせた。 「光夜」 圭吾が俺の名を艶っぽい声で呼ぶ。 梯子を掴んでいた手を離し、俺の頬を両手で挟んだかと思うと、今度は圭吾から唇を押し付けるように重ねてくれた。 下唇を甘く噛まれ、驚いて「あっ」と声を出してしまえば、開いた隙間から舌を入れられる。 歯列も口内も舐められて、頬が燃えるように熱くなった。 クチュリと淫靡な音を立てながら唾液が交われば、身体の奥がジンと痺れる。 さっきまでの悲しさなど全て吹き飛ぶような、甘く甘く蕩けるキス。 俺からも、たどたどしく舌を絡めれば、圭吾は「んっ」と鼻に抜けるような艶やかな声を漏らした。 指先までもが甘く痺れ、このままではどうにかなりそうで、名残惜しいけれど、そっと密着していた唇を離す。 大きく深呼吸をして、乱れた呼吸を必死に立て直した。 「圭吾。お前、初めてじゃないだろ?」 「いや、初めてですよ」 そんないやらしいキスどこで覚えたんだよ、と心の中でブツブツと圭吾に文句を言う。 うっかり股間が兆してしまったから「もう寝る、おやすみ」と俺は布団をかぶった。 今夜は恥ずかしくて、流石に同じベッドでは眠れない。 「誕生日おめでとう、光夜」 そう言って、圭吾が紐を引いて部屋の電気を消してくれた。

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