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七月①・義父の来校
髪が伸びて、重たく感じる。
共同の洗面所で壁に埋め込まれた鏡を見ながら、文具バサミで毛先を軽くした。
モフモフと長い髪もそれなりに気に入っているから、切りすぎないように手鏡も使って、何度も確認しながら切っていく。
「器用ですよね」
いつの間にか現れた圭吾が、横からそれを見ていた。
「今度、僕の髪も切ってくださいよ」
さすがに本気ではないだろう。
髪型へのこだわりが強く、日曜にやってくる美容師に細かい注文を出して、カットしてもらっているくせに。
鏡の中で目が合った。
さっと辺りを見渡すけれど、人の気配はない。
だから、圭吾の唇にチュッとキスをする。
圭吾は「ふふっ」と照れくさそうに笑って俯いた。
「髪を切り終わったら、夕食を食べに行きましょう」
そう言って、部屋へ戻ってしまった。
俺の誕生日以来、時々、こうしたスキンシップを取っている。
初めてキスした夜のように、圭吾から舌を絡めてくれることは、ないけれど。
くすぐったい毎日だ。
このスキンシップに意味はあるのだろうか。
「特別」という言葉の効力には、キスも含まれるのだろうか。
深く突き詰めてはいけない気がして、考えないようにと自分を戒めた。
—
梅雨が明けず、七日連続の雨となった日。
突然、義父が学園を訪ねてきた。
学園では、基本的に年に一度だけ、親からの面会が許されている。
親が学園に申請すれば、学園から都合の良い日が通知され、日程が決まるらしい。
担任の黒部先生は、もちろん義父から申請があったことを知っていたわけだが、俺が逃げないようあえて黙っていたようだ。
義父が訪ねてきたのは、この三年間で初めてのことだった。
しとしとと雨音が聞こえる職員室横の面談室で、最初は黒部先生と三者面談。
もうおじいちゃんと呼んでもいいような年齢の先生は、気を使ってくれたのか良いことだけを伝えてくれた。
「光夜くん、頑張ってますよ。委員も、部活も。友人関係も良好です。生活態度も一年生の時より、かなり改善されました」
学力には触れないでくれて、ありがとう先生。
助かる。
その後、義父と二人で部屋に残された。
気まずい中、申し訳なさそうに伝えられたことを要約すれば、できれば大学生になっても実家には帰ってきてほしくない、ということ。
分かってはいたけれど、わざわざ来校して釘を刺されるとは。
「もちろん、そのつもりだよ」
笑って返事をしておいた。
義父が来たのは、母さんの意向だろうか。
そう思うと、ちょっと気持ちが沈む。
面談室を出て、ビニール傘をさし、駐車場まで義父を見送った。
「気をつけて帰って」
「光夜くんも、勉強頑張って」
車が走り去るのを見て、溜息を一つつく。
沈んだ気持ちを仕舞い込んでから寮へと戻ったはずなのに、圭吾にだけは見破られてしまった。
「どうかしました?」
「何でもない」
「そう」
しつこく訊いてこないのが、圭吾のいいところだ。
その夜。
風呂から出て部屋でくつろいでいる時、まるで今思い出したかのように「あっそうだ」と白々しい声をあげる。
「今日、父親が来てさ。これ持って来たから一緒に食おうぜ」
母さんが義父に持たせたのだろう、高級そうなチョコレートと、コンビニで売っているグレープ味のグミ。
グミは大切に自分の引き出しに仕舞ったから、チョコレートの箱を開ける。
「美味しそうですね。一ついただきます」
圭吾は目を細めて、優しく俺を見てくる。
「美味しい」
「うん、美味い」
何かを察して慰めようとしているのか、チョコレートのお礼のつもりなのか、圭吾の唇が近づいてきた。
今、キスをしたら甘いチョコレート味だろう、と思いながら、俺からも顔を寄せたとき。
バタバタと廊下を走ってくる騒がしい音が聞こえ、部屋の前でピタリと止まる。
慌てて圭吾から顔を離せば、ガチャリとドアが開く。
「親、来てたんだって?」
和登が菓子を目当てに、部屋に突入してきた。
皆、面会があった後は、親からの差し入れを受け取っているものだから。
「和登、ノックしろよ」
「おっ。チョコレートじゃん!」
和登は可愛がっている同室の一年生、手塚理久(てづかりく)の分もと、欲張って持ち去って行った。
和登の騒がしい声につられて、何人もの三年生が部屋に押し寄せ、結構その日のうちにチョコレートの箱は、空っぽになった。
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