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七月②・荒唐無稽な慰め
圭吾はこの日のことを、ずっと気に掛けてくれていたようだ。
さすができる男。
俺の「特別」。
梅雨が明けてようやく晴れ間が出た日曜の昼。
「森に行きましょう」と誘ってきた。
「虫がいるぜ」
「まぁ、何とか我慢します」
食堂で受け取ったランチボックスを持って、森のクスノキへ登る。
そして木の幹に渡してある板に、二人で座り込んだ。
いつもは向かい合って座る俺たちだけれど、ここでは横に並んで、同じ景色が見えるように座った。
「風が気持ちいいですね」
圭吾は本当は怖いくせに、強がってそう言う。
黙って遠くを眺めながら、カツサンドと、コールスローと、ヨーグルトを食べた。
俺が話し出しやすいように目線を外してくれているのか、と食事が終わる頃にようやく気が付く。風が心地よくて、圭吾になら話してもいいかもしれない、とそんな気分になれた。
俺は、ポツポツと死んでしまった弟のことを話し始める。
今まで誰にも言ったことはなかったのに。
雅史先輩にだって、言えなかったのに。
圭吾は遠くを眺めたまま「うんうん」と相槌を打ち聞いてくれる。
「父親は俺が物心つく前に、病気で死んじゃってさ。俺が小学五年の時に母さんが再婚したんだ。で、中一の時に双子が生まれてさ、妹と弟がいっぺんにできた。俺とは半分だけ血が繋がってるんだけど、嬉しかったなぁ。母さんは弟のことを「小さな頃の光夜にそっくり」って幸せそうによく言ってた」
圭吾は俺の方をチラッと見て、それで?という視線を送ってくる。
「二人が可愛い盛りのもうすぐ二歳になる頃、妹だけを自転車の後ろに乗せて、母さんが皮膚科に連れて行ったんだ。弟はベランダで遊びたいってグズったから「じゃあお兄ちゃんと留守番していなさい」って置いていかれて」
俺は話しながら、視線を空へ向けた。
「その頃、マンションの三階に住んでたんだ。ベランダに義父が買ってきた小さい砂場みたいなのが置いてあって、そこで弟を遊ばせてたの。俺は読みたい漫画があって、リビングの椅子をベランダに出して、そこに座って漫画読みながら、その様子を見ていて」
「光夜……」
強張った声で、圭吾が俺の名を呼び腕を掴んだ。
話の結末が分かったのだろう。
聞くべきではなかった、と思ったのかもしれない。
「まぁ、そういうことだよ。「ちゃーのむー」って言うから、キッチンまで行って、マグに麦茶を入れてやってる間に、置いてあった椅子によじ登って、ベランダの柵にまで登っちゃって、落ちて死んじゃった」
圭吾が酷く辛そうな顔をして、俺を見た。
「でさ、俺がいると、その弟のことを思い出すんだって母さんが。普段はいい人なのに、俺を見てると急にイライラしちゃうんだって。俺の落ち度も、自分の落ち度も、思い出すんだろうね。全く暴力を振るうような人ではなかったのに、時々急に気持ちを抑えきれなくて、俺に物を投げてくるんだ」
「そんな……」
「体力は俺のほうが上だからさ、簡単にやり返せるんだけど、俺も恨まれて当然だから抵抗しないだろ。そうすると更に荒れるんだよ」
平気なフリをして話しているくせに、俺の手は微かに震えていて、圭吾はそっとその手を握ってくれた。
「母さんは荒れた後、今度はごめんね、ごめんねって泣いて謝るんだ。感情がコントロールできなくなるんだって、俺に対して。お互いに嫌じゃん、そんなの。だから、全寮制の高校に行きたいって義父に言って、義父もそれがいいって」
感情が昂って一息に喋る俺を、圭吾はしっかりと見てくれていた。
サワサワした心地良い風が吹き抜ける。
風に当たっていると段々と気持ちも落ち着いてきた。
「大丈夫ですよ」
「ん?何が?」
「弟くんのこと。魂って一回きりじゃないから。長さは平等だから」
「いや平等じゃないだろ。一歳で死んじゃったんだぜ。神も仏もいないって思ったね、俺は」
圭吾は何と伝えようか考えているような顔をして、黙り込む。
「あのね。光夜にだから言いますね。一つの魂は九回の人生を過ごすんです。九回の人生の合計は四百十八年。どの魂も必ずこの年数を生きるんです」
「ん、何?どういうこと?」
「例えば、一回目の人生が八十八歳で死んでしまったとします」
「うん」
「この時点で、魂は残り三百三十年生きられる。二回目が七十歳、三回目が八十歳だとしたら、残りは百八十年。まだ六回の人生が残っているのに、生きられる年数は二百年を切ってしまうんです」
「何それ?」
「弟くんはたまたま一歳で終わりだった人生があっただけで、その分、他の人生は長く生きられる」
真面目な顔をし、俺の目をしっかりと見て、荒唐無稽なことを言う。
「それ面白そうな設定だな。何の漫画?映画?ていうか、都市伝説みたいな話として、何となく聞いたことある気がするな。そんなキッチリした数字までは練られていない話だったけど」
「まぁいいですよ。信じられなくて当然です。とにかく悲しまないで」
その声には、今の話が作り物だとは思わせない説得力が滲んでいた。
「もし、その設定の世界があったとしたらさ、二十五歳で死んだっていう、俺の父親だって救われる気がするよ」
「うん。そうです」
「圭吾と話せてよかったよ。聞いてもらって少し気が楽になった……」
「何よりです。さぁ帰りましょうか。本当は、早く木の上から降りたいんです」
圭吾はそう戯けた。
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