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八月②・俺の居場所
夏休み最後の日は雨だった。
テレビで天気予報を見ると、学園の辺りは大雨らしい。
昨晩のうちに、部屋を掃除し、洗濯物を畳み、洗い物を済ませてあった。
自分の痕跡を消すように、できるだけ丁寧に現状復帰を心掛ける。
俺は着てきた制服を身に着け、玄関に置いてあった紺色の傘を持って、朝早くに家を出る。
母さんには「酢豚、美味しかった。パジャマもありがとう。傘を借ります」とメモ紙を残してきた。
実家近くのコンビニに寄って、菓子を買い込む。
グレープ味のグミも、あるだけ全部買った。
電車を乗り継いで、三年生の集合時間に間に合うよう学園の最寄り駅へと向かう。
電車内では、読む本も持っていないので、ずっと窓に当たる雨粒を見て過ごしていた。
スクールカバンに入る分しか、私物の持ち込みができないのだから、暇潰しのための本や雑誌でそのスペースを埋めるのは、もったいない。
きっと他の生徒も、そう思っているはずだ。
最寄り駅の集合場所で、キョロキョロと圭吾の姿を探す。
屋根のある場所で美智雄と話をしている後ろ姿を見つけただけでほっとして、口角が上がった。
たった五日間、離れていただけなのに、寂しさを感じていたことを認めざるを得ない。
圭吾は視線を感じたのかスッと振り向き、俺を見つけニコッと笑う。
美智雄に何か言った後、傘を差しこちらに向かって小走りで近づいてきてくれた。
「よっ」
「元気でした?」
「うん。圭吾は実家でゆっくりできた?」
「まぁ、それなりに」
駅前のロータリーは三年生たちで込み合っていたから自分の傘を閉じ「入れてよ」と圭吾の傘へ入った。
二人の距離が近くなって、自分の居場所に帰ってきたように感じられる。
「何持って来たの?」
圭吾のスクールカバンは、四月の時とは比べ物にならず、パンパンに膨らんでいた。
「光夜と一緒に食べようと思って」
カバンのチャックを開けると、ヘアワックス以外にもポテトやコーンの揚げ菓子が入っているのが見えた。
「俺はいつものグレープ味のグミと、チョコレートと、海苔せんべい。圭吾の分もあるぜ」
昨年までの俺は、休み明けってどんな気分だっただろう?
あの虚無な気持ちを、もう思い出せない。
以前は家も学園も、どちらに行っても「ただいま」という気分ではなかったのに、今の俺は「学園に帰る」と自然に思っている。
俺は圭吾の「特別」だから。
ここが居場所になったから。
心の中で圭吾に「ただいま」と伝えた。
雨が上がり、夜の虫が鳴いている消灯時間。
当たり前のように、狭い二段ベッドの下を二人で使う。
やっぱり圭吾のそばは安心する。
最初は一緒に寝てやっているつもりだったけれど、いつの間にか、一緒に寝てもらっているのかもしれない。
「犬、元気だった?」
「クロワ、春よりもヨボヨボしてました。毛並みも悪くなっていて、散歩も嫌がって。老いには勝てないみたい。冬にはもう、会えないかもしれません……」
悲しそうな横顔だった。
「犬も魂を繰り返すのかな?」
「どうでしょう。そうだったらいいな、とは思います」
ガンガンにクーラーを効かせた部屋の中で、圭吾の体温が温かい。
なぁ、やっぱりどこかで会ったことがある気がするよ、圭吾に。
このあやふやな記憶はどこからきているのか。
そう思いながら、「圭吾」と彼の名を呼び、振り向いた顔に唇をチュッっと合わせる。
「おやすみ」
「おやすみなさい、光夜」
—
夏の暑さと、蝉の大合唱はいつまでも続く。
和登は「あぁもう、早く涼しくなれよー」と悪態をついている。
例年なら、俺だって早く秋になってほしいと毎日のように嘆いただろう。
でも、今年は少し事情が違う。
毎日がゆっくりゆっくり過ぎてほしい。
季節を先へ進めたくなかった。
もし、このまま時が止まったとしても、今の俺なら喜んで受け入れただろう。
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