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九月①・力を貸してやる

週に四回、放課後に活動のある天文部。 圭吾はいつも三組の青島亮太(あおしまりょうた)と、ゆっくり歩いて寮に戻ってくる。 亮太は背が低く華奢で色白、黒目が大きくまつ毛が長い。 女の子のような顔立ちで、俺たち学年のマスコット的存在だ。 彼は入学した当初から心臓が悪く、体育は全て見学。 日々の生活でも走らないようにするなど、制限のある生活を送っている。 この日、俺と和登は、英語の課題を提出しておらず、担当教諭に呼び出されていた。 「今すぐ、ここでやりなさい」 職員室の机で、二人並んで長文を英訳する課題に取り組む。 課題をどうにか終えて、二人で校舎を出る頃には三時間が経っていた。 バスケット部の和登は「今日の放課後は紅白戦だったのに」とブツブツ文句が止まらない。 「和登、練習嫌いだけど、試合形式は好きだもんな」 「そりゃそうだよー」 寮棟手前の渡り廊下で、天文部帰りの圭吾と亮太と一緒になった。 亮太は俺と和登を見つけると、微笑んで「やぁ」と手を挙げてくれる。 俺たちはA棟で、和登と亮太はC棟だ。 圭吾が亮太の荷物を持ってあげていたらしく、和登が「ここからは俺が持つよ」と引き継いだ。 「亮太。また、色々と教えてください」 「僕が分かることは何でも伝えるよ。聞きたいことがあったら、できるだけ早く質問してね」 真剣な顔をして「はい」と圭吾が返事をした。 圭吾はまるで、年長の尊敬する大先輩と接するように亮太と接している。 「じゃあな。行こうぜ、亮太」 和登が亮太の歩くスピードに合わせ、寮へと引き上げていく。 和登は亮太相手にも、部活に出られなかった愚痴を言い続けているようだ。 二人を見送ってから、俺たちも部屋へと帰った。 「亮太とはいつもどんな話すんの?」 階段を登りながら、圭吾に訊く。 「縁とは何か、ですかね。縁というものを、亮太がどう思っているのか、教えて貰っています」 「難しい話してんのな」 「亮太が言うには、僕と光夜は、やっぱり縁があるそうですよ」 「何それ、占い?」 「いえ、亮太には見えるんです。トランプの神経衰弱でペアのカードを当てるような要領で」 そう俺に伝えた圭吾の横顔は、朗報を伝えるかのようだ。 俺は胡散臭い話だと思いながらも「特別」である事が肯定されたのは嬉しかった。 — 木曜日。 美術部で、陽が沈むまで石膏デッサンの指導を受けてから、部屋へと戻った。 軽くノックをしてドアを開けると、圭吾は電気もつけず、ぼけっと窓の外に浮かんだ大きな満月を眺め、椅子に座り込んでいた。 「どうした?圭吾」 声をかけるとビクッと肩を揺らす。 普段は見ない姿に、何かあったのかと心配になる。 「天文部で、衝撃的なことを聞いてしまいまして……」 「何それ。大丈夫かよ」 「ええ、まあ。まだ咀嚼できないので、よく考えてから……光夜にも話しますね……」 夕飯の時も圭吾は少し上の空で、ときどき頬を赤らめては俯くという意味の分からない行動を繰り返す。 大浴場では洗い場で隣になったから「元気出た?」と声を掛けたのに、あからさまに狼狽えて目を逸らされる。 風呂の後は、なかなか部屋に戻ってこなくて、消灯時間ギリギリになってようやく戻ってきた。 そして決意したかのように、俺に宣言をした。 「よくよく考えたんですけど、やっぱり光夜の力を借りたいと思っています」 「いいぜ、いいぜ。俺を頼れよ!」 できる男の圭吾が俺を頼ってくれるなんて。 圭吾の頼みだったら、何でも聞いてやりたい。 既に消灯時間だったから、いつものように二人で狭いベッドに入った。 長い紐を引いて電気を消しても、月明かりがカーテンの間から漏れて、圭吾の顔を黄金色に照らす。 「なぁ、頼みごとって何?」 俺は浮かれていたのだと思う。 圭吾が美智雄でも、亮太でもなく、天文部と関係ない俺を頼ってくれたことに。 「えーと、あの……」 「遠慮するなよ」 「こ、光夜と……、セックスがしたいんです」 小さな声で、確かにそう言った。 「ん?何?」 聞き間違えかと思い、問い直す。 「セックスがしたい、光夜と」 今度ははっきりとした口調で、目を見て言われた。 そんな頼みごとは少しも想定していなかった。 「前にも話しましたけど、お祖父様に縁を知ることが何より大切だと言われて育ってきたんです。けれど僕の縁を見る能力は、目覚めなかった。変わりの能力も全く開花しない。だから開花させる方法をこの学園に学びにきたんです」 「あぁ、前にもそんなことを言ってたな……」 それとセックスが何の関係があるのか、俺には少しも分からないし、驚いたままバクバクしている自分の心臓をどう鎮めたらいいのかも、分からない。 「その方法は、九月になったら教えて貰えると聞いていました」 「天文部で?」 「そう。顧問の黒部先生の講義で。それが今日でした。端的にいえばセックスのようなプリミティブな行為をすると、回を重ねる毎にそういった感覚が鋭くなる可能性があると」 「聞いたことないぞ、そんな滅茶苦茶な話」 「全てを話せなくてごめんなさい。ある条件下においての話なのです」 「やっぱりヤバいな天文部って。相当ヤバい。……それに俺、男なんだけど」 「男とか女とか、そんなことは最早あまり関係ないのです。頼める人、というか頼みたい人は光夜しかいないんです。光夜となら僕は後悔しないと思いますし。できれば僕は抱かれる側がよくって……それは好みの問題なんですけど……」 抱かれる側という言葉はあまりにもリアルで、抱く側の自分を想像してしまう。 今になって、狭いベッドの中で触れ合っている足先が、急に意味を持ち、ねっとり熱く感じた。 「ごめんなさい。突然、困りますよね。無理なら、他を当たりますから、気にしないで」 「他って、美智雄とか?」 「そうですね。美智雄は相手をしてくれる、と言っています」 「ダメだろ、そんなの。圭吾は俺の特別だろ?分かった。週末まで待てよ。覚悟を決めるから」 「あぁ、よかった。ありがとう、光夜。助かります」 その日、圭吾は安心したかのように穏やかに眠った。 俺はなかなか眠れず、狭いスペースでの寝返りを繰り返した。

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