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十月・理解が追いつかない

月初めの朝。 部屋の前に、クリーニングされた冬服が届けられていた。 今年度も既に半分が過ぎてしまったのか……。 卒業式は三月一日だから、圭吾と毎日こうして一緒に居られるのも、あと五ヶ月だ。 二人でセックスをした日以降、圭吾に触れるとムラムラしてしまう、という困った現象に悩まされている。 今までのように、狭いベッドで穏やかに寝るのが、難しすぎる。 消灯した後「誘いたい」「誘われるかも」と互いにドキドキしてしまうのだ。 一度快楽を知ってしまった以上、正直、いつだってやりたいわけだし、これでは色々なことに支障が出てしまう。 圭吾も同じことを考えていたようで、ある提案を受けた。 「光夜、土曜の夜だけセックスするって決めましょう。他の曜日は誘わないし、誘われても受け付けない。そしたらお互いに平常心で過ごせるはずです」 「うん、分かった。いいアイデアだと思う。それがいい、そうしよう……。でも俺、今夜はしたいんだけど……」 「ふふっ、いいですよ。僕もそう言おうと思っていました」 「約束は明日からな」 今日も窓の外は大雨で、これなら圭吾も声を気にしなくてすむ。 この学園の周辺は、雨の日が多くて助かった。 何回かのセックスを経験しても、俺はただただ性急に快楽を求め、欲望をぶつけてしまい、圭吾のことまで考えてやれない。 圭吾も気持ち良さそうに見えるし、して欲しい行為は口に出して言ってくれるけれど、俺からは気が付いてやれない。 これから何回も、何十回も、何百回も、何年も、何十年も二人でセックスをしたら、もっと圭吾を気持ち良くしてやれるようになるだろう。 俺は早く、そんな大人のセックスができるようになりたい。 その後、縁が見えるようになったかどうかは、聞けずにいる。 もし「見えるようになったから、もうしなくていいです」と言われたら困るから……。 — 日曜の早朝。 ドアがドンドンと叩かれる音で目が覚めた。 「何だよ、開かねぇぞ。おい、開けろよ、光夜、圭吾」 和登が怒鳴っている声が聞こえる。 昨晩も、椅子二つを使ってバリケードを築いていたことを思い出し、慌ててTシャツと半パンを身に着ける。 圭吾のほうが行動は早く、眼鏡をかけベッドから起き、急いで椅子をどけてくれた。 「うるさいぞ、和登、朝からなんだよ」 俺は朝の微睡みを邪魔されて、機嫌が悪かった。 「あのさ、亮太が死んだって」 和登は、低い声で、そう伝えてきた。 天文部の、いつも圭吾と一緒に帰ってきていた、あの亮太だ。 一週間前に定期検査で入院したとは聞いていた。 そういうことは今までも何度かあったし、特別に具合が悪そうではなかったはず。 圭吾は「あぁ」と深く溜息をついて、天を仰いだ。 まるで、近々こんな知らせが来ることが分かっていたかのように。 心臓が悪いとはいえ、すぐに死に至るような病だと、俺は思っていなかった。 三年間、同じ学園で寮生活をしてきた人間の死は、大きな悲しみとして俺を襲った。 委員も部活も違うし、クラスも寮棟も同じになったことが無かったとしても、同じ学園の仲間だったから。 それに比べ、圭吾は意外と取り乱したりしていない。 付き合いが密だっただろう天文部の奴らは、皆そんな感じで妙に達観していた。 病気がだいぶ悪いと以前から知っていて、覚悟していたのだろうか? 朝食の場では、すすり泣く者もいた。 部屋に戻った時「圭吾は悲しくないの?」と、ストレートに訊く。 「もちろん悲しいですよ、とても。けど……」 「けど何?弟に言ってくれたように、若くして死んでしまっても、次にその分長く生きられるから、いいと思ってるの?」 二段ベッドの下に腰掛けた圭吾が、ボソボソと返事を寄越す。 「違うんです、亮太は。全てを生き抜いたんです。今年が四百十八年目、魂の最後の年だったんです。今までの人生が長かったから、最後の九回目が短く終わってしまった。それは仕方がないことなのです」 「は?わけが分からないよ。そんな漫画みたいな話、本気で信じているのかよ。圭吾みたいに頭のいい奴が、何言ってんだよ。天文部でわけの分からない話を吹き込まれてるとしか、思えない」 圭吾は何か反論しようとしたけれど、口を噤んだ。 「だってさ、俺は悲しいよ。同じ学園で生活していた、未来があるはずだった同級生が、十八歳で病気が悪化して死ぬなんて……」 ポロポロと涙が零れてしまう。 ベッドから立ち上がった圭吾が、俺をそっと抱きしめてくれた。 「未来は無かったんです、亮太には。彼自身それをよく分かっていた。死期が分かっていた彼は、親元で死にたくなくて、寮生活ができるこの学園に入学したそうです。この学園には天文部がありますから」 俺は理解が追いつかなくて、何も言い返せなかった。 昼食後、園芸委員全員に招集がかかった。 天文部も急遽部活となったようだが、圭吾は温室にきた。 委員皆で、見頃となっている花を何本も摘み取った。 人を弔い、見送る時にもダリアが使われるなんて、知らなかった。 圭吾がうつむきながら、花を一本一本丁寧に摘み取る姿を見ていたら、どんなふうに死と向き合おうが、悼んでいるのには、変わりがないと思えた。 沢山のダリアを皆で抱えて、亮太のいた三年二組、寮の部屋、天文部の部室に飾る。 寮で亮太と同室だった一年生は、今後、唯一ペアがいなくて一人で部屋を使っている美智雄と同室になるらしい。 月曜の授業が始まる前に、全校生徒で黙とうをした。 昼休みには病院から、亮太を乗せた真っ黒な車が学園にやってきた。 美智雄が代表して、棺の上にダリアの花束を乗せる。 圭吾は、泣いてはいけないと思っているようで、必死に涙をこらえていた。 圭吾は「亮太は生き抜いた」と言っていたから、悼むのは失礼だと思っているのかもしれない。 亮太を乗せた車は、あっという間に学園を去っていった。 — 月末に行われた中間テストは、バタバタしている間に終わった。 圭吾の成績もいつもよりは悪く、亮太の死がそれなりに影響したのかと思うと、なぜか少しほっとした。 「もしも、圭吾が今死んでしまったら、俺は立ち直れないよ」 土曜の夜に裸で抱き合いながら、そう伝えた。 「大丈夫ですよ。僕の命はまだ六十年残っているから。僕は今回が最後の人生で、途中で死ぬことはありえませんから」 「何だよ、その設定」 そう笑ったけれど、その根拠のない言葉にとても安心した。

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