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二月・卒業式前日
一人で過ごす部屋はとても寂しく、寒い。
朝起こしてくれる人はいないから、毎朝、食堂が閉まるギリギリの時間になって朝食を食べに行く。
慌ただしい朝、寮の棟が違う圭吾とは、すれ違うことすらない。
授業も一組と三組では全く時間割が違う。
学園内ならどこで食べてもよかった昼食は、和登の事件以来、各自の教室で食べるようルールが変更になった。
放課後の園芸委員の仕事は、圭吾とは担当曜日が違うので、温室で出くわすこともない。
夕食の時には、たまに姿を見かけるけれど、いつでも理久と一緒で、何となく話し掛けづらい。
あの日以来、情緒が不安定だという理久を、献身的に励まし続けていると噂に聞く。
俺ではなく、同じ天文部の圭吾が同室になったのは、理久にとって良いことだったろう。
圭吾はちゃんと寝つけているだろうか。
睡眠不足になっていないか、それだけが心配だ。
圭吾とは距離ができてしまったけれど、なぜか天文部の奴らが、常に俺の周りをうろちょろしている。
見張られているといっても、言い過ぎではない。
俺が八回目だの九回目だの、圭吾が言うことを全否定したから、天文部全体を敵に回したのだろうか。
俺は気づかないふりをして、残り少ない日々を一人で過ごしている。
日曜の昼、一人で食堂にてランチをとっていると、目の前の席にカタンっとトレイが置かれた。
圭吾かと思い、はっとして顔を上げると、そこには二年前に卒業した雅史先輩の姿があった。
「光夜、元気にしてた?」
久しぶりに会った先輩に見られた姿が、また一人ぼっちで食事をとる自分だったことに動揺する。
和登という仲の良い友達ができたことも、圭吾と「特別」と言い合う程親しくなれたことも、まるでなかったみたいだ。
だから食事の後、部屋に来てくれた先輩に、必死にこの二年間のことを話した。
和登がもう死んでしまったことも、圭吾との関係がこじれてしまったことも内緒にしながら。
俺の幸せだったことだけを、羅列するように喋った。
「圭吾の前では自分の感情を、良いも悪いも隠さずに過ごせたんだ。圭吾が側に居てくれれば、満たされた気持ちになれた。だからもうすぐ卒業で、離れ離れになるのがとても寂しいよ。でもね、沢山の楽しくて幸せなことがあったから、それを寄せ集めて糧にすれば、俺はこれからもやっていけると思うんだ」
「光夜、あのね。その感情を人は好きと呼ぶんだよ。光夜は圭吾が大好きで愛おしいんだね」
そう言われ驚いたけれど、とても腑に落ちた。
「あぁ……。言われてみれば、そうかもしれない。圭吾が好きで愛しく思っている……うん」
素直にそう答えた。
雅史先輩は、書類を受け取りに学園を訪れただけだったらしく「またね」と言って陽が落ちる前に、自分の車で帰っていった。
—
今日で二月が終わる。
明日は卒業式で、夕方にはバスに乗り学園を出る。
この部屋で眠るのも今夜が最後だと思えば、切ない気持ちが込み上げてきた。
制服の替え、ジャージ、教科書、筆記用具など、学園が用意した物は、部屋に残しておけば処分してもらえる。
俺は、部屋の荷物のほとんどを、処分用の箱に入れた。
美術部で描き溜めた絵は、迷った挙句、一枚を残し焼却炉で燃やした。
これから一人で暮らすアパートには持っていけないし、実家に送りつけるのも躊躇ったから。
一枚だけ残した絵は、三日前に描き終えた圭吾をモチーフにした十五号の油絵だ。
できれば圭吾に貰ってほしい。
無理なら、一目だけでも見てほしい。
午前に卒業式の予行練習が終わり、午後は全学年、自由時間となった。
暇を持て余し、二年生と一年生の園芸部員がダリアを摘み、卒業生のために生花のコサージュを作製するのを見に行く。
外は今にも雨が降りそうだけれど、温室は温かく居心地がよかった。
もしかしたらここで圭吾に会えるかもしれないと思ったが、天文部は今日もプラネタリウムに集まっているらしい。
最後の最後まで怪しい奴らだ。
そしてそんな時でも、天文部の一年生が二人、温室の入口で俺を見張っている。
ひょっとすると、俺が圭吾の背中をナイフで刺して殺すのではないかと、警戒しているのかもしれない。
コサージュを作り終え、二年生と一年生が片づけを始めたから、俺は温室の奥の小さな通用扉から、外へ出た。
そのまま裏門へと続く小道を進む。
入口にいる天文部の一年生は、俺の動きに気が付かないだろう。
あの事件以来、森へ入るのは禁止されていたけれど、最後にどうしてもあのクスノキへ登りたかったのだ。
クスノキはいつ来ても悠然と森の中に存在し、俺を受け入れてくれる。
縄梯子を登り、幹に渡した板に座った。
吹き抜ける風が冷たく、手足が凍えてくる。
ポケットを探ったけれど、もうグミは一粒も残っていなかったんだ……。
ぽつりぽつりと大粒の雨が降り出し、仕方なく縄梯子を降りる。
ギュッとクスノキに抱き着き、柄にもなく「ありがとう」と言葉にして別れを告げた。
雨を避けるように小走りで学園に戻り、通用扉から温室へ戻る。
このダリアも見納めだと、ゆっくり眺めながら温室を歩いた。
「よしっ」
小さな声で自分自身に気合いを入れ、今から圭吾のところに行き、きちんと話をする決心を固めた。
「弟に対して言ってくれたこと、俺は救われたと思ったよ。それなのに全てを否定してごめん」
そう伝えたい。
それから「好きだよ、圭吾が愛おしいよ」と言おう。
圭吾はどんな顔をするだろう。
そういう意味の特別ではないと困らせてしまうだろうか。
温室の外から激しい雨音が聞こえる。
本格的に降り出したようだ。
本当にこの学園は雨がよく降る。
突然、背中に閃光のような熱を感じた。
何が起こったのか分からないまま、よろよろと何歩か進んで温室を出ることなくバタリと、うつ伏せに倒れた。
倒れたことで全身を打ったはずだが、その痛みは何も感じなかった。
ただただ背中が焼けるように熱い。
何とか振り向こうと、必死に首を捻る。
「り、理久?」
「僕は間違っていないよね?これは九回目の正義だ」
何を言われたのか理解できなかったが、理久の声が酷く震えていたのは分かった。
どうしたんだろう理久……。
そう思っている間に俺の命は尽きた。
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