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四月・二十年ぶりの転校生

霧のように音もなく降る雨は、やはり午後になっても止まなかった。 ビニール傘を差し、学園の駐車場で新一年生の乗ったバスを、三年生とともに迎える。 三台のスクールバスが、順番に正門から入ってきて、綺麗に並び駐車された。 バスの中からは不安そうな一年生が、出迎えの三年生を見下ろしている。 毎年毎年繰り返される新年度の行事で、生徒たちが入れ替わっても、私自身の生活は変わり映えしない。 教諭になって十四年。 名のある大学を出たものの、やりたいことも見つからずに彷徨っていた時、同級生だった美智雄から連絡をもらって、この花睡高等学園に戻ってきた。 それ以来、三十八歳の今もずっとここにいる。 私の魂は九回目、最終回の人生の真っ只中。 美智雄によると、寿命が尽きるまでの残り時間は約四十年らしい。 今年は三年生に異例の転校生が一人来た。 今朝、職員会議で伝達された名前は、水江敦貴(みずえあつき)。 この春まで、隣接する県の公立高校に通っていたらしい。 最後にゆっくりとバスから降りてきた、深緑色のネクタイの男がそうだろう。 背が高く、目鼻立ちがしっかりとした、モデルでもしていそうな見た目だ。 緩くカーブし手入れの行き届いた長めの髪がよく似合っている。 この学園、入学希望者も事前の見学は中々できないから、彼も敷地に入ったのは今日が初めてなのだろう。 キョロキョロと物珍しそうに、辺りを見回している。 私の横にいた校医の吉井雅史先生が「格好イイ子ですね」と、敦貴を見ながら私に言った。 「そうですね」とは答えたものの、私はそれより三年生になって転入してきた理由が気になっていた。 転校生は、二十年前、私が転入してきた以来だと聞く。 急に決まったらしく、彼には同室の者もおらず、一人でC棟の部屋を使うらしい。 私が卒業してからの二十年で、時代は大きく変わった。 当時は無かったスマートフォンだって、今は生徒皆が持っている。 一応、学園内で使わないことが前提となっているが、皆、スクールカバンに入れて持ち込んでいるだろう。 パソコンを使った授業もあるから、敷地内にはWiFiだって飛んでいる。 さすがに森の中は圏外だと聞くが、私自身は森にはずっと入っておらず、確かなことは分からない。 夕方。 翌日の入学式と始業式の式典に向け、体育館のステージや入口にダリアの花を飾り付ける。 花瓶いっぱいに溢れんばかりに活けるダリアは、美しく見事だ。 我ながら活け方が随分と上手くなったと自画自賛する。 こっそりスマートフォンで撮影もし、写真フォルダに保存した。 「先生、ねぇ先生」 その声に振り向くと、すぐ傍まで生徒が近寄ってきていて、びっくりする。 「転校してきた水江敦貴です。よろしくお願いします」 白々しいくらいの微笑みで、挨拶をされた。 なぜ担任でもない自分に声を掛けてきたのだろう。 近距離から射るような目でじっと見てくるから、怯んでしまい瞬時に言葉が返せない。 「圭吾先生も高三で転校してきたんでしょ?」 学園内では、下の名前で呼ばれることを避けてきたから、変にドギマギしてしまった。 「分からないことがあったら力になります。それから私のことは苗字で呼びなさい」 かろうじてそう返した。 動揺したことに、気づかれていないといいが。 「はい、柚木先生」 真っ直ぐに目を見たまま、敦貴は返事をした。 — 教諭になって赴任した時、自ら希望して園芸委員の担当になった。 委員の生徒を手伝う振りをしては、ガラス張りの温室でダリアを見て過ごす毎日だ。 ガーデン用の小さなテーブルと椅子一脚を持ち込み、テストの採点などもここでしたりする。 温室を「柚木先生の部屋」と揶揄する生徒もいる程だ。 温室には数年前に棲みついた毛足の短い黒猫がいて、彼が私の癒し。 猫の名前はコウ。 私が名付けた。 夜、温室から自室に戻る時、渡り廊下で美智雄とすれ違った。 「相変わらず堅苦しいヘアスタイルだな」 この学園に赴任してきてから、以前よりぐっと親しくなった彼が軽口を叩く。 学生の頃から変わらない、真っ黒でコシのある髪を、ワックスでカチッと上げて額を出した髪型に、四角張った眼鏡。 ワイシャツの上にはグレーの地味なカーディガンを年がら年中、羽織っている。 「似合いませんか?」 「似合わなかったらもっと早くに言ってやる」 微笑みながら返された。 美智雄だってこんな時間にまだ堅苦しいスーツ姿だ。 高校三年生からあまり代わり映えのしない私と違い、学園の副理事らしい威厳のある佇まいになった。 きりっとした目と、整った顔立ちが一見冷たく見えるため、生徒たちからも、職員からも恐れられているが、心根は温かい人だ。 「よかったら部屋で一杯飲むか」 美智雄の部屋には小さなワインセラーが置いてある。 「いや、今夜は読みたい本があるので、またの機会にします」 彼は、二十年前のあの事件以来、何かと私を気にかけてくれる。 ありがたい。 副理事となった美智雄とも、この学園の卒業生で週に三回、車でやってくる校医の雅史先生とも、体育担当の熱血教師である田淵先生とも、長い付き合いだ。 他の教諭や職員も、私が学生だった頃と半分以上は同じメンバー。 外部との接点が少ないこの学園は私にとって、居心地がいい。 できれば残り四十年、ずっとこの学園の中で暮らしたい。 誰にも言ったことはないが、教諭を定年退職した後は、庭師として再雇用してもらえるよう、ダリアのことをもっと勉強したいと目論んでいる。 美智雄が父親の後を継いで理事長となれば、私の我が儘を聞き入れてくれるかもしれないから。

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