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五月②・三種類の能力

皆の視線を集めながら、私は話し続ける。 「私も皆さんと同じ九回目です。今この時代に九回目を生きる私たちが一回目を生きた頃は、江戸時代が始まる前後だったでしょう」 改めて口にすると途方もない年数だ。 「部活という形を取っている以上、私は顧問で貴方たちは部員。三年は先輩で一年は後輩ですが、天文部の中、また九回目のコミュニティの中では、上下関係はありません。四百十八年という括りで考えれば、数十年程度の差は些細なものですし、魂が生きた年数で考えたら、既に私より長く生きている人も、一年生の中にいるでしょうから」 私のお祖父様はこうした意識が強く、九回目の者の意見は年齢に関係なく、よく聞き入れていた。 その代わり八回目以下を軽んじて、あまり耳を傾けはしなかったが……。 「きっと次に思う疑問は、どうして自分が九回目だと私や部長に分かって、声を掛けられたのか?ということでしょう。九回目を生きる者には、三種類ある能力のうちどれか一つが強く備わっている、と言われています」 話はどんどんと深くなっていく。 「「縁を見る力」「記憶を保持する力」「見透かす力」。詳しくは追々説明しますが「見透かす力」を持った者は、人を見て「この人は今何回目を生きている、残りは何年程度だ」と感じとることができます。その能力がある者が、君たちを選びました」 新入部員が話についてこられているか、端から端まで見渡す。 大丈夫のようだ。 「自分には今のところそんな能力は一つもない、と思ったかもしれません。能力が開花するのは、十六歳前後と言われています。まだ開花前の人も多いでしょう。そして、私のように何の能力も持たない九回目も存在します。しかしそんな私でも、人生を繰り返してきたという自覚はあります。それにより九回目の人生は、思慮深くなり、思考が成熟していることは確かなのです」 自分が他者に比べ思慮深い、という認識がある者は多いだろう。 一年生の何人かが頷いている。 「二回目の人生を生きる時、一回目の人生は全く参照されません。八回目の人生も同じで一回目から七回目の人生のことなど全く関係なく独立しています。けれど九回目だけは、一つ一つの事象を覚えていなくとも、今までの人生で無数の選択をし、失敗したり後悔したり、嬉しかったり楽しかったり、という経験の蓄積が、私たちの魂の中に確実にあるのです。だから洞察力に富んで、判断材料が豊富。君たちの心は高校生にして既にベテランで、円熟しているのです」 ここまで話し終わり、とりあえずほっとして、ペットボトルの水を飲んだ。 「私の古い友人が「人生何回目?っていうできる奴ら」と天文部の人たちを呼んでいました。まさにその通りで、世の中の人から貴方たちはそう見えています。歴史的にも現代社会でも、成功している人、功績を残した人、何かに突出している人は、おそらく九回目を生きる人です。九回目を、更に豊かに生きるために、天文部でともに学んでいきましょう」 呆気に取られている一年生数名を除き、皆が拍手をしてくれた。 チラッと敦貴を見ると、俯いて自分の手をじっと見つめ、顔をあげはしなかった。 私は幼い頃から九回目のお祖父様に「お前の魂は最終回だ。それらしい生き方をしなさい」と、言われて育ってきた。 世界的な傾向として、身内や周りに「見透かす力」がある者がいた場合、そのように促すことが増えているらしい。 そして、九回目同士が横の繋がりを持つ機会も多々存在するようになった。 天文部はその先駆けだ。 そもそもこの学園は、九回目について研究をする組織・花睡研究所を作った花睡初代理事長が、五十年前に設立した高等学校だ。 海外では宗教的観念から、この事象を受け入れない場合が多いと聞く。 これが日本の九回目研究が世界より一歩進んでいる理由の一つだろう。 最近は、天文部の噂をインターネット上のコミュニティで知って、この学園に入りたがる九回目の生徒もいるという。 私が在籍していた二十年前から既に、他の学校より九回目の生徒の割合が若干多かった。 今は更に多く、一学年百人の生徒に対して、九回目が二十二パーセントもいる。 敦貴も天文部に入るつもりでこの学園に転校してきたのだろう。 心配なのか、いつの間にか美智雄が覗きにきていた。 腕を組んでプラネタリウムの出入口に近い最後列に座って、こちらを見ている。 目が合ったので「大丈夫ですよ」という意味を込めて微笑んでおいた。

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