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八月②・助けてくれた人

どれくらい経ったのだろう。 今度はハッキリと意識が浮上した。 そこは涼しい生活棟一階、医務室のベッドの上だった。 腕には点滴が繋がっている。 「やぁ、気がついたかい?」 「雅史先生?」 「熱中症だよ。さぁ、これを飲んで」 よく冷えたスポーツドリンクを渡される。 「私はいったい……森にいたはずなのに」 森で光夜に会った。 いや、そういう幻覚を見たのだろう。 誰がここまで運んでくれたのか。 疑問に思っても頭を整理できずにいると、雅史先生が口を開く。 「研究所に提出する書類の一部を学園に忘れて、取りに来たんだ。その時、駅からの長い道のりを自転車を必死に漕いでいる生徒を見つけてね。この暑いのに無茶をすると呆れ、ピックアップした。彼は君に会いに行くと言っていた。でも部屋にも温室にもいなくて、森から微かに光夜の名を呼ぶ声が聞こえてね。まさかと思ったけれど、二人で手分けをして森を探したんだよ。それで彼が君を見つけて、ここへ運んだんだ」 「彼?」 「その生徒は高校二年の時、どうしてもこの学園に転校したいと、僕を尋ねてきた。その時も自転車だったな。随分と遠くから一人でやってきた。彼の熱意に負けた僕が美智雄に口をきいて、転入が決まった」 「敦貴?」 「そうだよ」 「敦貴は、今はどこに?」 「あっちのベッドで疲れて眠っている。当たり前だよ。長い距離、自転車を漕いで、その後森の中を駆け回って必死で君を探したのだから。後で僕が連れて帰る。今夜はうちに泊めるよ」 「よろしくお願いします」 「実はね、敦貴と僕は親戚なんだ。血は繋がっていないけれど。彼の母親の妹の旦那が、僕の奥さんの兄さん。母親にも、連絡を入れておいたから大丈夫、安心して」 雅史先生の親戚……。 そうか、今あのクスノキを逃避場所に使っているのは、敦貴なのか。 雅史先生が敦貴に教えたのだろう。 二十年前に光夜が教わったように。 「敦貴は、私に何の用事があったのでしょうか?」 「彼が言うには、漢文が分からないから教えて欲しかったそうだよ」 そんなはずはない。 彼はトップクラスで成績優秀なのだから。 その日は敦貴に会うことはなかった。 翌日も雅史先生はわざわざ様子を見に、学園まで来てくれた。 けれど敦貴は一緒ではなかった。 夏休みが明け敦貴に会った時、お礼を言おうとしたら、プイっと顔を背けられた。 当たり前だ。 どこまでが夢でどこからが現実か分からないけれど、随分と恥ずかしい姿を晒してしまったから。 さぞ、呆れているのだろう。 それでも何かせねばと思い、雅史先生経由で「ありがとう。この借りはどこかのタイミングで返します」とだけ書いたメッセージカードを渡してもらった。 — 八月最後の日曜深夜。 大型の台風が日本列島を横断している。 進路からは少し外れたこの森も、暴風雨が吹き荒れていた。 木々が唸り、窓がガタガタと鳴り、雨がガラスを打ち付ける。 その音が気になって、何度も寝返りを打つも、寝付けそうになかった。 時計の針は零時を回っている。 以前はこんな時、下腹部に手を伸ばし自慰をすると眠れた。 そういえばいつからか、そんな選択肢は無くなった……。 ベッドに腰掛け、パジャマのズボンとボクサーパンツを、途中まで下げてみる。 柔らかく暖かい股間のものを、そっと握った。 そして小さく「光夜」と声に出して名を呼んでみた。 こんな嵐の夜なら、周りに聞こえることもないだろう。 光夜がしてくれたみたいに、触っていく。 粗削りで、まだお互いのことなんて考えられず、ともに自分の快楽ばかりを追ってしまう若者らしいセックスだった。 きっとあと何回も、何十回も何百回も、何年も何十年も二人でセックスしていたら、もっともっと心を通わせた更に気持ちいい行為になっていただろう。 「あぁ、気持ち、いい、光夜……」 そう呟きながら、自分を昂らせていく。 次第に先走りが零れ、右手でしごく度に卑猥な水音を立てる。 左手の人差し指を口に咥え、唾液をたっぷりつけた。 その指をTシャツの中に入れ、胸の突起を摘まみ擦り合わせる。 「ん……」 こんなところを触っても、まだ感じることができるようだ。 どんどんと行為に没頭していき、熱心に指を動かす。 「いい、いい。あっ、ん。……もう、だ、だめ」 吐精した瞬間、頭の中に浮かんだ映像は、この前の森の中の甘いキスだった。 相手の顔は光夜ではなく、敦貴だったから、酷く戸惑ってしまう。   その後ぐっすりと眠れ、アラームの音で目が覚めると、カーテンの隙間からは燦々と太陽が降り注いでいた。

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