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九月①・トリガーについて話す

歴代顧問が、九月に告げてきたというこの話を、自分が部員たちにするのは、少々憂鬱だった。 私自身の経験が浅いからだろう。 そして、どうしたって光夜を思い出すからだ。 今日はプラネタリウムに、天文部の三年生のみが集められている。 「以前にも話しましたが今現在、九回目の人生を生きている私たちは、江戸時代を経験しているはずです。もちろん和装だったでしょうし、丁髷を結っていたり、お歯黒だったかもしれません。その後の戦争などでも、辛い思いを重ねてきたはずです」 あまり現実感のない話だ。 「時代は移り変わり、生活様式も大きく変わりました。九回目の人生は過去を参照していると言っても、得た技術や学んだ知識が一変し、もう通用しなくなっている場合も多々あります。その中で最も変わらない行為が、裸一つで行う性交渉です」 今日も美智雄が、出入口近くの一番後ろの席に腕を組んで座っている。 副理事は意外と暇なのだろうか。 「ゆえに、過去から脈々と培って、ようやく九回目に現れる能力を強く開花させるにあたり、セックスがトリガーとなり得ると、研究所は正式に発表しています。その論文によると、たった一回経験しただけで効果が表れる人は少数で、繰り返すことで少しずつ開花する場合が多いようです。もちろんトリガーなど必要としない人は沢山います。ただ、なかなか能力が開花しない人は、試す価値があるでしょう」 三年生の部員たちを見渡すと、あまりにも予想外の話が始まったようで、戸惑った顔をしていた。 私自身もこの話を聞いた時、大層驚いた。 それでもすぐに試してみたいと思った。 右端に座っている敦貴に視線を移せば、妙に納得したような表情をして、何事か考えこんでいた。 「ここにいる君たちは、ほぼ皆がセックスの経験はないでしょう。それでも、したら分かるはずです。自分はそういう行為が達者だということが。それが九回目の特徴でもあるのですから。ただ、したくとも、この学園には男子しかいない、と思う人も当然いるでしょう」 恥ずかしくて俯いていた者も、顔を上げる。 「けれど、性別には拘らないと感じている人も多いのではないですか。我々は、過去の人生で、男だったり女だったりしました。だからこそ、九回目に愛する対象に、男だとか女だとか性別に関する拘りは、曖昧なのです」 再び、場内がざわざわとする。 「後は自己判断です。よく考えて行動に移すように」 部長が、潤滑ジェルとコンドームの入った茶袋を、皆に一袋ずつ配布していく。 「あぁそれから。九回目の人同士がセックスしたほうが、能力が開花する確率は高いと言われています。しかし私は、そういうことをしたい人と、するべきだと思いますよ」 — その夜。 温室で生徒から提出された課題を添削していた。 全体の照明は消え、私のいるガーデンテーブルの周辺だけが、明るくなっている。 生徒の消灯時間はとっくに過ぎた。 いつも寮棟から聞こえる賑やかな騒めきは鎮まり、秋の虫の音だけが響いている。 私は相変わらず寝つきが悪く、毎晩遅くまで起きているのが常だ。 ひと段落をつけ伸びをしながら、手帳に挟んである絵を眺めていた。 もう何度も何度も眺めた、光夜が描いてくれたチョコレート色のダリアの絵だ。 ガタッと音がした。 猫のコウが出てきてくれたのかと、顔を上げる。 「こんばんは、先生」 敦貴がそこにいた。 一対一でちゃんと対峙するのは、夏休み以来だ。 「ねぇ、先生。今日の天文部での話、先生が俺の相手になってよ。ねぇ、いいでしょ?」 まさか二十歳も年上の自分が誘われるとは思っておらず、咄嗟に返事もできなかった。 「能力が開花できるように手伝ってよ、先生。夏休みの借り、返してくれるんでしょ?」 二コリと笑って畳みかけ、天文部で配った潤滑ジェルとコンドームが入った茶袋をガサガサと振る。 「こんな時間に生徒が出歩くとは感心しません」 小さな声でそう返事をするが、敦貴は全く気にしないようで、私を凝視している。 その眼差しにドキリとし、下腹部がズンと疼いた。 もう自分の人生は、セックスとは無縁だと思っていたのに。 夏のあの森では、熱にうなされただけだと思っていたのに。 私の身体にはまだそういう欲望が残っていたのだ……。

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