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十月①・雅史先生が語る

敦貴のクラスで授業をしていた時、突然「うわっ」と声があがった。 窓際に座る敦貴が椅子から飛び退き「蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛!上から降ってきた!」と机を指差している。 年に数回しか見ない巨大サイズの蜘蛛が、彼のノートの上をゆっくりと這っている。 周りの生徒たちも「ぎゃっ」と声をあげ、遠巻きに怯えている者ばかりだ。 私は教科書を読み上げながら、敦貴の席までゆっくり歩いて近づく。 そして手に持つ教科書に挟まっていたプリントをスッと出し、蜘蛛の下に滑り込ませ、開いていた窓からひょいと出してあげた。 そしてそのまま、何事もなかったように授業を進行させた。 チャイムが鳴り「では、ここまで」と挨拶したところで、すぐに敦貴が近寄ってきた。 「先生!すげぇ格好良かった。蜘蛛苦手じゃないの?嫌いなんだと思ってた」 「何年、この学園にいると思ってるんです。もう慣れたものです」 そう答え、教室を後にしたけれど、私自身も時の流れを感じた。 初めてあのサイズの蜘蛛を見たのは転入してきた初日で、あの時はまさかあの生き物に慣れる日が来るとは思っていなかった。 随分と長く、この学園にいるのだな。 そして蜘蛛から私を守ってくれる存在がいなくなり、自分で対処できるようになったのかと思うと、少し寂しい。 — 本日の天文部の時間は、雅史先生が講義をしてくれることになった。 彼が何を話すのか私は知らなかったが、プラネタリウムの出入口では私を慮るような眼差しを向けてきた。 「美智雄先生とは事前に打ち合わせをし、許可をとりました。副理事としての彼にね」 一体何の話をしようとしているのか、構えてしまいコクリと頷くことしかできなかった。 「あっ、それから。なぜ僕が柚木先生の前でこの話をしようと思ったのか考えてみてくださいね」 雅史先生が階段を降り、プラネタリウムの小さなステージ中央に立つと、部員の私語が自然と静まっていく。 「えー、こんにちは。校医の吉井雅史です。僕もこの学園の卒業生で、天文部に所属していました。今日は皆に、二十年前に起きた刺殺事件の真相について、話したいと思います」 あぁそういうことかと身体が強張り、まだ出入口付近にいた私は、足の向きを変える。 しかしいつの間にか隣に居た美智雄が、私の背中にそっと手を置いた。 「大丈夫だ」 そう言って宥められ、躊躇いながらも二人で最後列の椅子に並んで着席した。 もう逃げられない。 「僕が大学二年生だった年、日本各地で高校生が背中を刺され殺されるという痛ましい事件が多発しました。日本にとどまらず、海外でも似たような事例が同時期にあったと聞きます。最終的に国内で殺された人数は三十四人。内この学園の中で、二名が殺されました。三十三人目は、バスケット部の三年生、和登。最後の被害者となった三十四人目が、美術部の三年生、光夜です」 私はギュッと目を瞑る。 「光夜とは僕が高三の時、寮で同室でした。強がりで繊細で人に迷惑をかけることを極端に嫌い、とても色彩豊かな絵を描く男でした。この二人を殺した犯人は、和登と同室だった一年生の理久、天文部の部員です」 犯人が天文部部員だったと知った衝撃で、部員たちにざわざわと動揺が拡がった。 「彼ら二人が殺される前、十一ヶ月にも渡って日本各地で三十二人もの高校生が殺されていたと聞けば、警察は何をしていたのだろう、と驚くでしょう。被害者の数が増える毎に、マスコミの報道は過熱しましたが、殺された彼ら彼女らに共通項を見つけることはできませんでした。連続殺人だという思い込みが、この事件を複雑化させ、実際の犯人たちに目が向かなかったのです」 いつしか息を止めてしまっていたようだが、私は再び呼吸をし始める。 雅史先生が、敢えて今、この話をしてくれているのだと、考えながら。

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