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十月②・刺殺事件の真相

雅史先生は、一呼吸おいてペットボトルの水を一口飲み、また話し始める。  「夏が終わる頃「見透かす力」を持つ検死官の一人が「もしかして」と気が付きました。被害者の共通項は、人生が八回目で、残りが六十年を切っている者。それを足掛かりに捜査したところ、それぞれの犯人を探し出すことができたのです。犯人は全て九回目を生きる者でした。九回目らしく思慮深く巧みで、誰も証拠を残していなかったのです」 最前列に座っていた敦貴が後ろを振り返り、後列に視線を走らせている。 美智雄の隣に座る私の姿を見つけ、口を一文字に結んだまま目を合わせてきた。 私が退出せず、この場で今の話を聞いていたことを確認したのだろうか。 「当時は、一般家庭にインターネットが普及し始めたばかりでした。ネット上で、知らない者同士がコミュニケーションを取るようになったのです。九回目を生きる者たちは、密かに仲間を集い、掲示板で意見を交わすようになります。そのコミュニティは、通称「ダイク」と呼ばれていました」 SNS全盛期の今、部員たちはネット上の掲示板など馴染みがないかもしれない。 「日本だけでなく、海外からの閲覧者も多数いたようです。影に誰かがいて、皆を誘導していたのではないかとも疑われていますが、リーダーは存在しないと関わった者たちは供述しています。ネット上で意見を交わす内に、残りが少ない八回目を殺し、早く九回目にしてあげることが正義である、という妙な風潮ができあがったというのです」 誰かが小声で「何それ」と呟いたのが聞こえた。 「「見透かす力」を持つ者が八回目で尚且つ残り六十年以下の高校生を見つけ、ネット上の掲示板に書き込み、殺すチャンスがある九回目がそれを実行に移していました。殺された八回目の人が、次の九回目を生きる時「記憶を保持する者」になれば、犯人の顔を覚えているでしょう。だから、背中を刺殺するという方法で統一されていたようです」 雅史先生はまた水を飲む。 淡々と話しているように見えるが、この話を生徒たちにどう語るべきか、葛藤があったのだろう。 「花睡研究所は九回目を生きる警察、政治家、医師、IT関連の仕事をしている者に働きかけ、沈静化に乗り出しました。具体的には、八回目を殺した九回目を徹底的に探し出し、非合法の牢屋に入れました。そしてそれを見せしめのごとく、ダイクの人々に晒しました。日本国内では犯人である二十八人が、今も牢屋に閉じ込められているそうです」 非合法の牢屋というのは、なかなかインパクトのある言葉だ。 「彼ら彼女らの処遇については、もちろん賛否がありますが、九回目による九回目の治安を維持する機関が設立されるきっかけとなったことは、確かでしょう」 私も犯人たちの捜索過程やその後の処遇については、大学生の頃に色々と調べた。 秘密裡な部分が多く、公にされていないことが多々ありそうで納得はいっていないが、大筋で言えば雅史先生が部員たちに語った通りだ。 「さて、話は学内の事件に戻ります。全国的に高校生刺殺事件が沈静化したのは、十一月末でした。研究所としても、もう大丈夫だと思った頃。冬休みで自宅に帰り、初めてインターネットに触れ、ダイクの残党に感化された理久が、二人の学生を殺しました。「九回目の正義」という、まやかしの大義名分の元に」 雅史先生の声が一段階、大きくなる。 「九回目を生きる者は、基本的に人の役に立ちたい傾向が強いとされています。その気持ちを、ごく一部いる偏った思想の者たちに、悪用されては絶対にならないのです」 隣で美智雄が大きく息を吐いた。 彼が部長の頃は、部員たちにこの話をしたことはなかっただろう。 美智雄の中でも、この事件は大きな後悔として残っているはずだ。 こうして語り継ぐことは、今後必要なのかもしれない。 「いいですか。九回目の人生は、一回目から八回目の人生よりも、ずっと素晴らしいです。だからといって、八回目を殺すなど、許されることではありません。光夜の八回目は幸せだった。高校一年の時、学園に馴染めず、家庭にも恵まれなかった彼に、二年生になって友達ができました。そして、三年生の時、彼にはかけがえのない愛しい人ができました。僕にその話をしてくれた時、彼は本当に幸せそうでした。二度と同じ過ちが起きないよう、天文部で広い視野を学んでもらいたい」 美智雄が拍手をし、その拍手が全員に拡がっていった。 敦貴がまた後列を振り返る。 その目は真っ赤で、肩を振るわせ、流れ出る涙を拭うこともなく、私を見据えてきた。 光夜の名前が出てきて、私の愛する人が非業の死を遂げたことを知ったから、同情して泣いてくれているのだろうか。 私自身は、光夜が雅史先生に私の話をしていたことに驚いて、涙を溢しながらも微笑んでいた。

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