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二月③・温室を描いた絵
「あのさ。俺が先生に書いた手紙、研究所の人にも読まれちゃったんだよ」
「えぇ、私もそう聞いています。美智雄も雅史先生も読んだそうです」
「うん。理久にも見せたらしい」
それは私も知らなかった。
「でさ、理久から研究所を通して、メールをもらったんだ。そこに書いてあったことによるとね、理久は和登が好きだった。あの年の冬休み、理久は刺殺事件が心配で、無理を言って和登の家に遊びにいったんだって。で、縁の見える理久には、母親と和登の縁が見えて、その色がびっくりするくらい冷たいブルーだったことに恐怖したって」
良い縁は暖色系、悪い縁は寒色系に見えると言われている。
「理久はさ、普段から和登が不自然なくらい家族の話をしないことを気にしていて。だから余計に悪い想像をしちゃったらしいんだ。それで、八回目を早く終わらせて九回目にしてあげるってことに、急に魅力的に感じた、って書いてあったよ。ネットでダイクのことを調べまくっているうちに感化されて、殺してあげなきゃ、それが九回目の正義だってどんどん気持ちが強まったらしい」
理久が今まであの事件について、口を開いたことは無かったはずだ。
研究所の人たちも、このメールの内容に驚いたことだろう。
「それでね、何で俺にメールしてきたかと言えば、和登の生まれ変わりと俺が再び出会えたかを、確認したかったらしい。和登が死んだあと、理久は寂しくてしかたなくて、とても後悔をした。自分への美智雄や圭吾の優しさに触れる毎に、和登の九回目が心配になった。だから和登が寂しくないように、彼と縁の深い光夜も殺して、一緒に九回目を過ごしてもらおうって考えたんだって」
「え……」
「全く酷い話だよ。巻き込まれた光夜も、光夜を好きだった先生も、本当に可哀想だ。「あの時はどうかしてたんです。心から謝罪したい」って今更俺に言われても、どうしようもないよ」
「理久はどうして、和登と光夜が八回目だと知っていたのでしょう?」
「天文部でリスト化して配られたって書いてあったけど」
あぁ、そうか。
刺殺事件から八回目の子たちを守ってあげて欲しいと、黒部先生が作ったリストが裏目に出たわけだ。
「いつか和登に会えるといいな。でも和登も「記憶を保持する力」を持っていないと、出会っても互いに気づけないよね」
そう言って、敦貴はまた黙り込み、窓の外の流れる景色を眺めている。
九回目は思慮深く賢いと、一括りで言ってしまっていたが、ここまで生きてきた長い道のりは皆違う。
今後の天文部顧問には、もっと個と向き合ってやってほしいと伝えなければなるまい。
もうすぐ学園へ辿り着くというタイミングで、私から二つの事柄を告げる。
「卒業まで残り一ヶ月、敦貴はまだ保護観察中といった立場のようです。今までのように一人で部屋は使わせられない。だから、今日からは私と同室となります。今頃、二段ベッドが私の部屋に運び込まれているでしょう」
「えっ、本当に?やったー!」
敦貴が子どものように万歳をする。
「それからもう一つ。私はこの三月で学園を首になります。美智雄がこの一件の責任を全て私に押し付けてきたのです」
「は?なんで先生が!そんなの可笑しいだろ。俺が抗議して取り消させる。そのためなら俺はこの学園を中退してもいい」
さっきと一転、怒りに震えた声で唸るように呟く。
車を駐車場に入れ、エンジンを切った。
敦貴の目をしっかりと見つめ、ゆっくりと伝えた。
「この森の中にいては、大学へ通う敦貴に会えないでしょう。この春からは研究所勤務になります。だから会いたい時に会えますよ」
敦貴の目は一旦見開いて、私の言ったことを噛み締めた後、ポロっと大粒の涙が流れ出た。
「残り約四十年を二人で生きましょう。私たちはどちらも九回目。途中で死んだりはしません。どちらかを残したとしても、ほんの数年です。ね、幸せに過ごしましょう」
腕も伸ばし、助手席に座る敦貴をぎゅっと抱きしめ、温かさを噛み締める。
敦貴はポツリと「あぁ、圭吾の匂いだ」と幸せそうに言ってくれた。
—
今日で二月が終わり、明日は卒業式。
予報ではやはり雨。
相変わらずこの森には雨がよく降る。
温室では一年と二年が卒業生のために、ダリアで生花のコサージュを作っている。
私は黒猫のコウを撫でながらそれを眺めていた。
二十年前と違って、明日は無事に卒業式が行われるだろう。
「先生、せんせ、圭吾せんせっ」
穏やかな気分を壊すかのように、慌ただしく敦貴が温室に走り込んでくる。
またこの日に何か起きてしまったのかとドキリとし、慌てて振り向く。
「せんせ、絵が、絵、あの絵が」
敦貴の表情が満面の笑みだったから、ほっとして「まずは落ち着きなさい」と促し、ガーデンテーブルのところへ移動した。
「いや、俺、もうびっくりしちゃって」
移動しながらも興奮に満ちた声で、話し続ける。
「一体、どうしたのです?」
「圭吾の部屋で荷物を片付けてたら、田淵先生に「ちょっと重い物を運びたいから手伝ってくれ」って部屋に呼ばれてさ。初めて入ったんだよ、田淵の部屋。圭吾、入ったことある?」
「ないですね」
「田淵の部屋の壁に、光夜の絵が飾ってあったんだよ!三枚も。一年の時、二年の時、三年の時、それぞれ文化祭で展示した温室の絵が」
あぁ、なんていうことだ。
こんな近くに光夜の絵が残っていたとは。
あぁ、よかった、本当によかった。
「早く、早く見に行こう、圭吾」
「ちょっと待って、心の準備が……」
私以外に懐かないはずだったコウが、腕からピョンと跳び降りて、敦貴の足元にスリスリと頭を撫でつけた。
引越先にはこの黒猫も連れて行くことが、決まっている。
(完)
※最後までお読みくださり、ありがとうございました。
お礼にS「敦貴のアルバイト」というSSを用意しましたので、続けてお読みくださいませ。
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