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第4章 従兄弟の来訪と、爆発する三角嫉妬
穏やかな夜だった。
グラシアス・タワー1203号室のリビングで、オレ——甘野杏は彰と並んでソファに座っていた。
テレビはついている。
けれど、内容はほとんど頭に入ってこない。
彰がずっと、オレの髪を撫でているからだ。
指先がゆっくり髪を梳く。
時々、首筋に軽いキスが落ちる。
それだけで胸がじんわり温かくなる。
「彰……今日も重いね」
オレが笑いながら言うと、彰は当たり前みたいに答えた。
「重くて当然だ。お前は俺のものなんだから」
「そういうこと、普通の顔で言うよね」
「普通じゃない顔で言えばいいのか?」
「そういう問題じゃない♡」
彰は低く笑って、オレを引き寄せた。
「寒いか?」
「寒くないよ」
「なら、ただ抱きたいだけだ」
「ほんと正直……」
「杏には隠す必要がない」
その言葉に、胸が甘く鳴った。
オレは彰の肩へ頭を預ける。
こんな時間が好きだ。
何でもない夜。
くっついて、くだらないことを言って、たまにキスされて。
ずっと続けばいいのに、と思ってしまう。
「今日、店で試作したやつね」
「ん?」
「ちょっとだけ、前よりクリームの口どけが良くなった気がするんだ」
彰の指が、オレの髪を撫でる。
「そうか」
「まだ彰に食べさせられるほどじゃないけど」
「俺はいつでも食う」
「だから、そういう甘やかしはだめ。ちゃんと美味しくできてから」
「杏が作った時点で美味い」
「味見係として全然信用できない♡」
「恋人としては優秀だろ」
「そこは否定しないけど……」
言いながら、胸が熱くなる。
彰に、いつかちゃんと食べさせたい。
オレだけの味のクリームパンを。
そう思った時だった。
突然、インターホンが鳴った。
ぴんぽん、と静かな部屋に音が響く。
彰の表情が、わずかに曇った。
「……誰だ」
「彰、知り合い?」
彰は立ち上がり、モニターを確認する。
画面には、綺麗な顔立ちの青年が映っていた。
『久しぶり、彰。会いたくて来ちゃった♡』
彰の眉間に皺が寄る。
「……優」
「優?」
「従兄弟だ」
「従兄弟……?」
オレが首を傾げる間に、彰は小さく息を吐いた。
「どこでここを……」
低く呟いた声は、オレにはよく聞こえなかった。
「入れるの?」
「……入れるしかない」
「嫌そう」
「面倒なやつなんだ」
そう言いながらも、彰はロックを解除した。
****
大鷹優(おおたか・ゆう)は、部屋に入るなり、当たり前みたいに彰へ近づいた。
「彰、最近全然連絡くれないんだもん。寂しかったよ」
甘える声。
柔らかい笑顔。
そして、距離が近い。
近すぎる。
優は彰の腕に自分の腕を絡め、身体を寄せた。
「優、離れろ」
「えー、久しぶりなのに冷たい」
「杏がいる」
彰はそう言って、すぐに優の腕を外した。
その言葉に、少しだけ安心する。
でも、胸の奥のざわざわは消えなかった。
優はオレの方を見て、にこっと笑う。
「ふーん、同棲してるんだ。杏くん、よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
「僕、彰とは幼なじみみたいなものなんだ」
彰が低く言う。
「従兄弟だ」
「細かいなぁ」
優は楽しそうに笑い、また彰へ近づく。
「昔から一緒だったんだよ。彰が小さい頃なんて、もっと可愛かったのに」
「余計なことを言うな」
「いいじゃない。懐かしい話くらい」
オレは笑顔を作ろうとした。
でも、うまくできなかった。
優は綺麗だった。
所作も上品で、彰のことをよく知っている。
オレの知らない彰を、たくさん知っている人。
その事実が、胸に刺さる。
そして、優が彰の膝に座ろうとした瞬間。
オレの中で何かが、きゅっと締め付けられた。
彰が即座に優を引き剥がす。
「優、いい加減にしろ。俺には杏がいる」
「分かってるよ」
優は笑顔のまま、ちらりとオレを見た。
「でも、昔から結婚するって決めてたんだけど」
その言葉に、心臓が冷たく跳ねた。
「結婚……」
「優」
彰の声が低くなる。
けれど、優は止まらない。
「同じ大鷹家でも、僕は雄女だから結婚にも何の支障もないし。そういう話、昔は何度もあったんだよ」
オレは指先を握りしめた。
優さんは、昔から彰を知っていて、家のことも知っていて、こうして当たり前みたいに隣へ立てる人。
オレとは違う。
オレは、一年限定でここにいるだけ。
胸が苦しくなった。
息がうまく吸えない。
「……コンビニ、行ってくる」
立ち上がると、彰がすぐにこちらを見た。
「杏?」
「ちょっと、甘いもの買ってくるだけ」
自分でも分かるくらい、声が不自然だった。
彰が立ち上がろうとする。
「俺も行く」
「いい。すぐ戻るから」
そう言って、オレは靴を履き、部屋を出た。
ドアが閉まる直前、彰の声が聞こえた。
「杏——」
でも、振り返れなかった。
****
夜の公園。
オレはベンチに座り、膝を抱えていた。
街灯の光がぼんやり滲んで見える。
涙が止まらなかった。
「……何やってるんだろ、オレ」
優さんは彰と同じ世界の人だ。
同じ家の事情を知っている。
過去も知っている。
もしかしたら、未来だって自然に並べる人なのかもしれない。
オレはただの一年限定。
製菓学校に通うため、上京している間だけ、彰の部屋にいる。
最初から、そういう約束だった。
分かっていたはずなのに。
どうして、こんなに苦しいんだろう。
「……オレ、こんなに彰のことが好きだったんだ」
声に出して、ようやく気づいた。
好きすぎる。
彰が他の誰かと並ぶ姿を想像しただけで、胸が痛い。
一年後が怖い。
彰のいない生活が想像できない。
それでも。
「あと数ヶ月しか、彰の恋人でいられないなら……」
オレは涙を拭いた。
「この時間を、ちゃんと大事にしよう」
何も聞かずに泣くだけじゃだめだ。
彰を信じたい。
そう思って、立ち上がった。
ふと、昼間に店長に褒められた試作のことを思い出す。
まだ完成していない。
まだ彰に食べさせたい味に届いていない。
「……まだ、彰に食べさせたいものも作れてないのに」
そう呟くと、余計に涙が出た。
恋も、夢も、いつの間にか彰に繋がっている。
それが、苦しいくらい嬉しかった。
****
部屋に戻り、ドアを開けた瞬間。
目の前の光景に、頭が真っ白になった。
優が彰をソファに押し倒し、その上に乗っていた。
「彰……最後くらい、抱いてよ……」
胸が、砕けるように痛んだ。
「……っ」
考えるより先に、オレはドアを勢いよく閉めていた。
廊下へ出る。
後ろから、彰の声が響いた。
「杏! 待て!」
今度はすぐに追いかけてきた。
エレベーター前で捕まり、そのまま近くの夜の公園まで連れて行かれる。
オレは彰の手を振りほどこうとした。
「離して!」
「離さない」
「見たんだよ!」
「誤解だ」
彰の声は必死だった。
いつもの余裕がない。
「優はただの従兄弟だ。一方的に俺に執着してるだけで、俺は杏しか見ていない」
「でも、押し倒されてた……」
「俺が許したわけじゃない」
「最後くらい抱いてって……」
彰は苦しそうに息を吐いた。
そして、静かに話し始めた。
「優は、家の都合で、望まない相手との話を進められている」
オレは涙を拭きながら、彰を見る。
「望まない相手……?」
「ああ。本人が選んだものじゃない。家の都合で、そういう道に押し込まれている」
彰の声には、怒りとも痛みともつかない感情が滲んでいた。
「だから、最後の望みを俺にかけていた。昔の話に縋っていただけだ」
「彰は……?」
「俺は、優をそういう相手として見たことはない」
彰はオレの頬を両手で包んだ。
「俺が好きなのは杏だ」
「……本当に?」
「本当だ」
「オレだけ?」
「ああ。杏だけだ」
その言葉で、胸の中の苦しさが少しずつ溶けていく。
それでもまだ、涙は止まらなかった。
「優さん、綺麗だった」
「関係ない」
「彰と同じ世界の人だった」
「俺の世界は、お前がいる場所だ」
「……ずるい」
彰の言葉はいつも重い。
でも、こういう時の重さは、どうしようもなく嬉しい。
「……分かった。信じるよ」
彰の表情が、少しだけほどけた。
彼はオレの頬を撫で、優しくキスをした。
「杏……もう二度と、疑わせない」
「うん」
「それでも不安になったら、ちゃんと言え」
「言ったら、また重くなる?」
「なる」
「即答……」
「お前限定だ」
オレは泣きながら、少し笑った。
彰はオレを強く抱きしめた。
****
部屋に戻ると、優はいなくなっていた。
テーブルの上に、手紙が残されていた。
彰がそれを手に取り、オレの隣で開く。
『彰、ごめんね。
杏くんも、きっと大事な人なんだね。
抱かれなかったら、たぶん僕も、決められた相手をちゃんと見られるようになると思う。
二人とも、幸せになってね』
読み終えたあと、しばらく誰も話さなかった。
オレは複雑な気持ちで、その手紙を見つめる。
優さんのやり方は、正直つらかった。
でも、優さんも苦しかったのだと思う。
家の都合。
選べない相手。
最後の望み。
全部を理解できるわけじゃないけれど、笑って済ませられるものではないことだけは分かった。
彰は静かに手紙を畳み、息を吐いた。
「……勝手なやつだ」
「でも、苦しかったんだね」
「それでも、杏を傷つけていい理由にはならない」
「うん」
彰はオレを見る。
「怖かったか」
「うん。すごく」
「悪かった」
「彰のせいじゃないよ」
「それでも、俺が守るべきだった」
彰はそう言って、オレを抱き寄せた。
オレはその胸に顔を埋める。
さっきまでの不安が、少しずつ彰の体温に溶けていく。
****
オレがシャワーを浴びている間、彰はリビングでスマホを握っていた。
低く、抑えた声で通話する。
「玄太」
『はい、社長』
「なぜ優がここを知っていた」
沈黙。
それだけで、答えは分かった。
『申し訳ございません。優様に大鷹家筋から詰められまして……さらに、最後に一度だけと泣かれまして……』
「お前は誰の秘書だ」
『社長でございます』
「次はない」
『承知しております』
彰は通話を切った。
スマホを置いた手に、少しだけ力が入る。
家の都合。
決められた相手。
その言葉は、優だけのものではない。
彰自身の背中にも、ずっと貼りついている。
けれど、杏にはまだ言えなかった。
****
その夜。
オレと彰は、ベッドで静かに抱き合っていた。
誤解が解けた後の夜は、これまでとは全く違っていた。
激しさではなく、確かめ合うような優しさだった。
彰はオレを優しく仰向けにし、指一本一本にキスを落としていく。
「杏……」
「彰……」
名前を呼ばれるだけで、胸が熱くなる。
彰の唇が、指先から手首へ、ゆっくり触れていく。
大事にされている。
それが痛いほど伝わってきた。
「もう離さない」
「彰……あっ……優しい……♡」
彰はオレを抱きしめながら、ゆっくり深く重なった。
「あっ……♡」
奥まで満たされる感覚に、涙がこぼれる。
彰はすぐに動きを止め、オレの頬へ触れた。
「痛いか?」
「ちがう……♡ 嬉しいの……」
「杏」
「彰が、ちゃんとオレを見てくれてるから……♡」
彰の目が、甘く揺れる。
「当たり前だ」
「当たり前じゃないよ……」
「俺には当たり前だ」
彰はゆっくり腰を動かした。
激しく突き上げるのではなく、愛情を確かめるように。
深く。
優しく。
奥をゆっくり擦られるたび、身体が甘く震える。
「はあっ……んっ♡ 彰、奥まで……オレのこと、感じてる……?」
「ああ、全部感じてる」
彰の声が低く震える。
「お前の熱も、声も、震え方も……全部、愛おしい」
「彰……♡」
彰はオレの唇、首筋、胸元に何度もキスを落とす。
触れる場所すべてが、熱を持っていく。
「んっ♡ あ……♡ そこ……♡」
「杏」
「もっと……深く……オレを、彰のものだって、刻んで……♡」
彰の腕が強くなる。
「刻むよ。一生、俺のものだ」
その言葉に、身体の奥が甘く痺れた。
「あっ♡ 彰……♡」
ゆっくりなのに、深い。
優しいのに、抗えないくらい熱い。
「んっ♡ はぁ……♡ 彰、好き……♡」
「俺もだ」
「オレだけ見てて……♡」
「ずっと見てる」
「ずっと……?」
「ああ。ずっとだ」
オレは彰の背中に腕を回し、涙声で囁いた。
「彰……大好き……♡」
彰は返事の代わりに、深く口付けた。
「んっ……♡」
何度もキスを交わしながら、深く重なり続ける。
「あっ♡ あ、ぁ……♡ 彰……♡♡」
奥を擦られるたび、甘い声がこぼれる。
心も身体も、彰に包まれていく。
最後は互いの名前を呼び合いながら、静かで深い絶頂へ溶けていった。
「彰……♡♡」
「杏……」
絶頂の後、彰はオレを強く抱きしめた。
耳元で、何度も繰り返す。
「愛してる、杏……もう二度と、離さない」
オレは彰の胸で涙をこぼしながら、微笑んだ。
「……オレも、彰が大好きだよ」
優の介入で揺れた心は、この夜に再び強く結ばれた。
しかし、残りの時間は、確実に減っていく——。
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