5 / 9

第5章 スイーツデートと、男の子の罰

休日の朝、グラシアス・タワー1203号室はいつもよりゆったりとした空気に包まれていた。 カーテン越しの陽射しが柔らかくリビングへ差し込み、キッチンからは淹れたてのコーヒーの香りが漂っている。 オレ——甘野杏は、朝からそわそわしていた。 彰はソファに座って、タブレットを眺めている。 仕事の資料らしいけれど、休日なのに仕事をしているところが彰らしい。 でも今日は、絶対に連れ出すと決めていた。 「彰、今日行きたいところがあるんだ!」 オレは彰の腕を引っ張った。 彰はタブレットから目を上げ、オレを見るなり、少しだけ表情を柔らかくする。 「杏が行きたいところなら、どこでもいい」 「本当?」 「ああ」 「あとで文句言わない?」 「言わない」 「高いよ?」 「問題ない」 「混んでるかも」 「貸し切るか」 「それはダメ!」 即答すると、彰が不思議そうな顔をした。 「なぜだ」 「普通に行きたいの。普通の休日っぽく」 「普通の休日……」 彰は少し考え込む。 この人は、ときどき“普通”の基準がおかしい。 「貸し切りなし。彰は、すぐに会社を使って手を回そうとする。イベント会社、クビになっちゃうよ。店では普通に並ぶ。いい?」 「努力する」 「努力じゃなくて、守って」 「……分かった」 その言い方が少し不満そうで、オレは笑ってしまった。 「よし。じゃあ今日は、都内屈指の有名ホテル内のスイーツビュッフェに行きます!」 彰は一瞬だけ目を瞬かせた。 「スイーツビュッフェ」 「そう!」 「杏らしいな」 「なにそれ」 「可愛い」 「朝からそれ言うの禁止」 「無理だ」 「重い♡」 彰は立ち上がり、オレの腰を抱き寄せた。 「今日は一日、俺の隣にいろ」 「それはもちろん。彰と行きたいんだから」 彰の目が、分かりやすく甘くなる。 「……そういうことを簡単に言うな」 「え?」 「出かける前に予定が変わる」 「変えません♡」 オレは彰の胸を押し返し、笑いながら玄関へ向かった。 **** ホテルに到着した瞬間、オレのテンションは爆発した。 広いロビー。 高い天井。 磨き上げられた床。 シャンデリアの光。 そして、レストランの奥に並ぶ、色とりどりのスイーツ。 宝石みたいなケーキ。 小さなグラスデザート。 艶々のタルト。 クリームがたっぷり詰まったエクレア。 もう、視界が幸せだった。 「わあ……! すごい、すごい! 見て彰、このケーキの山! ティラミスもエクレアも全部食べたい!」 オレはトレイを手に取り、次々とスイーツを乗せていく。 彰は隣で静かに微笑みながら、その様子を眺めていた。 「本当に好きなんだな……杏」 「これは違うよ!」 「違うのか」 「クリームパンの再現のための、れっきとした調査だから!」 「調査でその量か」 「味の比較には数が必要なの」 「なるほど」 「今、絶対に納得してない顔した」 「している」 「嘘だ♡」 オレはプクッと頬を膨らませた。 けれど、今回は本当に調査だった。 カスタードの軽さ。 卵の香り。 生クリームとの配合。 パンに入れた時に重くなりすぎない後味。 食べるだけじゃなくて、ちゃんと覚えたい。 オレは小さなメモ帳を出して、気になった味を書き込んだ。 「このカスタード、口どけ軽い。クリームパンに入れるなら、もう少し卵感を残したいかも」 彰が少し意外そうにオレを見る。 「本当に研究してるんだな」 「何だと思ってたの?」 「ただ嬉しそうに食べてるのかと」 「それも合ってるけど!」 彰が低く笑う。 「でも、いい顔をしてる」 「え?」 「杏が何か作ることを考えてる顔、好きだ」 「……そういうこと急に言わないで」 「事実だ」 顔が熱くなる。 その時、口の端にクリームがついていたらしい。 彰が自然に指を伸ばし、オレの唇の端を拭い取る。 彰はそのまま、自分の口へ運んだ。 「甘い」 「……彰、エッチ」 「クリームを取っただけだ」 「外でそういうことを自然にするから言ってるの!」 「杏が可愛いのが悪い」 「またオレのせいにする……♡」 顔が熱くなる。 周囲の視線が少し集まった気がして、オレは慌てて水を飲んだ。 彰は涼しい顔をしている。 外だと、この人は妙に大人っぽい。 余裕があって、クールで、優雅で。 普段の重い甘えん坊とは違う。 それが少し悔しいくらい、かっこよかった。 **** 席に戻ってしばらく食べていると、オレは彰の皿がほとんど減っていないことに気づいた。 「彰、食べないの?」 「ああ」 「苦手?」 「いや」 「じゃあ、なんで?」 「杏を見ている方が楽しい」 「オレは展示品じゃないんだけど♡」 「似たようなものだろ」 「違う!」 オレが睨むと、彰は自分の皿をこちらへ差し出した。 「食べていいよ」 「やった!」 「早いな」 「だって彰の分、全然減ってないし」 「杏が食べると思って取った」 「最初から?」 「ああ」 「彰、そういうところ好き」 言ってから、しまったと思った。 彰の目が、すぐに甘くなる。 「杏」 「今のはスイーツにつられただけだから」 「それでもいい」 「いいんだ」 「杏が好きと言ったなら、何でもいい」 「重い……♡」 オレは照れ隠しに、彰の皿のケーキを一口で食べた。 甘い。 美味しい。 幸せ。 けれど、周囲の視線は少しずつ集まってきていた。 女性客やカップルばかりの中で、男同士が近い距離でイチャイチャしている姿は、明らかに浮いている。 「あれ、男の子よね……?」 「かっこいいけど、実は……」 「恋人かな……?」 小さなざわめきが耳に届く。 彰は小さくため息をついた。 「さすがに男同士は目立つな」 「まあ、これだけ近いとね」 「距離を取るか?」 「取るの?」 「取りたくない」 「じゃあ聞かないでよ♡」 オレは少し考えてから、悪戯っぽく笑った。 「ならオレ、女装してもいいぜ?」 彰の動きが止まった。 「……そこまでしてケーキ食べたいのか?」 「食べたい!」 「即答だな」 「だって、まだ食べてないのいっぱいあるし。クリームの比較も途中だし」 「杏らしい」 「それ、褒めてる?」 「かなり」 彰は呆れたように見えたけれど、どこか楽しそうだった。 **** 10分後。 即席女装が完成した。 ホテル内のショップで用意されたワンピース。 小さな髪留め。 薄く整えられた化粧。 サンダルまで合わせられて、鏡の中には、思ったより“それっぽい”オレがいた。 オレは彰の前で、くるりと回ってみせる。 「どう? オレ、可愛いだろ?」 彰は黙った。 「彰?」 「……可愛い」 「女の子みたい?」 「ああ」 「でしょ?」 オレが得意げに胸を張ると、彰の目が少し細くなる。 「でも、見せたくない」 「またそれ?」 「さっきより目立つ」 「女装した意味!」 「可愛いからだ」 「じゃあ成功じゃん」 「俺以外に見られるのは失敗だ」 「理屈が重い♡」 彰は大袈裟なくらい丁寧に手を差し出した。 「ではお嬢様、行きましょうか?」 その仕草が、妙に様になっていた。 まるで高級ホテルのスタッフより自然で、堂々としている。 オレはドキッとして顔を赤らめながらも、彰の腕に自分の腕を絡めた。 「彰、そういうの似合いすぎ」 「そうか?」 「うん。今日の彰、なんかクールでかっこいい」 「いつもは?」 「重い。甘い。エッチ」 「ひどいな」 「褒めてる♡」 「褒め方が雑だ」 彰は苦笑しながら、オレをエスコートした。 **** 女装したオレは、遠慮なく彰に甘えまくった。 「彰、こっちのケーキも食べさせて」 「ああ」 彰は急に大人びた紳士モードになり、オレの口元へフォークを運ぶ。 「あーん」 「ん……美味しい♡」 「口元についた」 「取って」 彰は指先でそっとクリームを拭い、紙ナプキンで拭こうとしてから、一瞬だけ迷った。 オレはにやっと笑う。 「さっきは食べたのに?」 「煽るな」 「煽ってないよ♡」 彰は低く息を吐き、今度はちゃんとナプキンで拭いた。 「ちぇ」 「残念そうにするな」 「彰が外だと紳士すぎるから」 「不満か?」 「ちょっと新鮮」 周囲はさらにざわついていた。 今度は「イケメンと美人」の組み合わせとして目立っている。 オレは彰の横顔を見て、ふと呟いた。 「なんか今日の彰、いつもよりクールでかっこいい……イベント会社の社員っていうより、VIPを案内する側の人みたい」 彰の肩がぴくっと揺れた。 「……仕事柄、そういう案件もある」 「VIP案件?」 「ああ」 「彰の会社、ほんと色々やるんだね」 「……そうだな」 「便利だなぁ、その説明」 「便利じゃない。事実だ」 「今の間、怪しい♡」 彰は視線を逸らした。 オレは笑った。 「でも、なんか新鮮。いつもより大人っぽい」 彰は少しだけ黙った。 もし、正式な場で誰かを隣に立たせるなら。 父が用意する見合い相手ではなく、頬にクリームをつけて笑う杏がいい。 そう思ってしまった自分に、胸の奥が熱くなる。 だが、杏には言えない。 「杏」 「なに?」 「楽しいか」 「すごく!」 「ならいい」 その言葉は、いつもの彰だった。 重くて、甘くて、オレだけを見ている彰。 オレは少し安心して、彰の腕へさらに寄りかかった。 **** 夜。 ホテルのバーで、オレたちは夜景を眺めながらシャンパンを飲んでいた。 窓の外には、宝石みたいな街の明かりが広がっている。 オレは少し酔っていた。 甘いお酒と、今日一日の楽しさと、彰のエスコートの余韻で、頭がふわふわする。 「今日の彰、カッコよかったから……度々女装しようかな」 彰は真顔で即答した。 「ダメだ」 「早い!」 「可愛い男の子の格好をしなさい」 「命令?」 「お願いだ」 「お願いの顔じゃないよ♡」 彰はグラスを置き、オレをじっと見た。 「今夜、服を脱がせたら一日のムラムラが爆発しそうだ」 「っ……」 一気に顔が熱くなる。 「もう、彰ったらエッチ♡」 「否定しない」 「そこは少し否定してよ」 「杏には嘘をつきたくない」 「そういう真面目さ、ずるい……♡」 彰はオレの手を取り、指先へ軽くキスした。 「帰るぞ」 「部屋に?」 「ああ」 その声が低くて、甘くて。 オレはもう、答える前から胸が熱くなっていた。 **** 夜、ホテルの一室。 ドアを閉めた瞬間、彰の雰囲気が変わった。 バーで見せた紳士の顔が、熱を帯びて溶ける。 彰はオレの手首をそっと掴み、壁際へ追い込んだ。 「杏……女装して俺を煽った罰だ」 「煽ったつもりは……ちょっとしかない♡」 「あるんじゃないか」 「ちょっとだけ」 「悪い子だな」 低い声。 そのまま深くキスされる。 「んっ……♡」 ワンピースの布越しに抱き締められる。 彰の手が背中を撫で、肩紐へ触れた。 「脱がせる」 「……優しくね?」 「大事にはする」 「そこは信じてる」 「ならいい」 唇がまた重なる。 「んっ♡ ふ、ぁ……♡」 彰のキスは熱い。 今日一日、外で紳士みたいに振る舞っていた反動が、一気に押し寄せてくるみたいだった。 ベッドに押し倒される頃には、オレはもう彰の首へ腕を回していた。 「あっ♡ 彰……待って……」 「待てない」 「言うと思った……♡」 「杏が可愛すぎた」 「またオレのせい?」 「そうだ」 彰はワンピースを乱さないように、でも焦れた手つきで脱がせていく。 「彰、顔が怖い」 「怖いか?」 「ううん……熱い顔してる」 「今日一日、我慢してたからな」 「紳士だったのに」 「今は違う」 「……ケダモノ?」 「杏の前だけだ」 「もう……♡」 彰はオレを抱き締め、深く重なった。 「あっ……♡♡」 奥まで満たされる感覚に、身体がびくっと震える。 「彰……急に深い……♡」 「今日一日、俺を煽った分だ」 「煽ってないって……♡」 「してた」 「してたかも……♡」 彰はオレの腰を支えながら、深く、熱く、奥を擦るように抱いた。 「あっ♡ んっ……♡ そこ……♡」 「声が甘くなった」 「言わないで……♡」 「女装しても、そういう反応は杏のままだな」 「彰……♡」 「男だって、ちゃんと分からせてやる」 その言葉に、胸の奥が甘く震えた。 女装したオレを可愛いと言ってくれた。 でも、彰が一番好きなのは、いつものオレ。 それが嬉しくて、恥ずかしくて、熱くなる。 「あっ♡ 彰……♡ もっと……♡」 「もっと?」 「ぎゅってして……♡」 彰の腕が強くなる。 深く重なるたび、身体の奥が甘く痺れた。 「あっ♡ あ、ぁ……♡ 彰、奥……♡♡」 「杏の声、可愛い」 「言わないで……♡」 「もっと聞きたい」 「だめ……♡ 声、出ちゃう……♡」 彰は何度もキスを落としながら、オレを包み込む。 唇。 首筋。 胸元。 指先。 全部が熱い。 「あっ♡ んっ♡ 彰……♡♡」 彰はさらにオレを抱き寄せる。 寝具に押し付けられるたび、オレの前が強く擦れ、甘い熱が前後から押し寄せた。 「あっ……♡ 彰、激しすぎ……♡」 「杏」 「だめ……前、擦れすぎ……おかしくなる……♡♡」 「杏は男だろ? ここも熱くて尊い」 「そんな言い方……っ♡ だめ、彰……♡」 彰は深く重なったまま、オレの前が甘く擦れる角度を外さない。 奥も、前も、全部が彰でいっぱいになるみたいで、頭が真っ白になっていく。 「あっ♡ あ、ぁ……♡ 前、熱い……奥も……彰、だめぇ……♡♡」 「可愛い声だ」 「言わないで……♡ ほんとに、いっちゃう……♡」 「いい。俺の腕の中でいけ」 「彰……っ♡♡」 最後は彰に強く抱き寄せられ、二人同時に深い絶頂へ溶けていった。 「はぁっ♡♡ 彰……♡」 「杏……可愛い」 しばらくして、オレはぐったりと彰の胸に顔を埋めた。 息がまだ整わない。 身体の奥に、甘い余韻が残っている。 「もう……こんなに熱く抱くと、本当に女の子になっちゃうよ……」 彰は満足げに笑いながら、オレの汗で濡れた髪を優しく撫でた。 「それは困るな。俺は杏の可愛い男の子の姿が一番好きだ」 「さっきも言った……」 「何度でも言う」 「……バカ♡」 恥ずかしくて、オレは彰の胸を軽く叩いた。 でも、嬉しかった。 彰はしばらくオレの髪を撫でたあと、急に真剣な眼差しを向ける。 「それに、今日、分かった事がある」 「なに?」 「俺は、お前と居ると、素の自分でいられる」 「素の自分?」 「飾らないありのままの自分。日々、周りの奴らと戦う武装を取り払って」 「うーん、よく分からないけど、つまり」 オレはズバリ、彰を指差した。 「エッチな彰って事?♡」 「バカ野郎!」 「あ、いた♡」 彰が軽く額を弾く。 でも、すぐに少しだけ笑った。 「……でも、まぁ、そう言う事だ」 「認めた!」 「うるさい」 「彰、素直」 「お前の前だけだ」 その言葉が甘くて、オレは笑ってしまった。 彰とオレは顔を見合わせて、大笑いした。 休日の甘いデートは、最高な笑顔で締めくくられた。

ともだちにシェアしよう!