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第7話

 窓の外を見つめていた視線の先に、夜空へまっすぐ伸びる彼のマンションのシルエットが現れた。何度も訪れた場所なのに、今夜はやけに新鮮に俺の瞳に映る。  車がエントランスの手前で静かに停車するのと同時に、ラジオのポップスがちょうど終わりを迎え、深夜のDJの声が小さくフェードアウトしていく。  運転手への支払いを柊一さんが済ませて、重いドアが開くと、西新宿の少し冷たく澄んだ夜風が、火照った俺の頬や身体を優しく撫でていく。  二人でロビーの自動ドアをくぐり、静まり返ったエレベーターのボタンを押す。  その間、しっかり俺は柊一さんの手を握っている。  今すぐにでも抱きつきたい。必死でその欲を抑えている。柊一さんの家まで距離が長く感じられる。じれったくて、じれったくて仕方がない。  柊一さんの顔を見る。俺に火種を植え付けた本人は至って冷静だ。何もタクシーで何もなかったような顔をして佇んでいる。 「しゅ、柊一さん…ね、ダメ?」 「何が」 「もう…俺…我慢が…」 「まだだ、エレベーター来ねえだろ」  こうやって立っていると10歳年の差があるけれど、身長はさほど変わらない。  欲を突き付けられた俺は、一度手を放し、彼を背後から抱きしめようとする…が、 「ダメ。もう少し我慢しろ」  柊一さんに手を跳ねのけられてしまった。  お預けを食らっている犬はどうやって我慢するんだろう、その時間が長ければ長いほど主人の命令に背きたくならないのか。俺は忠実な犬じゃないから、無理だ。我慢しろと言われてじらされ抗いたくなる。  エレベーターが来た。そこに乗り込む。エレベーターの中は密室で、誰も居ない。  俺は再度、彼を腕に押し込めようとしたが、それも叶わず彼は離れていく。 「誰が乘ってくるかわかんねえだろ、ダメだ」  いつになく冷静な柊一さん。熱に浮かされてる俺がバカみたいだ。  俺は自前の筋力を生かし、彼を羽交い絞めにする。筋力では彼より俺に分がある事を利用する。柊一さんは諦めたのか俺の胸の中に居る。 「駄犬には相当な(しつけ)が必要だな」  何と言われてもいい。今はただこうしていたい。腰の奥が疼く。俺の中の雄が目覚めを待っている。  エレベーターが八階に着く。強引に俺の手を振りほどき柊一さんは自分の部屋に向かう。力は俺よりなさそうなのに、柊一さんも男なんだなあとどうでもいい事で感心する。強引に腕をほどかれた所為で少し腕が痛む。  柊一さんは自分の家のドアを開け、俺が来るのを待っていた。  俺が到着すると、いきなり腕を引っ張られ、身体を引き寄せられた。そのまま唇を重ねられ、舌が強引に入れられる。 「……っ」  火照っている身体が自然にそれを受け入れる。取り憑かれたように舌を絡ませる。  俺は息が絶え絶えになるが、それを柊一さんは逃さない。勢いは強くなる。 「…しゅ……しゅ…ダ…ダメ…」 「七瀬、ここでやめてもいいのか」 「…そ、そ…れは……」  俺は目をトロンとさせ、柊一さんの顔を見る。初めて見る顔、ジャズバーでピアノを弾いていた時より艶っぽく、雄の顔をしている。  柊一さんは頭をずらし、俺の首を先程まで絡めていた舌で舐める。敏感に俺の身体は反応し、ビクンと肩を震わせる。 「……しゅ、……しゅ……」  反抗する気にならない。彼のされるがままになるしかない。何もこんな狭い玄関でやらなくてもとは思うけれど、彼が求めてくるのなら俺は拒まない。そんな俺の気持ちが届いたのか、彼は耳元で囁く。 「場所を移すか、狭いだろ」 「……うん」  柊一さんは俺から身体を離し、くるりと180度回転すると、玄関に続く廊下を歩いていく。俺は柊一さんの後を黙ってついていく。まだ頭がぼうっとしている。  俺、初めてなんだけど、こういう事。彼女とはキスまではしたがそこからはしていない。正真正銘の初めての体験なのだ。まさか相手が柊一さんだとは夢にも思わなかったけど。柊一さんはたくさんこういう事をする女性が居るが、男同士でもありなんだな。  俺は柊一さんが好きだからいいけど、柊一さんに恋愛感情はあるのかわからない。恋愛感情なしにこういう行為だけする人間は多い。出来たら少しだけでも恋愛感情があることを祈りたい…が、玄関での行為でそういう縛りどうでもよくなってきた。今はただ欲情を満たすだけの夜に浸りたい。  リビングにつくと、柊一さんは、メインの灯りではなくフロアライトを点ける。刹那、俺のベッドにもなっているソファーに俺は組み敷かれる。 「…痛くしないでね…俺、初めてなんだ…」 「お前彼女いたんじゃなかったか」 「居たけど、ここまで行かずに別れたから」 「ほう…童貞か…それとも処女か」 「俺、女じゃない……」  話し終わる前に、柊一さんは口の中をまた舌で蹂躙してきた。俺の一番敏感な部分が煽られ、固くなっていく。 「感じやすいんだな、七瀬」  そう言うと、彼は固くなっていく俺の股の中心を入念に触りだす。タクシーの時とは違い、ダイレクトに。服越しとはいえ、その感触は伝わる。 「……う、…う…」  今夜見た彼のピアノを弾く姿と、今の彼の姿が重なる。あの姿を見た時から俺の頭は狂わされっぱなしだ。  気づくと、次々と彼にシャツのボタンを外されていく。露わになった俺の上半身。昔ほど筋肉はついていないが、多少は鍛えているから、見られて恥ずかしい体をしているわけではないが、彼の前で晒されると急に気恥ずかしくなり、目を閉じる。 「流石元サッカー部、いい身体してる」 と、彼は言うやいなや、俺の身体に直接舌を這わせる。最初はくすぐったかったのが、段々男を刺激される。彼の舌は俺の乳首を捉え、口の中で弄ぶ。たまらず俺は身体をのけぞらせる。 「…あ…あ…う、う…」  俺の声だけがかすかに響く、広いリビング。先程までの喧噪が嘘のように森閑としていた。  三年前の夜、俺はここで柊一さんと出逢った。今ここで俺は柊一さんと身体で繋がる。  それはジャズバーで初めての柊一さんのピアノを聴いた三日月の夜。

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