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13 番《つがい》

 頭にかかっていた靄が晴れて、急にクリアになったのが今朝のこと。ヒートが完全に終わったんだとすぐわかった。  一週間続いたヒートは、サッカーをやっていて体力にはそれなりに自信のある俺でも、さすがにこたえた。  初めの方はあまり覚えていないけど、後半は断片的に覚えている。……正直、記憶を辿るとだいぶ恥ずかしい。まるで俺が俺じゃなくなったみたいだった。  けど、本当に幸せな時間だった。いや、今もその幸せはずっと続いている。  目覚めた俺に気づいた泰雅(たいが)が、風呂の準備をしてくれた。泰雅に後ろから包まれるようにして入る風呂は、気恥ずかしいけど、心までぽかぽかとあたたまる。 「圭太(けいた)、熱くないか?」 「んー、大丈夫ー」  ヒートは未知の世界でどうなるのか不安もあったけど、こんなにも愛されていると実感できる期間だったんだ。オメガになったからこそ、感じることのできる幸せなのかもしれない。 「ひゃっ」  うっとりと酔いしれていたら、急にうなじに触れられ、俺は変な声をあげてしまった。 「なんだよ、急に!」  幸せの余韻を味わっている時に! と思って抗議をすると、くすくす笑う泰雅の声が聞こえてきた。 「悪い悪い。……(つがい)になったんだなぁって思ってさ」  泰雅が感慨深そうに言うから、俺も自分のうなじにそっと触れてみた。そこには少し凹凸があるのがわかった。 「痛くないか?」 「ちょっとだけ」 「明日、病院に行って、確認してもらおう」 「そうだな」  俺はニヤニヤしながら、うなじの噛み跡を優しくさすった。番かぁ……泰雅と番になれたんだ……。俺は何度も何度も幸せを噛みしめた。  でも、こんなに心は満たされているのに、体は正直だった。空気を読まない俺の腹の虫は、「ぐうっ」と低く鳴った。  聞こえたかな? そう思って振り返ったけど、泰雅は「どうした?」と首を傾げた。よかった、聞こえていなかったみたいだ。  俺は泰雅の腕を解いて立ち上がると、何食わぬ顔をして言った。 「あー、腹減ったから、何か食べようぜ!」 「そうだな」  俺たちは、他愛もない話をしながら風呂を出た。 ◇  次の日、俺たちはかかりつけの病院へ行った。 「村井さんのオメガフェロモンの数値も安定していますし、初めてのヒート後の様子も問題なさそうですね。……うん、ちゃんと番も成立していますよ」 「本当ですか? よかったー」  診察結果を聞き、俺たちは手を取り合い喜びを分かち合った。担当の先生も、うんうんと一緒になって喜んでくれた。  珍しい後天性オメガだから、他の患者さんよりも気にかけていてくれたみたいだ。これで一つ大きな山を越えたような気がする。  正式に番になっていることが確認できたから、病院の帰りにそのまま役所へ寄り、『番届(つがいとどけ)』を出してくることにした。 「はい、確かに受け取りました。番成立、おめでとうございます」 「ありがとうございます」 「お名前の変更などありましたら、またいらしてくださいね」 「はい」  俺は『名前の変更が必要な時』を想像し、チラリと泰雅を見たら、ふっと微笑んで頷いてくれた。言わなくても、泰雅にも伝わっているみたいだ。そう遠くはない未来を想像して、俺も嬉しくなって微笑み返した。  役所で正式に受理されたことで、婚姻届と同様に公的機関でのサービスも受けられるようになると聞いた。最近になって、オメガ保護の動きが加速していて、オメガのためのサービスも拡大しているらしい。  ずっとベータとして過ごしてきたから、知らないことばかりだ。これからはオメガとして過ごしていくのだから、もっとたくさんのことを知っていかないとなぁと思った。  その日の夕飯は、泰雅お手製のオムライスだった。 「ヒートお疲れ様。番成立もおめでとう!」 「ありがとう。泰雅もおめでとう!」  俺たちはいつものように、お互いに食べさせ合ったり、番登録の話をしたり、大学のことを話したりした。  来週には本格的に寮での生活が始まる。今は家が隣同士だから行き来しているけど、大学は寮生活だからそうもいかない。しばらくは、ホームシックならぬ泰雅シックになりそうだけど、俺も新たな目標に向かって頑張らないとな!  俺たちは手を握ったまま、眠りについた。 ◇  それから数日後。俺たちは正式に大学の寮へと入居した。部屋の窓からは、満開の桜が見える。四年間、部屋から花見ができるのは得した気分だ。  泰雅が入居するアルファ寮とは離れているけど、ヒートなど特別な時や、普段でも事前申請をすれば泊まりにも来れる。それに、電話もできるし、ビデオ通話だってできる。……大丈夫だ、きっと寂しくない。  そして迎えた入学式。俺たちの両親と合流し、みんなで写真を撮った。もちろん、泰雅と二人きりの写真が一番多いけどな。  たくさんの人がいる中で、俺の泰雅は一際光っている。かっこいいし、スタイルはいいし、スーツもビシッと決まっている。  まわりからの視線も感じる。ほら、あそこの女の子なんて、目がハートになっていないか? でも残念だったな。泰雅は俺のだから。そう心の中で鼻を鳴らすと、見せつけるように泰雅と腕を組んだ。  入学式を終え大講堂を出ると、外にはビラやパネルを持った学生がたくさん集まってきていた。これが、大学の勧誘ってやつか! 俺は賑やかなその様子を見て、心が躍った。  これからどんな出会いが待っているんだろう。期待と少しの不安を抱えながら、俺は新しい一歩を踏み出した。

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