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32 バイトの報告

 バイト終わりに一度泰雅(たいが)に連絡を入れたけど、大学が終わって寮に戻ったタイミングで、今日一日のことをこれでもかというくらい長文で送った。  本当は電話して声を聞きたいけど、国内にいる時とは違う。なので、むやみやたらと電話しちゃいけないと思ってるんだ。  なのに、そんな俺の配慮なんて関係なく、泰雅からすぐ着信があった。 「もしもし? 電話なんてかけて大丈夫なのか?」  本当は飛びついて出るくらい嬉しいのに、庶民の俺は電話代の心配をしてしまう。……あ、メッセージアプリの通話だから大丈夫か。でも、通信量大丈夫か?  頭の中でごちゃごちゃ考えると、電話の向こうでくすくすと笑う声が聞こえてきた。 『ホテルのWi-Fi使ってるから大丈夫だ』 「え? でも、セキュリティとか……」 『クリスマスに泊まったところの、系列ホテルだから』 「ああ、親父さんのところのホテルか。じゃあ大丈夫そうだな」  大丈夫とわかったとはいえ、やっぱり日本にいる時とは勝手が違う。話せる時間に限りがあるのに、俺はなんでWi-Fiの心配とかしてるんだ。そう心の中で突っ込んでいると、泰雅からバイトの話を切り出してきた。 『長文メッセージが届いたけど、まだ読んでいない。圭太(けいた)の口から聞きたいと思って』 「そりゃそうだな、メッセージ送ってすぐに電話かけてきたもんな」 『バイト、どうだった?』 「初めは緊張したけど、めっちゃ楽しかった!」  俺は、今日の出来事を余すことなく泰雅に伝えた。  泰雅の写真を見て勇気をもらったこと、バイト先は大学周辺よりも住宅が多く立ち並び、時間がゆっくりと流れていたこと、マスターはとても優しい男性だということ、マスターの甥の大地さんのこと。  そこまで話したところで、泰雅の楽しそうな相槌が止まり、スマホ画面にビデオ通話への切り替えリクエストが届いた。 『圭太。顔を見て話したい』  本来ならば甘い言葉のはずなのに、なぜか泰雅の声が険しいような気がした。でも俺はきっと気のせいだと思って、許可をタップした。 『圭太、そいつはアルファか?』  画面に映った泰雅は眉間に皺を寄せ、声色もさっきとは違う低めの声で俺に聞いてきた。 「え、大地さん? うーん、聞いたわけじゃないけど、多分ベータじゃないかな」 『なんでベータだとわかる? 圭太は俺と(つがい)になっているから、他のアルファの匂いは感じられないはずだ』 「マスターが面接のときに『私はベータだから、安心していいよ』って言ってたんだ。だからその甥っ子の大地さんだって、ベータだろうなと思って。それに、なんかアルファっぽくないっていうか……ちょっとチャラめだけど気さくな人なんだよ。もしアルファなら、フェロモンは分からなくても、なんとなくソワソワするんだ」 『……わかった。圭太がそう感じたのなら、信じる。けど、油断するなよ』  泰雅は俺の言葉を聞いて、少し考え込んだように黙ったあと、いつものように念を押して言った。 「わかってるよ。泰雅に心配かけたくないからな、ちゃんと気をつける。……泰雅は、どうなんだよ?」 『ああ、圭太不足だ』 「違うって、そういうことを聞いてるんじゃなくて」 『俺の原動力の源は圭太だ。その圭太をすぐ抱きしめられない場所にいるんだ、元気が出るわけがなかろう』  もう、泰雅が変わらず泰雅すぎて、思わず声を出して笑ってしまった。  でもいたく真剣な泰雅は、俺が笑ったことが気に入らない様子だ。 『圭太は、俺がそばにいなくても平気なのか? 俺は耐えられない。あと一ヶ月もこっちにいなきゃならないなんて、ありえない』  普段寡黙な泰雅だけど、こういう時は饒舌になるのはいつものことだ。普段内に秘めている気持ちを、突然放出し始めるんだ。 「平気なわけないじゃん。小学生の時から隣にいるのが当たり前だったのに、一ヶ月も離れるなんて。今までそんなことはなかったから、俺だって寂しいよ。でも、さっき言っただろ? 泰雅の写真に元気をもらっているって。……実はな、普段は恥ずかしくて待ち受けにしたことなかったけど、今は泰雅の写真を待ち受けに設定してあるんだぜ」  ほらって見せてやりたかったけど、スマホで通話してるんだから見せられない。帰ってきたら、見せてやろうかな。 『俺は初めてスマホを持った時から、圭太と俺の二人の写真が待ち受けだ』 「確かにそうだったなー」  俺が泰雅のことを好きだと自覚するその前から、泰雅の待ち受けは俺とのツーショット。真ん中には実家の愛猫。  でも俺は自分の恋心さえ自覚していなかったから『泰雅は親友の俺とのツーショットを、待ち受けにしている』くらいにしか思っていなかった。  けど実のところ、泰雅はもうその時には俺のことが好きだったわけで……。  うわー、なんか急に恥ずかしくなってきた! 「……そうだ、バイトだよ。今は俺のバイト初日の報告してるんじゃん!」  一気に熱くなった顔を、パタパタと仰ぎながら、俺は話を元に戻そうとした。俺は賄いで食べさせてもらった、オムライスの話もしたかったんだ。 『圭太の話なら、いくらでも聞いていられる』 「そういうわけにもいかないだろ。お前もやることあるだろうし、俺も明日の講義前にやんなきゃいけないことあるしな」  バイトの初日がうまくいったことで、自信につながったし、次回ももっと頑張ろうと思えた。けど、大学生なのだから学業の方が大切だ。  それに、泰雅の横に並んで歩けるような人間になるためには、もっと努力しなきゃいけないんだ。 「マスターが、賄いでオムライス作ってくれたんだ。昔ながらの喫茶店のオムライスで、めちゃくちゃ美味しかった! 今度泰雅と一緒に食べたいな」 『昔ながらのオムライスか、いいな』 「帰ってきたら、絶対に行こうな。マスターと大地さんに泰雅を紹介したい。俺の自慢の恋人で番だからな」  俺の言葉には、嘘偽りはない。泰雅はまわりの評価もすごく高い、優秀なアルファだ。けど正直、評価とかどうでもいい。泰雅の見た目や器で好きになったんじゃない。俺にとって唯一無二で、世界中に自慢したい存在なんだ。 『ありがとう。圭太にそんなふうに言ってもらえるのは、すごく嬉しい。明日も頑張れる』 「おう、それは良かった。会えないのは寂しいけど、大丈夫だ。俺はいつも待ち受けを見て泰雅を思い出しているし、泰雅も俺のことを考えてくれてるとわかってるから」 『当たり前だ。いつでもどこでも、圭太のことを考えている』  泰雅のまっすぐな瞳が、俺を捉えて離さない。  なんですぐそばにいないんだろうな……。  少し寂しくなってしまったけど、慌ててその気持ちを打ち消すように頬をぺちっと挟んだ。 「ありがとな、俺も頑張れる。……そろそろ、切ろうか。勉強もしなくちゃいけないし」 『ああ、また連絡する』  二人で『頑張れよ』って伝え合い、画面越しに唇を合わせ、ビデオ通話を終了した。

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