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35 お説教
「え? 圭太 くん、その人と二人きりでランチに行ったの?」
目の前で大袈裟に驚いているのは、タイミングよく連絡をくれた柊 だ。
大地 くんの、寮まで送ろうかという申し出を、どうやって断ろうかと悩んでいたから本当に助かった。
「バイト先のマスターの甥っ子さんなんだ。マスターにもちゃんと言ったし、泰雅 にも連絡を入れてある」
「いや、僕が言いたいのはそういうことじゃないよ?」
「黙って行ったわけじゃないし……」
柊の剣幕に、俺は声がだんだん小さくなってしまう。普段おとなしいのに、この剣幕はなんなんだろう。
「その人、アルファじゃないよね?」
「いや、ベータじゃないかな」
やっぱり、みんな同じことを聞く。俺としては、アルファでもベータでもオメガでも関係ないと思っているのに。
第二の性が大切なのは、俺だって身をもって体験しているから多少はわかるつもりだ。けど、やっぱり人との付き合いなんだから、第二の性を関係なくその人自身と関わりたい。
俺は泰雅に説明したように、柊にも、大地くんは大丈夫だって話をした。
「はぁ……泰雅くんに同情しちゃうよ」
「なんだよ、それ」
初めて会った時は、まわりを気にしてビクビクしていた柊だけど、最近はだいぶ変わってきた。
俺に対しても、遠慮しているなぁと感じるところがあったけど、だいぶ仲良くなってきた近頃は、はっきりものを言うようになってきた。
「ほんと、圭太くんは自覚がなさすぎだよ。ベータかどうかも確証はないし、たとえベータだったとしても、ベータだから安心ってことはないんだよ?」
「そんなことな……!」
柊の言葉に反論しようとしたけど、ふと脳裏に辻本 との出来事が蘇り、あ……と、口を押さえた。
「オメガらしくなくて、誰にでも平等に接することができるのは、圭太くんの良いところだよ? でも、泰雅くんのこと考えた? すぐに飛んで来られない場所にいるのに、圭太くんは……」
「わかった! ごめん、もうそれ以上は……」
俺は、自分の考えの甘さに気づいて、柊の言葉を遮ってしまった。
泰雅との関係も大学生活もバイトも、全てが順調すぎて、過去に自分へと降りかかってきた出来事をすっかり忘れてしまってたんだ。
「ごめん、僕も言いすぎた……」
「いや、いい。柊は俺たちのことを心配してくれたのに……。ほんと、俺の考えが甘かったんだ」
俺と柊の間に、しばらく沈黙が流れた。
大きくため息を吐くと、自分がやけに疲れていることを思い出した。
「今日、料理も美味しかったし、喋るのも楽しかったんだ」
「うん」
「でもな、なんかわかんないけど、すごく疲れたんだ」
「うん」
俺が理由を探すように、ぽつりぽつりと話すのを、柊は相槌を打ちながら静かに聞いてくれた。
「一緒にいて、楽だなって感じてたのに」
「うん」
「初めてのお店に二人きりで行って、友達だから気軽に話しながら食べて。なのに、なんかまわりの視線が気になるし」
「うん……それで、疲れちゃった? でも、本当にそれだけ?」
柊にそう聞かれて、俺は今日一日の出来事を思い返していた。
ランチに行く前、泰雅にメッセージを入れたのに未読のままで、途中も何度か確認したけどまだ既読にならなくて。
いつもオムライスは泰雅と一緒に食べるのにって思って、今度は泰雅と一緒に来たいなって思って。
なんで目の前にいるのが、泰雅じゃないんだろう……そう思った。
「泰雅じゃないから……」
ポツリと口から出た言葉が、全ての答えのような気がした。
「僕たちオメガにとって、パートナーのアルファの存在はとても大きいし、アルファにとっても僕たちの存在はとても大きいと思うんだ」
「そうか。今日は泰雅が忙しくてメッセージが未読で、ちゃんと連絡が取れない状態で出かけたから、それも原因なのかもしれない」
ベータの頃の感覚でランチに行ったけど、やっぱりあの頃とは違うんだと感じた。
「でも圭太くんは、ちゃんとオメガとしての危機感を持てるようになったんだよ」
「危機感?」
「自分のテリトリー外で、まわりを警戒すること。泰雅くんがいない中で、まわりに気を配るのは自然だよ」
「そっか……」
自分一人だったら、今日のこの疲労感と、心に残るモヤモヤの正体はわからなかったかもしれない。けど、オメガの先輩でもある柊と話したことで、自分なりの答えが出せたような気がする。
柊にお礼を言って、『おやつでも食べるか?』なんて立ちあがろうとした時、机の上に置いていたスマホの画面が明るくなり、泰雅の名前が表示された。
「もしもし!」
俺は飛びつくようにスマホを持ち上げタップし、電話に出た。
『圭太? 今、仕事が終わってメッセージを見た。バイト先の男とランチってどういうことだ……』
「泰雅くん、こんにちは、柊です!」
電話の向こうから、不機嫌そうな低めの声が聞こえてきたタイミングで、柊が突然間に割って入ってきた。
『ああ、柊か』
「今ね、僕が圭太くんに色々と質問しちゃって、言い過ぎちゃったなって反省しているところなの。だからごめんね、泰雅くんは圭太くんの話を、ゆっくりと聞いてあげてほしいんだ」
『それはどういう意味だ』
「だから、その怒ったような声で、圭太くんを問い詰めないでほしいの。ちゃんと話を聞けば大丈夫だから」
そうだよな。相手がベータだろうがなんだろうが、恋人にちゃんと連絡が伝わったかわからない状態で、ランチに行くのはあまり良くないだろう。泰雅の機嫌が悪いのも頷ける。
柊は、俺の話をゆっくりと待ちながら聞いてくれた。だから今回の事情も俺の気持ちも、ちゃんとわかってくれている。
泰雅にも、同じようにゆっくりと話を聞いてほしいと伝えてくれたんだろう。
「圭太くん、しっかりと自分の気持ちを伝えるんだよ? じゃあ、僕は帰るね」
「柊、ありがとう。俺は大丈夫、ちゃんと話し合うから」
柊はそれ以上何も言わず、ニコッと笑うと部屋を出ていった。
『柊、部屋に戻ったのか?』
「ああ、今日は柊も午後の講義がないって言ってたから、部屋で映画でも見ようかって話をしてたんだ。……けど、泰雅との話があるから」
『そうか。柊に悪いことしたな』
「明日また話をしておくよ」
電話を出た時の第一声とは打って変わり、泰雅はいつもの穏やかな声に戻っていた。
俺は深呼吸をして、スマホの画面を見つめた。本当なら顔を見て話をしたいけど、今は緊張してしまう。でも、泰雅の顔を見たい。
「泰雅、今は時間大丈夫か?」
『ああ、今日はもうやることは全て終わった。しばらく連絡が取りづらいところにいたけど、今日やっと系列ホテルに戻ってきたから、久しぶりにゆっくり話ができる』
「そうか。……じゃあ、ビデオ通話にしてもいいか?」
久しぶりにゆっくり話ができると思ったら、俺は泰雅の知らない奴と呑気にランチに行ってたんだ。
泰雅は知らない土地で頑張ってるのに、なんかすげー申し訳ないって思った。
『圭太の顔を見て、話をしたい』
泰雅の声は俺を責めるような声ではなくて、いつものように、俺を思ってくれている甘さを含んだものだった。
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