37 / 45

37 それぞれの距離感

 大地(だいち)くんは一緒にランチに行った日『また誘ってもいいかな?』と言っていた。その言葉通り、ランチだけじゃなくて、買い物や遊園地とか楽しそうじゃない? って誘われた。  けど俺は、大学が忙しい、実家に帰る、大学の友達と勉強する約束をしている……など『都合がたまたま合わない』を装って、やんわりと断っていた。  大地くんと出かけるのが嫌なわけじゃない。ランチに行った日も楽しかったし、バイト先でも相変わらず気を使わずにいられる相手だと思っている。  でも、やっぱり泰雅(たいが)の気持ちを優先したいし、たとえ一緒に出かけても俺自身が落ち着かないと思う。 「そうかぁ。なかなかタイミングが合わないね」 「ごめん。最近課題とレポート多くて、バイトも今やっとな感じなんだ」  正直言うと、俺の受けている講義は、そんなにレポートは多くない。オメガ用に余裕を持ってスケジュールを組まれているから、普通にやっていれば大丈夫なんだ。  だからバイトをやりながらと言っても、そこまで時間に余裕がないわけじゃない。 「一緒に出かけるのは都合つかないけど、マスターの部屋を借りてランチしようぜ」 「そうだな。あまりゆっくりできないけど、しょうがないな」  俺と大地くんは、合間を見つけて、一緒にまかない料理を食べた。  大地くんとは、ゲームの話や漫画の話が特に合うんだ。少し前の話題でもわかってくれるから、とても楽しい。今日だって、レトロゲームの話で盛り上がったんだ。  大地くんには悪いなって思うけど、このくらいの付き合いが俺にはちょうど良いんだ。  大学も順調で、バイトも順調。大地くんとの距離も良い感じだと思う。  だけど最近は、泰雅の顔を見てもいないし声も聞けていない。  大地くんとのランチの件以降、しばらくは毎日ビデオ通話をしていた。けどやっぱり無理をしたせいなのか、スマホ越しの泰雅の顔は、疲れが溜まっているように見えた。  だから俺は心を鬼にして伝えたんだ。『しばらくビデオ通話禁止』って。  泰雅が起きる時間はもう俺は寝るような時間だし、俺が起きる時間は泰雅は忙しくて時間が取れない。  泰雅が無理して睡眠時間を削っていたから、ゆっくりビデオ通話ができてたんだな……。  この気持ちをわかってくれるのは(しゅう)しかいない! って、俺は話を聞いてもらって甘えまくっていた。柊は俺が守るなんて言っていた自分が、柊に支えられているんだもんなぁ。  柊の部屋を出て自分の部屋に戻ったタイミングで、久しぶりに泰雅から着信が入った。そしてそのままビデオ通話に切り替えた。 『ごめん、メッセージしか送れなくて』 「なんか忙しそうだな?」 『約一週間後に迫った帰国に合わせて、調整とか準備とか忙しくて』 「え? 帰国の目処が立ったのか?」  十一月初めに出発して、一ヶ月程度の滞在予定だった。だけど帰国の予定が伸びて、気がつくともう十二月も一週間が過ぎようとしていた。  いつになったら帰れるんだろうと思っていたところに、帰国の目処が立ったと聞いて、俺は食い気味に声のボリュームを上げた。 『ああ、先にそのことを伝えなきゃいけなかったのに、ごめん』 「謝らなくていい! 嬉しい報告だから今からでも全然遅くない!」 『喜んでくれて嬉しい。この調子だと、クリスマス前には帰れそうだ。今年も一緒に過ごせるな』 「クリスマスか! 楽しみだな!」  さっきまで萎んだ風船みたいになっていたのに、ヘリウムガスがパンパンに入った風船のように気分も上がっていく。 『今年のクリスマスは、どうしようか。圭太(けいた)、どこか行きたいところあるか?』 「うーん……。あ、そうだ! 去年と同じことをしたい」 『去年と同じ? いいのか? 新しいところじゃなくて』 「人生初の恋人と過ごすクリスマスだったし、やっぱり思い出深いんだ。だから今年も、また同じ時間を過ごしたい」 『そうか、わかった。間に合うように手配しておく』 「サンキュ。楽しみにしてる!」  友達として隣にいられればいいと思っていた泰雅と恋人同士になれて、デートもできて、熱い時間も過ごして……。  俺は、一年前のクリスマスの夜を思い出し、顔が一気に熱くなった。 『圭太って、本当にわかりやすいな』 「あ! 泰雅、また俺の考えていることを……!」 『大丈夫だ。俺もあの日の夜のことを思い出している』 「やっぱり、俺の心読んでんじゃねーか!」 『そんな力はないけど、圭太のことならなんでもわかる』 「なんかすげー恥ずかしいな!」  俺は、頬を膨らませふてくされた表情を見せたけど、直後におかしくなって吹き出してしまった。 「あー、楽しい! やっぱり泰雅といるのが一番だ」 『……おい圭太。誰と比べてんだ?』 「ふっ。泰雅はほんと嫉妬深いなー。でも俺は嬉しいぜ」 『俺も圭太にヤキモチ妬いてほしい。……ハーレムでも作るか』 「なんだよ泰雅、この前ハーレムなんて作らないって言ったじゃないか。……実は興味があるとか?」  お互いにからかうように言い合って、散々一通り笑ったあと、やっと少し落ち着いてきた。  小学校入学の時からの幼馴染だから、この空気感はもうなにものにも変えられないんだと思う。  全てがしっくり来る。ピタッとパズルがハマるような感じだ。  俺は、何度も考えたことがある。俺と泰雅が『運命の(つがい)』だったらって。  けど、後天性でオメガになった俺には、運命の番なんてものは存在しないと思っている。オメガとして生まれたわけじゃない。途中で何かが原因で変わってしまった、中途半端な存在だから。  でも俺はそれでもいいって思ってる。中途半端でもなんでも、オメガに転化したから泰雅の番になれたんだ。泰雅と並んで歩いていくことができるんだ。  こんなに幸せなことはない。神様がいるのなら、直接会ってお礼を言いたいくらいだ。 『もっと話していたいけど、ちょっとこれから人に会わなきゃならないんだ』 「ああ、こんな時間から大変だな」 『現地スタッフが優秀だから、俺はお飾りだけどな』 「何を謙遜してんだよ。泰雅は十分優秀だ。そうじゃなきゃ、親父さんが代理で行かせるわけがない。あと少しそっちで頑張ってこいよ」 『圭太に愛想をつかされないように、頑張るさ』 「なに言ってんだよ。俺が泰雅から離れるわけないだろ?」  たとえ、泰雅に『運命の番』が現れたとしても――。 『じゃあ、圭太も頑張れよ』 「ああ、サンキュ!」  一瞬脳裏によぎった不穏な言葉を振り払い、俺は泰雅にとびきりの笑顔を見せた。  そしていつものように、画面越しに口づけを交わし、しばらく見つめあった後、意を決してビデオ通話終了ボタンを押した。

ともだちにシェアしよう!