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39 サプライズ
お昼のピークも過ぎ客足も途絶えた頃、キッチンに来た大地 くんと談笑しながら、食器類の片付けをしていた。
大地くんが先日、駅近くにオープンした猫カフェに行った時の話をしてくれるから、俺は興味津々だ。
実家で飼っているせいもあるけど、俺は犬より猫派だから、猫カフェなんて夢の空間じゃないか。ぜひ一度は行ってみたい。
俺が大地くんの誘いをずっと断ってしまっているから、いい加減嫌になって誘わなくなると思っていたけど、相変わらず大地くんはニコニコしながら遊びの誘いをしてくる。
猫カフェという魅惑の場所に誘われたら、無意識に首を縦に振ってしまいそうだ。
そんな時、ふと微かに香ってくる匂いを感じた。
え……この匂いは……。
俺は驚いて匂いのした方を見た。すると、カランカランと入口のドアのベルが鳴った。
「いらっしゃいませー」
俺の隣で猫カフェの写真を見せていた大地くんは、接客モードに切り替えホールに出て行った。
「ご注文は、何になさいますか?」
「チーズケーキとコーヒーを」
「かしこまりました」
大地くんの対応する声は聞こえてきているのに、耳に入ってこない。
代わりに耳に入ってきたのは、俺のこの世で一番好きな声だ。
俺はキッチンから顔を出して、大地くんが対応している客を確認した。
やっぱり泰雅 だ! 一ヶ月半ぶりの泰雅だ! 本物の泰雅だ!
俺は勢いのままホールに飛び出したくなるのをグッと我慢して、隠れるようにじーっと泰雅を見つめた。
ああ、泰雅がそこにいる。相変わらずかっこいいな。本当にいい匂いがする。
え、でもなんでいるんだろう? 帰るのは土曜日って言ってたのに。
「圭太 くん、チーズケーキをお願い」
注文を取り終え戻ってきた大地くんと、目が合った。
俺は、んんって軽く咳払いをしながら視線を外したけど、大地くんは不思議そうに俺に問いかけた。
「あのお客さん、圭太くんの知り合い?」
「え? あ、うん、まぁね……」
「そうなんだ? じゃあ、顔を出してきたらどう?」
「あとで顔出すから……あ、チーズケーキ準備するから待ってて」
俺は急いで注文されたチーズケーキを、お皿に盛る。
これは、俺が作ったチーズケーキなんだ。泰雅、美味しいって言ってくれるかな。
そわそわと落ち着かない俺を見て、大地くんはちょっと首を傾げて、耳元で囁いた。
「ねぇ。もしかして……あの人、圭太くんのお兄さん?」
「え? ああ、幼馴染で昔からずっと一緒だから……。俺にとっては、家族みたいな存在かな」
泰雅との関係をどう説明すべきか一瞬迷ったけど、嘘は言っていない。
大地くんのことは友達だと思っているけど、その前にバイト仲間だから、採用時の契約を忘れちゃいけないんだ。
「そっか。納得したよ。なんか、さっきからすごく見られてる気がしたんだけど……ちょっと緊張した」
大地くんは少し困ったように笑って、俺の肩を軽く叩いた。
「大切な弟分が変な男に捕まらないか心配してる、過保護なお兄さんなんだね」
「あはは……。まあ、昔から過保護なところはあるかも」
大地くんは『なるほどね』と一人で納得した様子で、注文されたチーズケーキを手にホールへと戻っていった。
勘違いさせてしまった気もするけど、これ以上詳しく話すわけにもいかないし……ごめん、大地くん。
俺は申し訳ないと思いつつ、なるべくいつもと変わらない態度で、大地くんと接した。
バイト中、泰雅のことが気になってチラチラ見てしまう俺を『兄のように慕っているお兄さんに、頑張っているところを見てもらいたいんだね』って大地くんは言ってきた。
もう完全に誤解しているけど、仕方がないよね……。
ランチタイムが落ち着く頃、今度は午後のティータイムを楽しもうとお客さんがやってくる。
SNSで話題になってから、新規のお客さんが増えたとマスターは言っていた。
もし暇なら、今日のバイト終わりまでどうやって過ごそうかと思っていたけど、今日はいつもに増して午後も混んでいた。そのおかげでバイトに集中することができて、なんとか無事一日を乗り切ることができた。
「お疲れ様でした。お先に失礼します」
俺はマスターと大地くんに声をかけて、裏口から出た。
「圭太、帰るぞ」
ドアを閉めて、泰雅はどこだろうと探そうとした時、少し離れたところから声をかけられた。
「泰雅! 帰るのは明日って!」
「後で話す。とにかく帰るぞ」
帰るのは明日だと思っていた泰雅が、目の前にいる。俺は思いがけないサプライズで、びっくりしたけど嬉しくて天にも昇る思いだ。
泰雅だって、俺に久しぶりに会えて嬉しいはずなのに、何か様子が違う。やっぱり疲れているのかな? フライト時間も長いと言っていたからな。
「なぁ、泰雅」
いつもなら足並みを揃えて歩こうとしてくれる泰雅が、どんどん先にいってしまうから、俺は声をかけた。
せっかく二人きりになったんだから、ゆっくり話しながら歩きたいのに。
「すぐそこに車を待たせている」
「なんだ、迎えにきてもらってるんだ?」
俺はバイト帰りに、電車に乗って実家に帰るつもりでいたから、車で送ってもらえるのは助かる。白河家の専属運転手さんを手配してくれたのかな。
少し歩くと、駐車場に立派な車が停まっていた。俺たちは二人並んで一番後ろの座席に乗り込んだ。
「泰雅、お疲れ様。疲れただろ」
「……」
俺が話しかけても、泰雅は黙ったままだ。本当にどうしたんだろう。
泰雅の俺を見る目は、いつも優しい。だからすごく安心するのに、今日は泰雅と視線が交わらない。
俺はそれ以上何も声をかけることができなくて、車内に沈黙が流れた。
大学の最寄駅を過ぎても、車内の空気は重いままだった。沈黙に耐えながら揺られているうちに、今度は見慣れた地元の駅前が見えてきた。
「……圭太」
あと少しで実家に到着するという時に、泰雅が重い口を開いた。
いつもの優しくて甘い声とは違い、低くてやっと聞き取れるような声だ。
「あいつと、二人きりで出かけたのか?」
「あいつって……大地くん?」
「一緒に働いていたあいつは……」
泰雅は一方的に質問したのに、俺の返事など聞いていないように、言葉を続けた。
そして一瞬躊躇したようだったけど、絞り出すように声を吐き出した。
「あいつは、ベータなんかじゃない。紛れもないアルファだ……!」
「え? アルファ? でも、大地くんはベータで……」
俺は泰雅の言っている意味がわからなかった。
大地くんがアルファ? そんなはずはない。あんなに話しやすかったし、ざわつく感じもなかったし、マスターもベータで……。
「……いい、話は家に帰ってからにしよう」
気がつくと、車は泰雅の家の庭に到着していた。
俺は混乱したまま車を降りると、泰雅の後について、白河邸へ足を踏み入れた。
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