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43 丸く収まる
ふわっと頭を撫でられる感覚がして、ゆっくりと目を開けた。
「ん……」
「圭太 、目が覚めたか?」
しっかりと寝たはずなのに、まだ眠い。瞼が重くて蕩けちゃいそうだ。
でも俺は、目の前でふっと微笑む泰雅 に向かって手を伸ばす。
「サンドイッチ作ったけど、食べられそうか?」
「んっ」
まだ寝たいけど、泰雅のサンドイッチ食べたい。
でも……あれ? 蕎麦食べるって言ってなかったっけ?
「そばは……?」
泰雅に体を起こしてもらい、ベッドの上でぼーっと一点を見つめたまま、目をしばしばと瞬かせた。
眠すぎて、頭が働いてないのか? それとも……。俺は、ポヤポヤする頭で、一生懸命考えた。
「もう、正月三が日過ぎたぞ」
「正月……?」
あ。だんだん思い出してきた。
俺、大晦日にヒートになったんだ。
「ああ、ヒートか……」
やけに頭がはっきりしないわけだ。
眠気は残っているけど、体の疼きはもうない。そろそろヒートも終わる頃だろう。
「うう……年越しそば食べ損ねた……」
「それがわかってるなら、もうヒートは大丈夫そうだな」
泰雅が楽しそうに笑って、俺の頭をくしゃくしゃってしてきた。
さっきはあんなに優しく頭を撫でてくれたのに、なんで今度はぐしゃぐしゃにすんだよ。
俺は、ムーッと口をへの字にした後、泰雅に向かって両腕を伸ばした。
「んっ!」
「なんだ、まだヒート終わってないのか」
「そうだ、まだ終わってない! だから連れてってくれよ」
ヒートで意識が吹っ飛んでいたけど、断片的に記憶が残っている。
抱きしめられ、ゆらゆらとゆりかごみたいに気持ちいいなって思ったら、泰雅がお姫様抱っこしてくれてたんだ。
普段なら恥ずかしくて、すぐ下ろせよって暴れるかもしれないけど、ヒートの時は無条件に甘えてもいいんだって思える。
今も、完全にヒートは収まってはいない。つまり、甘えてもOKってことだ。
「なんだよ、泰雅は嫌なのか?」
「甘えん坊な圭太も、ほんと可愛いよな」
「ならOKじゃん! サンドイッチ食べに行きたいから、早く!」
「はいはい、お姫様」
なんでもない時なら『男に対してお姫様はないだろう?』って言い返したかもしれないけど、今は不思議と嫌な気分じゃなかった。
もう頭はすっかりクリアになっているのに、まだ完全にヒートが終わってないと言い張り、俺はもうしばらく泰雅に甘えさせてもらうことにした。
朝食は二人でサンドイッチを食べ、昼間は泰雅が天ぷらそばを作ってくれた。年越しそばの代わりだって。
まだヒートは終わってないと言う俺に合わせて、泰雅は移動はずっとお姫様抱っこだし、食事も食べさせてくれるし、至れり尽くせりだった。
そんな感じで、俺たちは帰省を終えて寮に帰るまで、のんびりと二人で過ごした。
◇
寮に戻ってから数日、ようやくいつもの生活リズムが戻ってきた頃、俺は約束通り、大地くんと会う日程を取り付けた。
バレンタインを間近に控えた二月上旬に、バイト先の喫茶にしむらの二階の部屋を借りることになった。
今回はマスターは同席せず、俺と泰雅と大地くんの三人で話をすることになっている。
そして、約束の日がやってきた。俺の目の前には、大地くん。隣には泰雅が座っている。
バイト先で大地くんとは普通に話せているし、誤解も解けているから大丈夫なんだけど、やっぱりちょっと緊張してしまう。
俺は、隣に座る泰雅をチラリと見た。いつものように無表情だけど、さっきからずっと、不機嫌そうなフェロモンを感じているんだ。
「お忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」
大地くんは、いつもの軽そうな感じではなく、しっかりと頭を下げた。
「大地くん、頭をあげて? 俺が時間を作って欲しいって頼んだんだし」
「いや、本当なら俺から言うべきだったんだ。白河さん、この度は俺の思い違いで、大切な恋人の圭太くんに、失礼なことをしてしまい申し訳ありませんでした」
「失礼なことなんてしてないって! な? 泰雅」
あまりにも申し訳なさそうに大地くんは言うから、俺は慌てて泰雅に同意を求めた。
「なぜ、圭太を誘った?」
「ちょっと待って。泰雅、それについては俺から説明しただろ?」
「いやいいんだ、圭太くん。俺の口から謝罪させてもらいたいんだ」
大地くんにそう言われて、俺はもう何も口を挟めなくなってしまった。
「圭太くんの説明の通りです。結果的に、俺の勝手な思い込みで、圭太くんには恋人がいないと判断してしまったんです」
「圭太は俺の番 だ。自分の番が他のアルファに誘われるということの意味、お前もアルファならわかるだろう」
「番……ああ、だからフェロモンが……」
大地くんは一瞬驚いたように顔を上げてから、再び頭を下げた。
番がいる上に、念の為に抑制剤も服用していたんだ。フェロモンを全く感じずに、誤解してしまうのは仕方がないと思う。
けど、アルファにとっては、そんな簡単な話じゃないのかもしれない。
「本当にすみませんでした。番がいる人に声をかけてしまうなんて……」
「本来ならば、訴えてもいいくらいだ」
「はぁ!? それは言い過ぎだろ!」
泰雅が変なことを言うから、俺は思わず口を挟んだ。
罪を犯したわけじゃない。さすがにそれは言い過ぎだ。
「圭太は黙ってろ。……それだけ、俺は怒っているということだ」
「当然です」
「けど、圭太から事情は聞いたし、お前のことを真面目だしいい奴だと常に言っている。今回のことは、お前は悪くないから怒らないでくれとも言われている」
「……っ」
「俺は全てを許すつもりはないが、お前に悪気がなかったという圭太の言葉を信じる。……だからもういい、頭を上げてくれ」
泰雅の声が柔らかくなるタイミングで、さっきまでの尖ったようなフェロモンではなく、普段の優しい泰雅のフェロモンに戻っていた。
「白河さん……ありがとうございます」
「礼なら圭太に言ってくれ」
「圭太くん、俺を信じてくれてありがとう」
「大地くんは、俺の大事な友達だからな!」
俺は嬉しくなって、大地くんに手を差し出した。友情の握手をしたくなったんだ。
けど、その手は泰雅に引き寄せられた。
「圭太は、人を疑うことを知らなすぎだ。……でもそれが良いところでもある」
そう言って、泰雅は俺の頭をくしゃっとして笑った。
「圭太くん、これからもバイト仲間としてよろしくね」
「おうっ、よろしくな!」
ちょうど話がついた頃、一階にいるマスターからお茶のお誘いを受けたので、店内でコーヒーをいただくことにした。
大地くんはそのまま仕事に入るからと言って、更衣室の方に戻って行った。
「泰雅、俺を信じるって言ってくれてありがとな」
「ああ。本当は一発くらい殴ってやってもよかったんだが」
「またそんな物騒なことを!」
「はは、冗談だ」
本当かなーと思って泰雅を見たけど、笑っているから多分大丈夫なはずだ。
話し合いが全て済んだことに胸を撫で下ろし、俺はマスターの淹れたカフェオレをゆっくりと味わった。
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