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44 転化についての仮説

 大地(だいち)くんとのことも丸く収まり、恋の大イベントバレンタインも滞りなく終わった。  俺は、泰雅(たいが)にチョコレートケーキを作って一緒に食べた。せっかくラッピングまでして持って行ったのに『一緒に食べた方が美味い』って言ったんだ。まぁ、たしかにそうなんだけどさ。  自画自賛だけど、チーズケーキだけじゃなく、チョコレートケーキも上手く出来たと思う。次は何を作って泰雅に食べてもらおうかな。 「泰雅! 次は何食べたい?」 「ん? 何が?」 「俺の手作りスイーツ! チーズケーキもかなり腕前が上がったし、この前のチョコレートケーキもめっちゃ美味かったじゃん? じゃあ次は何作って泰雅に食べさせようかなーって思ってさ」 「なんだ圭太(けいた)、また俺のために作ってくれるのか。俺はこんなに優しい(つがい)がいて、幸せ者だ」  俺はなんとなく聞いただけなのに、泰雅はこうやって大げさに喜ぶ。  スイーツの話だけじゃない。泰雅は俺のやることなすこと、褒めまくるし、喜びまくる。 「なぁ、泰雅。お前さ、俺に甘すぎないか?」 「そんなことはない。これは普通だ」 「ふーん、そんなもんなのかねー」  他のアルファのことよく知らないけどさ、やっぱり泰雅は俺に甘いし、過保護だと思うんだよなー。  でもまぁいっか。泰雅が俺に甘くて過保護なのは嬉しいもんな。 ◇  バレンタインが終わり数日が過ぎ、大学は春休みに入った。  大地くんとも、あれから普通にバイトで顔を合わせてる。  前と変わらず軽口を叩いてくるし、なんだかんだで良い友達だ。  (しゅう)とも相変わらず一緒にいる時間が多いけど、先日嬉しい報告があった。  なんとあの二人も、次のヒートで番になることを決めたそうだ。  柊に初めて会った時から、何かに怯えているような感じがしたし、柊自身も他のアルファが怖いと言ってた。  だから龍星(りゅうせい)は、柊のことを大切にしたくて、番になるのは慎重になっていたのかもしれない。  柊からの嬉しい報告を大喜びで泰雅に言ったら、泰雅は龍星から聞いたらしい。俺たちは良かったなと喜び合った。  そして今日は、定期受診の日だ。泰雅も一緒に来ている。  番になってちょうど一年なので、いつもより検査項目が多いらしい。  待合室でぼーっとテレビを見たりしながら待っていると、診察室に呼ばれた。 「うん、特に問題はなさそうですね。順調ですよ」 「ありがとうございます。良かったー」  問題なしで順調と言われ、俺はほっと胸を撫で下ろした。  オメガに転化していると言われてから一年半。初めてのヒートが来て泰雅と番になってから一年。  後天性オメガだからこその、身体的トラブルがあるかと心配したけど、何にもないようで良かった。やっぱり隣に泰雅がいてくれるおかげかな。 「本日の診察はこれで終了です。次はまた一ヶ月後にきてくださいね」  オメガは、定期的な検診が義務付けられている。俺は後天性なので、安定してきてはいるけど、他のオメガよりもまだ頻度は多いと思う。経過も診てもらえるし、相談もできるから、安心ではあるけど。  いつもならここで診察が終わるのだけど、担当の先生が少し迷いながら、話しかけてきた。 「あくまでも仮説の話なのですが……」 「?」  唐突に仮説と言われて、俺たちは首を傾げた。 「いつかお話ししようと考えていたのですが、少しだけ話を聞いてもらえますか?」 「はい……なんでしょう?」  なんかかしこまって言われると、何か悪い話かもしれないと思い、ドキドキしてしまった。背中をピシッと伸ばして姿勢を正した。 「医学的に証明されているわけじゃなく、あくまでも仮説の段階なのですが……。非常に相性の良いアルファが長い時間そばにいて、ベータやアルファがオメガに転化したという症例があるのですよ」 「え?」  先生の言葉に、俺は思わず声を吐き出した。 「村井さんがそうだという確証はないのですが、可能性の一つとして、お話ししておこうと思いまして」 「そんなことが、あるんですか?」 「証明することは、今の医学では不可能なんです。ただ、今後研究が進んでいくと思います。ですので、村井さんの転化についても、記録させてもらっても良いでしょうか?」  先生の話は驚くべきものだった。仮説とはいえ、先生が口にするということは、全くの噂話というレベルではないのだと思う。 「はい、わかりました。少しでもお役に立てるなら……」  俺は驚きながらも、首を縦に振った。  オメガへの転化の理由の全てが、アルファの影響を受けているというわけじゃないと思う。いくつかある中の一つなんだろうけど、自分の経験が今後の研究に活かされるならばと思い、俺は承諾した。  その日の診察はそのまま終わり、俺たちは病院を後にした。  病院を出た後、俺は一度実家に顔を出した。転化の理由の可能性については流石に伏せたまま、検査結果が良好だったことだけを家族に報告した。  そして、その日の夜――。 「高三の時に、オメガに転化したって言われた時はどうなるかと思ったけど、どうにかなってるよなぁ」  いつものように、泰雅の部屋でくつろぐ俺は、うーんと大きく伸びをしながら言った。  せっかくの帰省中なのに、俺は泰雅の部屋に入り浸っている。  うちの家族も、せっかくの帰省なのにと一言文句でも言えばよいのに、泰雅のそばにいてくれる方が安心なんだと言う。  俺はニコニコの母さんの笑顔を思い出し、クスッと笑った。 「ベータの感覚のままで、泰雅にはたくさん心配かけたけどな」 「心配は尽きない。けど、その方が圭太らしい」 「……けど、入院騒ぎになった時は、本当にごめんな」  俺は、突然街中で具合が悪くなって倒れた時から……大地くんとのことまで、この一年半にあった出来事を思い出していた。  俺の人生の中で、一番密度の濃い日々だったと思う。けど泰雅がいたから、俺は悩んだり落ち込んだりすることなくいられたんだと思う。 「俺のほうこそ、ごめん」 「ん? 何が?」  俺が思い出に浸っていると、少し間を開けて泰雅がポツリと言った。  呆れることなく、ずっとそばにいてくれた泰雅が、何を謝ることがあるんだろう。 「初めて病院で話を聞いた時から、俺なりに調べていた」 「俺なりに調べた? あ、今日の先生の話か?」 「ああ。なぜベータの圭太から、オメガフェロモンが検出されたのか。何が原因なんだろうって」  泰雅は、まだオメガに転化したと確定する前から、自分なりに調べていたということか。  当の本人が『まぁそのうち元に戻るだろう』なんて呑気に考えていた時に、泰雅はもうすでに動いていたんだ。 「確かに俺は、圭太がベータでも離すつもりは無かった。かといって、圭太を転化までさせてそばに置いておきたいと考えていたわけじゃない。だから、圭太の転化の原因が俺かもしれないと知って、衝撃を受けた。でも心の奥底では、ほくそ笑む俺がいたのも事実なんだ。これで、身も心も圭太を俺のものにできるって」  泰雅は、俺を不安にさせてしまうかもしれないと思う時は、普段とは違って饒舌になる。一生懸命に想いを伝えようとしてくれているのがよく分かる。  だから俺も、泰雅の言葉を一つも逃すまいと、俯き加減で、泰雅の言葉に静かに耳を傾けた。

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