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第2話
四本王2話 八岐大蛇の向蛇
朝餐の間では、王と向蛇 だけが残って座っている。恐らく漫画であれば、向蛇 の頭からはたくさん汗が飛び出ているであろう。それくらい露骨に焦りが目に見えた。頭と尻尾の蛇もずっと落ち着かず右往左往を繰り返している。
「誓約」
「ふへ?!」
「我が言った誓約にどこか不都合があったのだろう?」
「えぇっと、そのお、」
嘘がつけない性格なのか、誤魔化し方がわからないようだ。
えっと、えっと、とか、うーんとか数刻一人で考えるそぶりを繰り返していたがやっと絞り出した言葉は、
「あの、ぼく、妖兵の仕事がしたくてえ、」
「許可出来ない。君たちは大事な嫁候補だ。」
「うぅんと、仕事出来ないと困るいうかあ!」
「何故だ?給料か?取り急ぎの金が必要なら我から渡そう!とりあえず百万薔薇金貨くらいで足りるか?」
「ひゃ、ひゃくま?!?」
向蛇 は急に大金を聞いて驚いて固まってしまった。
「何もしてないのにそんなに貰えないですう!」
「我は自分の都合で、君たちの労働機会を奪っている。そのことを考えれば元々の給料に特別手当を入れた相当額を用意するのは当然のことだ!」
向蛇 は、大金を聞いただけでパニックになっていた。それなのに、やっと一言言い返すと、直ぐに正しそうなことを言い返されて更にパニックが重なっていく。
「駄目!えっと、駄目なので、もう...お金、えっとお金で、お金が無いと家族が飢え死にしちゃうからあ!!!」
「どういうことだ?」
向蛇 は、ああ、やっちゃた...という顔をして真っ青な顔をしている。あ、えっと、今のは違うくて、その、と何とか誤魔化そうとしばらく試行錯誤していたが、やがて思いつかないようで諦めて話し始めた。
「八岐大蛇って、蛇の分も食べるから大食いなんですう...。ぼくの家族みんな、両親も他七人の兄弟も同じでしてえ...。」
「うむ!朝食は見ていて気持ちが良い食べっぷりであった!沢山食べるのは良いことだ!」
「家は貧乏な米農家で、数年前まで作ったお米食べてなんとかなってたんだけど、二年前稲が全部枯れちゃって...別の方法で稼がなきゃ!ってなったんです。でも、兄弟みんな碌なところに就職できなくて、ぼくは体力だけはあって妖兵になれたからぼくの給料で家族全員なんとか食べてる状況でして‥‥だから給料が出なくなると困るんですう!」
嘘をつけないから話すしか無かったが、おそらく言いたくなかったのだろう。向蛇 は話終わると気まずいのか顔を下に向けてしまった。
王は向蛇 の話が終わると椅子から立ち、向蛇 に頭を下げた。
「言いたくなかったことを話させてしまってすまなかった。」
「え?!王さまが頭なんて下げないでくださいい!」
「誠意を示すのに立場は関係無い。」
「でも王さまは偉い人で、ぼくはただの妖兵の一人だからあ!」
「そうだな、王としての立場なら振る舞いを変える必要はあるかもしれないな。だが今我は一人の男として君と話をしている!」
そう言って、手を取り目をじっと見つめてくる。歳だけで言えば目の前の男は成人したばかりで自分より年下のはずだ。それなのに、彫刻が動き出したかのように整った顔に言われると大人の色気のようなものを感じてしまった。これはモテるのも納得だ。
「ひえぇ、王さまってモテそうだね...」
「有難いことに数え切れぬ程には想いを告げられたことはある。だが我が良い仲になりたいのは君だ。」
そう言って太陽のような眩しい笑顔で微笑まれると、恋愛方面に鈍い向蛇 でさえ心臓がバクバクした。
「だが今の話を聞いた以上、我は君の家族の力になりたい。金を渡すのに理由が必要なのであれば、結納金で一千万薔薇金貨を出すのでどうだ?」
「い、いっせんまんんぅ?!」
「何もしていないから貰えない、というなら嫁になることに対する金銭を出そう!あとは未来ある若者の就職先がそんなに枯渇しているのは問題だな、すぐ解決すべき問題だ!こちらは王として兄弟全員と話がしたい。就職先を斡旋できるかもしれない。」
「あの、」
「我が結婚後もずっと実家を支援し続けてもいいが、有り余る金は人を駄目にしてしまう。向蛇が居なくても家族がやっていける体制を整えよう!ご家族のご予定はどうだ?自営業ならば今から行って少し話をできるか?」
「えっ、あ、たぶん大丈夫かと?」
「よし!じゃあ今から向蛇 の実家に行こう!飛行龍を手配する!」
「えええええ」
王が指示をすると国として最高級の乗り物である貴賓客室付きの一級飛行龍があっと言う間に手配された。飛行龍から地上への階段には緋色の絨毯が敷かれてこの乗り物がいかに高価なものかを示している。
「さあ、行こうか」
王に連れられて貴賓室に入ると、向蛇 は内装が豪華すぎて固まってしまった。
「ひえ、この部屋だけで実家より広い...」
「飛行龍が欲しいのか?!一匹嫁入り道具でやろう!」
「ひええ、遠慮しますぅ!」
「遠慮することはない!我は公務をしながらで申し訳ないが、向蛇 はくつろいでくれ!」
移動中は、貴賓室の緋張の長椅子に向かい合って座った。室内のあまりの豪華さにここがどこであるか忘れそうになるが、窓からの景色はここが飛行龍の中であることを教えてくれる。
王は右手でなにやら水晶を操作しながら、左手に難しそうな巻物を持って確認して王印をつつ、向蛇 に喋りかけてくる。一市民として王の多才さ、有能さは聞いていたが目の前で仕事する様を見て改めて自分とは違う次元の人だと実感する。
「全く何やってるかわからない...」
「本当はじっくり話を聞きたいのだが、この一ヶ月間向蛇たちとの時間確保する為に公務を同時並行するスケジュールにしたのでな!話はきちんと聞いてるから安心してくれ!」
「い、いえ!こちらこそ貴重な時間をありがとうございます!」
一級飛行龍はその乗り心地良さも勿論だが、特に凄いのは飛行の速さだ。通常の飛行龍で数日はかかる距離でも数時間で移動することができる。向蛇 は実家に帰省する時、いつもは数日かけて帰るのだがこの時は僅か一時間で実家に着いてしまった。
「ひええ、いつも帰省する時よりものすごく早い...」
「ご両親は家にいるのか?」
「あ、はい。たぶん兄弟も何人かいるかと...」
普通であれば、結婚を申し込もうとする相手の家への初訪問など緊張のイベントであろう。しかしこの王は度胸も座っているらしい。間髪あけずに玄関のドアを開けた。
「お邪魔します!昨日書簡をお送りいたしました、妖全華 国第三十三代目国王の薔鬼 と申します!息子さんをお嫁にいただきたくご挨拶に来ました!」
「ひぇえ!直球ーーー!心臓強すぎ!」
「ひぇえ?!薔鬼 王様?!え、本当に本物がいらっしゃった?!」
「えええ?!本当?!」
「うわあーーーー!すごおい!おっきーい!」
「キラキラのイケメンだああ!ぼくたちとは作画が全然違うよお!」
丁度両親も兄弟も全員居る時間だったのだろうか。王が玄関を開けた瞬間、沢山の八岐大蛇が顔を出した。
「ひぇえ...せ、狭い家ですがどうぞお上がりくださいませ!え、えっと、あと!向蛇 おかえり!お嫁に貰いたいって書簡、何かの冗談かと思った...」
「いやあそう思うよねえ...」
「まさか本当に王様を連れていらっしゃるなんて...ごめんなさい、たいしたおもてなしができない家で...」
「とんでもありません!本来なら事前にご連絡すべきところ押しかけてしまい失礼いたします。こちら手土産の鼠の丸焼き詰め合わせです!」
「あらぁ!鼠!家族みんな大好きなんですぅ!嬉しいです!」
「やったー!鼠の丸焼きだー!」
「うわあい!ご馳走だあ!」
「蛇の妖怪の方は鼠が好物の方が多いのでお持ちしました!気に入っていただけて光栄です!」
移動中もずっと自分と話していたのに、いつの間に用意していたのだろうか。この王様にはずっと驚かされてばかりだ。
一応は王を居間に案内はしたものの、一級飛行龍の貴賓室を見た後だと余計に質素さが目立つ六畳半しかない居間はかなり肩身が狭かった。王と、向蛇 と、両親、そして七人の兄弟が座ると部屋はいっぱいになってしまった。
「あのぉ、すいません、こんな場所で...」
「いえいえ!昔ながらの文化が残る趣ある部屋で落ち着きます!」
この王様は多分根から明るいのだろう、どんな状況でも良い風に捉えれるらしい。
雑談を少しした後、王はこれもいつから用意していたのか謎だが巻物を広げた。
「失礼ながら!向蛇 さんからご実家の状況を伺いまして、わたくしがお力になれると思いまして説明させていただきます!」
「いやはやお恥ずかしい状況で...」
「まずご実家の米農家ですが我が国には致し方ない自然災害で事業の継続が難しくなった方に一定期間支援金を出す制度があります!お手間ですがこちらを申請なされると良いと思います!書簡作りで不明点があれば軍略兵が相談に乗らせていただきます!」
「ええ?!そんなのあるんですねえ」
「こちらの広報が足りていない力不足です!続いて御兄弟の就職先の件ですが...」
おそらく向蛇の話を聞いた後、一級飛行龍の貴賓室で公務をしつつ用意したであろう。たったの一時間で、しかも自分と喋りつつ他の仕事もしつつ、この資料を用意していたのだ。この王はどこまでも自分の予想を超えていく存在のようだ。
向蛇の両親と兄弟は、ひたすら王が話す内容にはえぇ?!ひえぇ?!と言うばかり。
「以上がわたくしからのご提案ですのでご検討ください!もし説明でわかりにくい点があったら専門窓口でも、わたくしでもご相談ください!即時返信は難しい身ですがなるべく早い返答に努めます!」
「いえいえいえぇ!王様にここまでやっていただいてもう十分すぎるほどですぅ!」
「とんでもありません!大切な息子さんをお嫁にいただくかもしれないんですから当然のことです!」
「あの、失礼ながら向蛇とは前々からお付き合いされてたんですか...?」
「いえ!昨日初めてお会いしました!向蛇 さんの他に三人の男性にもプロポーズしております!」
向蛇 は、あまりに王が嘘をつかないので正直すぎいーーー!?とびっくりした。当たり前だが、両親も兄弟もポカンとしていて情報の多さに頭がついていっていない。
「会ったのは昨日ですが、私は向蛇 さんの顔を見た瞬間に運命的なものを感じました!わたくしは王家に生まれたこともあり数千数万の人と会い、話す機会があります。ですので、人を見る目は自信があります!」
「向蛇 はどうなの...?」
「えーっと、ぼくは正直まだわからなくて...」
「現時点ではわたくしの勝手な片思いです!向蛇さんにはこの一ヶ月わたくしを審査していただき、妻になっていただけるか決断していただく予定です。今回はこのような状況ですが、ご実家の話を聞いてわたくしの本気度を向蛇さんに見せたくお邪魔いたしました!」
「えぇっと、確かに身に余るものをいただきましたが...私どもとしては、本人の意思が一番大事だと思っています。貧しい中でも何とか大切に育ててきた息子ですので...」
「勿論!ご本人が拒否すれば、嫁入り話は破棄で構いません!その場合でも、今回の提案と手土産はお受け取りください!」
「ええぇ?!それは申し訳ないです!?私どもは何もお渡しできていません。お返しします!」
「やはりご家族ですね!向蛇 さんと同じことを仰る!全てお気になさらず、今日のことは完全にわたくしの自己満足の行動です!あまり長居してはご迷惑でしょうし失礼します!」
向蛇 は、一礼をして去る王を追いかけようとしたところ兄弟に呼び止められた。
「むろちゃーん!」
「にいちゃんたち!どうしたの?」
「むろちゃんの好きにして良いからなあ!」
「えっ?」
「自分の給料が無くなった後の、ぼくたちのこと気にしてるんだろお?」
「でもさ!ぼくたちだってむろちゃんに幸せになって欲しいんだあ!」
「うんうん!いつまでも末っ子ばっか頼ってる訳にはいかないからなあ!」
「にいちゃんたち...」
「宮殿でいっぱい美味しいもの食べてこいよお!」
七人の兄に囲まれて、頭を撫でられもみくちゃにされている向蛇 を王は遠巻きに微笑ましそうに見つめた。
「すいません、お待たせいたしましたあ!」
「構わぬ!向蛇 、良いご兄弟だな!」
「えへへ、ありがとうございます!」
王が人を褒めるのはいつものことだが、何故だろう。向蛇 は、今の王の笑顔には今までとは違う何かを感じた。
思い立ったら急に実家へ行き、要件を話したらすぐに薔薇宮殿へ帰る。普段は片道だけで数時間はかかる道のりとのあまりの速度差に向蛇 は頭がついていっていなかった。
一級飛行龍のふかふかの長椅子に包まれると、どっと疲れが襲ってきた。
「目先の金も解決、今後の金への対策も済んだ。これで金銭面の問題は無くなったな!」
「そ、そうなるのかな?正直、王さまの速さについていけなくて...」
「すまない、我の速さだと疲れさせてしまったな!」
「いえいえそんな滅相もない!」
「そうだな、今日の公務も片付けたし帰りはゆっくり話そう。向蛇 のご家族はみんな素晴らしいお人だったな!向蛇が明るくよく食べる子に育った理由がわかった気がする!」
「あ、ありがとうございますう、確か王さまにもお兄さまとお姉さまがいらっしゃいましたよね」
「うむ!だが兄様と姉様とお会いしたのは数えるほどしか無いな!」
「え?兄弟なのに?」
「うむ!我にはもう一人、兄様が居たらしい!その兄様が誘拐され、行方不明になってから王家の警備が厳しくなってな!後継を絶やさぬよう三人とも別々に育てられたのだ!」
向蛇 は、兄弟を褒めた時の王の笑顔の違和感がわかった気がした。いつもの満天の太陽ではなく、少し寂しそうな影を感じる笑顔。
この人は、兄弟というものに憧れているのかもしれない。
「もう一人の兄様が誘拐されるまでは、兄様と姉様はいくら王家とはいえ最強種族の酒呑童子の子なのだからと自由に育てられていたらしい。しかしもう一人の兄様が誘拐されてからは王家の子には常に何人もの護衛がついた。父様は兄様を誘拐した犯人を探すため遠征に繁く出た。父様が遠征に行かれている間の公務は我がすることになった。厳重に護衛がつき、成人するまで一人で行動することは許されなかった。兄様や姉様には護衛に囲まれて限られた時間しか会うことはできなかった。」
向蛇 は、王に会ってまだ数日ではあるが実年齢に合わないような大人びた立ち居振る舞いは、大人ばかりに囲まれて育った生い立ちから来ていたのかもしれないと思った。
「王さまは、ずっと、一人だったってこと...?」
「国のことを思えば仕方の無いことだ!」
気にしていない様に振る舞っているが、あの顔を見たらそんな風には思えない。もしかしたら妻を四人も取ることに拘るのも、自身に無かった家族の愛情を求めているのかもしれない。
「それに我には癒しがあった!百又 が持ってきてくれるイケメン念写巻物だ!イケメンは我の人生を潤してくれた!」
「本当にイケメンが好きなんですねえ」
「うむ!だから可愛いイケメンの向蛇 と是非仲良くなりたい!そうだ!我もあだ名で呼んで欲しい!」
「えええ、王さまを?!」
「雪椿 のことをあだ名で呼んでいただろ?嫁にならないとしても、友人として呼んで欲しいのだ!どうだ?」
「うぅん、じゃあしょーちゃん!」
「うむ!良いあだ名だ!では今から我はしょーちゃんだ!」
そっか、大人にばかり囲まれたってことはあだ名で呼び合う様な人もいなかったんだ。
向蛇 は、王の頭に手を乗せてぽんぽんと撫でた。
「よーしよーし!しょーちゃんは偉いぞお!」
「む、向蛇 ?」
「にいちゃんにこうして貰うと嬉しいんだ!しょーちゃんにもお裾分けえ!」
王は流石に予想外だったようで、驚きと嬉しさを隠し切れないような照れた顔で黙ってしまった。
(あ、可愛いかもお)
今日はじめて王の予想を上回れて、向蛇 はちょっと嬉しくなった。
一級飛行龍に乗り、王と向蛇 は薔薇宮殿に戻ってきた。
「向蛇 !今日はありがとう!疲れただろうから休んでくれ!」
「いえいえむしろ、うちの家のこと、ありがとうございましたあ!」
「国民は全て我の大事な家族だ!残念ながら我の目が届かず苦しんでいる国民がいるのは事実だ。だから気づいたところから助けるのは当然だ!」
飛行龍を降り、王は別の公務のため向蛇と別れた。向蛇 は休むために戻ったあてがわれた個室から、妖兵に囲まれた別の公務をする王を見つけた。
(うわあ?!あれだけ長距離移動したのに、もう別の仕事してるう?!)
王は飛行龍の中で見た様な、あだ名に喜ぶ成人したての若者では無く、国を背負う王の顔に戻っていた。年など関係無く、幼い頃からずっと、あの王の顔で生きてきたのだろう。
(あの人は、ずっとずっとあの顔で生きていかなきゃいけないのかな)
向蛇 は、どうしても兄弟を寂しそうな笑顔で見る王の顔が忘れられなかった。
そして、心の中で覚悟を決めた。
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