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第3話

四本王3話 雪男の雪椿 キャラクター紹介 https://fujossy.jp/fanarts/8141 次の日の朝、向蛇(むろち)雪椿(せつば)桜天(さてん)狐紅(こもみ)を集めた。 「向蛇(むろち)、話とは何だ?昨日薔鬼(しょうき)王様に呼ばれていた様だが」 「うん、ぼくお嫁さんになろうと思うんだあ」 「「「?!?!」」」 「向蛇(むろち)どうした?!たった一日で決めるなんて、脅されたのか?!王族といえど恐喝して婚姻を迫るのは問題だ!嫌なら言え!」 桜天(さてん)が怒りを露わにして向蛇(むろち)に詰め寄る。 「落ち着けよ〜、桜天(さてん)〜」 「これが落ち着いていられるか!向蛇(むろち)が傷つけられたかもしれないんだぞ!」 「あの...まず...むろちゃんの話を最後まで聞いてみませんか...?」 確かに雪椿(せつば)の言う通りだ、話の続きを聞こうと三人は向蛇(むろち)の顔を見る。 「脅されたりしてないよ。お嫁になってもいいかなって思ったのはぼくの意思だよ。」 「そうなのか...?」 「うん。ぼくね、今の家族の状況あんまり良くないなあって思ってはいたんだけど、どうしたらよいかわからなかったんだ」 「むろちゃん、お給料全部家族に渡してたもんね...」 「うん。だけど王さまがどうすれば良いか道を示してくれたからさ、この人に着いていけばもっと家族も良くなれるかなって」 (それに、あの人が年相応でいられる場所を作ってあげたいなあって思ったんだ) 向蛇(むろち)の話を聞いて、桜天(さてん)は安心した。 「そうか、向蛇(むろち)がちゃんと納得してるなら良いんだ。向蛇(むろち)の意思じゃなかったら抗議しようと思った。」 「さっちゃん...ありがとう」 「にしてもさあ〜!向蛇(むろち)が王サマの嫁になるなら、これから向蛇(むろち)様〜って呼ぶべき〜?」 「やだあ!こもちゃん他人行儀い!」 「そうか、向蛇(むろち)は第百部隊じゃ無くなるんだな...寂しくなる」 「さっちゃん!お嫁に行くだけだよ!ずっと友達だから!」 「こら!友人ではあるがその前に私はお前の上司だったんだぞ!」 「あはは、そうでしたあ!」 ▼▽▼▽▼▽▼▽ 向蛇(むろち)は、王にも嫁入りの意思を伝えた。 「本当に良いのか?」 「うん!よろしくお願いします!」 「...ありがとう!我はとても嬉しい!」 王は眩しい太陽のような笑顔で笑い、思わず向蛇(むろち)をぎゅっと抱きしめた。 「梅首(うめく)朝魚(あさうお)向蛇(むろち)が正式に嫁入りを決めてくれた!案内を頼んだ!」 「「御意」」 王の命を受けて出てきたのは、第一部隊宮仕兵の梅首(うめく)と治癒兵の朝魚。黒髪の小柄の女性が梅首(うめく)、ろくろ首の妖怪だ。六尺は超えるであろう筋肉質な人魚の妖怪の方が朝魚(あさうお)である。 国を守り運営する妖兵団は、四千人程が所属している大組織である。部隊が第一から第千部隊まであり、各部隊は四人で構成される。 妖兵は大きく分けて二種類。下級兵と上級兵に分かれる。宮廷試験に合格した上位百部隊の兵が上級兵として昇級し、宮殿仕えとなる。上級兵は薔薇宮殿で王族から直接指示を受けることとなる。 宮殿仕えの部隊は、専門性の向上のため四人で担当を分けられる。行政と軍略を担当する軍略兵が隊長となり、宮殿警備と包囲を担当する警護兵、回復を担当する治癒兵、王族の身辺の世話と戦闘を担当する宮仕兵。一部隊であらゆる任務へ対応できる体制が取られている。 そして、第一部隊は総大将の百又(ゆまた)直属の部隊で、妖兵団の頂点だ。特に梅首(うめく)朝魚(あさうお)は戦闘に特化しているため百又に次ぐ国の次席と三席の実力を持つ。本来であれば第百部隊程度の自分が口を聞ける様な立場の人たちでは無い。 向蛇(むろち)は入団したばかり新人下級兵の頃、上級兵の訓練を見学したことがあった。 数十人単位の上級兵を三味線型の槍で薙ぎ倒して行く梅首(うめく)と、ヒレで宙にぶっ飛ばす朝魚(あさうお)の姿は衝撃的な光景で未だに目に焼きついていた。王と百又で麻痺していたが、自分とは程遠い有名人ばかりの登場に驚きの連続だ。 「それでは向蛇(むろち)様、こちらへどうぞ。」 「は、はい!」 (き、緊張するう...) かちこちに緊張する向蛇(むろち)の肩を、朝魚(あさうお)の太い指がトントンと叩く。 「ねえねえっ!向蛇(むろち)ちゃんは、薔鬼(しょうき)王様のどこに惚れたの?!」 「へ?」 「朝魚(あさうお)さん、仕事中ですよ。」 「だって気になるじゃな〜い!国中の女性の憧れ!麗しの薔鬼(しょうき)王様の恋バナよ?!」 確かに王は女性が夢中になるのもわかるほど端正な顔立ちをしている。おまけにあの性格であの有能さだ。王が妖兵に囲まれて街を歩いたときには女性たちは色めいていたし、民の歓声に応えて微笑めば黄色い声が上がっていた。 王は、第百部隊の自分たちをイケメン!と褒めるが正直王の方がよっぽどイケメンだ。 まあ、自分が嫁入りを決めたのはそれが理由では無いけれど。 「うぅんと、意外と、可愛いところ...とか?」 「っぎょーーー♡?!え?!あの薔鬼(しょうき)王様も恋人の前ではそういう面があるのねえ?!」 「こ、こいびとお?!」 朝魚(あさうお)の話がハイテンションになっていくのを見て、梅首(うめく)は諦めたように適度に話に相槌を打つ顔だけその場に残して首を伸ばし、身体はテキパキと別の仕事をはじめた。 「向蛇(むろち)様、服を作るので採寸いたしますね」 「は、はひ!」 「ねえねえ!薔鬼王様とはなんて呼び合ってるのお?」 ひょいっ 「あら!見た目よりがっしりさんなのねえ!体重二十貫弱っと!」 朝魚(あさうお)も喋りながら巻物を広げて、仕事をはじめた。王族の健康管理は医療知識もある治癒兵が管理する。向蛇(むろち)の身体を軽々と持ち上げ、その後は手首を持ったり、指先から血を摂取したりして巻物にどんどん書き込んでいく。 「えっとお、ぼくはしょーちゃんって呼ぶことになったんだあ」 「っぎょーーー♡?!あだ名なのお?!?!可愛いわねえ!!!」 「朝魚(あさうお)さん、程々にしてくださいね」 「良いじゃな〜い♡恋バナ楽しいわあん♡ねえねえ、梅首(うめく)ちゃんのタイプは〜?」 「そうですね、わたくしより強い人ですかね」 「ちょっとー!そんなの薔鬼(しょうき)王様か総大将しかいないじゃなあい!真面目に応えてよおん!」 向蛇(むろち)は第百部隊から一人離れて嫁になることを決めた時、寂しさも感じていた。しかし朝魚(あさうお)梅首(うめく)との会話はその寂しさを紛らわせてくれた。 ▼▽▼▽▼▽▼▽ 向蛇(むろち)梅首(うめく)朝魚(あさうお)に連れられた後、王は雪椿に呼び止められていた。 「薔鬼(しょうき)王様!」 「雪椿(せつば)!今日も可憐で美しいな!どうかしたか?」 雪椿(せつば)は身体を綺麗に直角に曲げて頭を下げた。そして王に願い出た。 「むろちゃんの嫁入りを取り消してください!」 王は雪椿(せつば)の肩に手を添える。 「頭を上げてくれ、雪椿(せつば)の顔を見ながら話がしたい。」 「では取り消していただけますか?」 「それは出来ない。嫁入りは向蛇(むろち)が自分の意思で決めてくれたんだ。」 「...むろちゃんが嫁入りを決めたのってお金が理由ですか?」 「向蛇(むろち)の個人的な話を、我が勝手に言うことはできない。」 「お金が理由なら僕がちょっとづつでも返します!だからむろちゃんは第百部隊にいさせてください!」 「どうしてそこまで向蛇(むろち)に拘る?」 「それは...」 「雪椿(せつば)にとって向蛇(むろち)が大切なのはわかった。しかし我も我の求婚に応えてくれた向蛇(むろち)を手放す気はない。」 「薔鬼(しょうき)王様には...他に桜天(さてん)さんや狐紅(こもみ)さん、それに百又(ゆまた)総大将もいるじゃないですか...僕にはむろちゃんしかいないんです...むろちゃんにやってもらわなきゃ嫌なんです...せめてそれだけ終わったらの嫁入りにしてください...」 「終わったら...?どういうことだ」 「...長いお話になってしまいますが、よろしいですか?」 「構わない、雪椿(せつば)の話なら一日中でも聞いていたいくらいだ!だが立ち話も何だな、場所を変えよう。」 ▼▽▼▽▼▽▼▽ 王と雪椿(せつば)は、王族専用の応接間に移動し、長椅子に隣り合わせで座った。 「...僕は雪女の一族です。雪女の一族では人口の九割が女で、雪男は稀にしか生まれません。しかも雪男は生まれつき冷気や氷を具現化する顕在力が雪女の半分くらいしか無く、生まれるだけで一族のお荷物なんです。雪男の一生は生まれた時点で決まっています。いち早く武勲を上げて一族に献金して死ぬこと、それが一族にとって妖力が弱い雪男の一番良い使い方なんです。」 雪椿は、自分の話をしているとは思えないほど淡々と残酷な話を話す。 「雪男の能力の限界は上級兵宮殿仕えの末席と言われています。ちょうど今の僕です。ですので今年最初の遠征で死ぬ予定でした。早く死ぬのは生まれた時から決まっていたので逆らうつもりはありません。でも、せめて死に方を選びたくなってしまったんです...」 「向蛇(むろち)か。」 「はい...。妖兵になり僕に色々教えてくれたのがむろちゃんでした。あんなに素敵な人がいるなんて驚きました...僕は、どうせすぐ死ぬと思い最低限しか人と関わるつもりはありませんでした。でもむろちゃんは僕がどんなに酷い態度を取っても笑顔でずっと相手をしてくれました...。心配をしてくれました...。はじめて僕を、ちゃんとした感情を持った生きている人として扱ってくれたんです...。」 ▼▽▼▽▼▽▼▽ 向蛇(むろち)雪椿(せつば)がはじめて会ったのは、第百部隊がまだ下級兵である第四百部隊だったころ。雪椿が配属になった日であった。 「君が雪椿(せつば)君?はじめましてえ!ぼくは八岐大蛇の向蛇(むろち)!第四百部隊の君の先輩です!」 「はい、お願いします。」 声をかけてきた向蛇(むろち)に対して、全く興味が無いのか雪椿(せつば)は無表情で最低限の返事だけを返す。 「えへへ!ぼくねえ、後輩ってはじめてなんだあ!さっちゃんにね、あ!さっちゃんっていうのは第四百部隊の隊長さんね!「向蛇(むろち)も後輩教育の練習をしないとな」って言われたんだあ!だから雪椿君の面倒はぼくが見るねえ!何でも聞いてねえ!」 「はい」 雪椿としては、必要以上に関わる気は無かった。しかし、その日以来向蛇(むろち)はこちらがどれだけ冷たい態度を取ろうとも毎日毎日明るく話しかけてきた。 雪椿はいい加減うんざりになり、本人に言うことにした。 「よく辞めませんね、僕に話しかけるの」 「だって雪椿(せつば)君、話ちゃんと聞いてるじゃあん!」 「はい?」 「雪椿(せつば)君、あんまり喋らないけど一回言ったことは覚えてるんだよねえ!だって本当にぼくの話聞いてなかったら同じこと何回も聞いてくるじゃない?ぼくは頭悪くて何度もさっちゃんに聞いて怒られたから羨ましいよお!」 そんな風に言われたのははじめてだった。 自分は役に立たないのだから、せめて手をわずらせないように努めていただけだったのに。 向蛇(むろち)雪椿(せつば)の頭をぽんぽんと撫でてくれた。 「雪椿君は偉いぞお!いっぱい褒めちゃうぞお!」 向蛇(むろち)の手はとてもあたたかった。 雪椿(せつば)は、はじめて感じる温かさにどう反応して良いのかわからず黙ってずっと撫でられていた。 向蛇(むろち)は、雪椿(せつば)が黙って撫でられ続けるのを見て、褒められるのが好きだと思ったらしい。どんどん褒めて、頭を撫でてくれるようになった。 温かい向蛇(むろち)の体温に、雪椿(せつば)の凍りついた心は溶かされていった。 「ねえねえ!あだ名で呼んでも良い?」 「あだ名...?」 「うん!うちね、兄弟多かったからあだ名で呼び合ってたんだあ!雪椿だから、せっちゃん!どう?」 「せっちゃん...」 「ぼくは、むろちゃんでどうかなあ?」 「...うん、よろしく。むろちゃん。」 「えへへ、よろしく!せっちゃん!」 ▼▽▼▽▼▽▼▽ 雪椿(せつば)は、服の裾をぎゅっと掴む。 「雪男は皆すぐに死んだことがわかる様に雪女の妖力が組み込まれた髪飾りをつけています。この髪飾りは僕の命が尽きると頭部から落ちて、雪女一族にその事実が伝わります。」 雪女一族は妖力が強い代わりに、肉体自体はあまり強く無い。そのため、雪男の首は折れやすい。歴代の雪男は遠征先で首が取れた状態で発見されることが多かったらしい。その様は、椿の花が花弁ごと散る様であったらしい__。 雪椿(せつば)は、それが自分の最期の姿なのだと幼少から覚悟を決めていた。 しかし、温かさを知る内にせめて死ぬ時には向蛇(むろち)の顔を見たくなってしまったのだ。 「僕の勝手な我儘ですが、死ぬ時にはむろちゃんに看取って欲しいんです...。」 生まれることが望まれなかった自分を肯定してくれた、唯一の光。 「だからむろちゃんがお嫁に行くのは僕が死んだ後にしてください...。次の遠征で絶対に死んでみせます。それ以上はお待たせしません、どうかお願いします。」 話を終えると、雪椿(せつば)はまた王に深く頭を下げた。 「うむ、話は分かった!問題は我が国の特進制度の改訂と雪女の一族の意識改革だな!」 「はい...?」 「まずは我が国に殉職による二階級特進以上の特進制度を儲けよう!この追悼金目的で尊い命が絶たれる選択肢を無くしたい!別の項目で評価するようにしよう!まずは王に嫁入りしたものは三階級特進にするか!何故か我が王家は我も含めて男色家が多いからこれは双方に選択肢が増えて良いだろう!」 「え、いや、あの」 「あとは雪女の一族を直ぐに訪問して我が直接話をしよう!前の時代では人命より物品を優先せねばならぬ時もあっただろう!だが時代は変わった!今は豊かになり命は最も尊ばれるべきものだ!直ぐに現代の価値観に変えていく必要がある!我の認識不足ですまなかった!雪女一族は歴史と伝統を重んじると聞く!尊い血と認識されている王族の話なら耳を傾けてくれる可能性が高い!今すぐ雪女一族の里がある北の雪山に行こう!」 「い、今からですか?!」 「うむ!雪女一族は常に半数以上は里に留まると聞いている!突然の訪問でも対応してもらえるだろう!」 早速王は向蛇(むろち)の時のように一級飛行龍を手配し、雪椿(せつば)を連れて乗り込んだ。 「君たちとの予定を作るために公務を詰め込んだので移動中は公務をしながらになる!話は聞いているので気にせず話してくれ!」 「あの、薔鬼(しょうき)王様の勢いに流されて着いてきてはしまったんですけど...僕の話聞いてました...?むろちゃんのことは...?」 「勿論聞いていたとも!聞いていたからこそ雪椿が死んでしまうのは嫌だと思った!」 「でも僕は雪男で役に立たないから...」 「それはあくまで雪女の一族の今の価値観に当てはめた場合の話だ!少なくとも我はイケメンが大好きだから雪椿の可憐な顔を見ているだけで癒される!生きていてくれるだけで我の役には物凄く立っている!」 「で、でも一族が決めた生き方に逆らう訳には...」 「今日我は我が国の特進制度の改訂と雪女の一族の意識改革の話をするつもりだ!この話が受け入れられれば雪椿の嫁入りは直ぐ許可されるだろう!そうしたら向蛇(むろち)と一緒に嫁に来ればいい!万事解決だ!」 (薔鬼(しょうき)王様は、あの国の男の無価値さを、 女たちから凍る冷たい目で見られる怖さを知らない___ だからそんなことが言えるんだ...) 「男の話を聞く様な人たちではありませんよ...」 「うむ、そうかもしれんな!だが我はやれるだけのことはやる!我に任せておけ!君の夫になる男が如何に出来る奴か見定めていてくれ!」 目的地に着き、王様は堂々とした出立で飛行龍から降りる。そのまま里の門番の雪女の前に立った。門番の雪女が問いかける。 「どなた様ですか?何の御用でしょうか?」 「我は妖全華国第三十三代国王薔鬼(しょうき)である!御一族の雪男、雪椿(せつば)を嫁に頂戴したい旨と、制度改革提案をしたく参った!」 伝統を重んじる雪女一族には、如何に己が尊く偉大な妖怪であるか示す必要がある。王は威厳を示すように声高らかに告げた。 門番は王の言葉を受け、王の全身に目を向ける。 「王家の者の証である緋色の髪、王家正統後継者の金薔薇の首飾り。そして何より頭部の四本角と強大な妖力、正しく貴方様は薔鬼(しょうき)様。本物で御座いますね。長に繋ぎますのでお待ちください。」 雪女一族は伝統を守り重んじる排他的な一族だ。本来ならば男の訪問者など里には入れず門前払いとなる。しかし、伝統を重んじるからこそ千年の平和を実現している酒呑童子の王家は無碍には出来ないのだろう。 「お待たせいたしました、長の屋敷へご案内いたします。」 門番の雪女はずっと無表情だった。そして案内に来た雪女も無表情だ。王家が訪問してきた手前、体裁を保つ為に話は一応聞くが、聞き入れる姿勢なんて全く無いのが伝わってくる。多分先程の王の話は全て白紙に終わるだろう。 案内の雪女に連れられ、王と雪椿(せつば)はこの里で一番古く立派な長の屋敷へ辿り着いた。雪椿にとっては、良い思い出の全く無い場所。 「汚らわしく弱い雪男、追悼金を捧げよ。」と命じられた場所。 「ハァ...ハァ...」 雪椿(せつば)の動悸が激しくなる、 この先に行くのが怖い、 雪女たちの、あの目が待っているのだ___ その時、雪椿(せつば)の手に温かい何かが触れた。 王が雪椿の手を握りしめたのだ。 「大丈夫だ!我がついている!」 そして、太陽の笑顔を雪椿(せつば)に向ける。 雪椿(せつば)の震えが止まり、雪椿(せつば)向蛇(むろち)に頭を撫でられた時の温かさを思い出した。 奥の最も妖力が溢れている部屋の前で案内役の足が止まり、扉を開ける。部屋の中には、数十人の雪女。 全員空気が凍るほどの冷たい目をしている。 中央に座る、白い長髪の雪女が長なのだろう。 「ようこそいらっしゃいました、偉大な薔鬼(しょうき)王様。」 口から紡がれる丁寧な言葉とは裏腹に、その目は全く歓迎していないことを表していた。 雪椿(せつば)は、王の話は全て聞く耳も持たれず白紙になるとだろうと思った。 ▼▽▼▽▼▽▼▽ と、一時間前まで思っていた。 「やだ〜♡王様ったらお茶目さんなんだからあ♡」 「ウハハ失礼!雪与さんが美人だからついおふざけが過ぎてしまったな!」 「王さまあ♡私は?私の名前は覚えておりますか?」 「勿論覚えておりますとも!雪兎の髪飾りが素敵な貴方は雪美さん!名前の通りお美しい方だ!」 「あ〜ん♡王様ったらお上手なんだからあ♡」 一時間前、雪女たちは無表情で話を聞いていた。しかし、王が雪女たちをそれぞれ褒め讃える言葉を混ぜつつ話を進めていくと徐々に表情が柔らかくなり、王の話に自ら相槌を打つようになった。そして遂には王の要求を全て許容し、代わりにもっと話を続けるように求めていた。王の話術と天性の人たらしの賜物だろうか、雪女たちは完全に一時間前と別人になっていた。 そう!!!雪女たちは良い男に耐性が無かったのである!!!しかも王は男の中の男!国中の女性が夢中になるほどの色男なのだ!男を知らなかった雪女たちは、急に滅茶苦茶喋りも上手い褒めちぎってくれる美男子と喋る楽しみを知ってしまってテンションがぶち上がってしまったのだ!一時間前の無表情が嘘の様な笑顔で王と笑ってお喋りをして楽しい時間を過ごしている!!! 「雪椿(せつば)との婚約のご承諾感謝申し上げます!」 「とんでもありませぇん♡雪椿がお嫁に行ったら王様は私共の親族ってことですものね♡ 雪椿(せつば)!帰省するときは必ず王様を連れてきなさいよ!」 「は、はい...わかりました...」 「たーくさん美味しい物もお酒も用意してお待ちしておりますからね王様♡」 「ウハハ!それは楽しみですな!」 ねえー王様あ♡もうちょっと!♡もうちょっといましょうよお♡と引き留めてくる雪女たち。それを今日は突然の訪問でしたのでまた後日に!と王は別れを告げた。 大勢の雪女達に惜しまれつつ、王と雪椿(せつば)は飛行龍に乗って宮殿に戻った。 雪椿(せつば)は、飛行龍に乗るようやく思考が戻ってきた、雪女の里着いてからの出来事が非現実的過ぎて脳味噌が働くのを止めていたようだ。トントンと肩を叩かれて王の方を見ると、王がとても誇らしげにしていた。 「どうだ!君の夫はできる男であろう!」 「えっと、正直僕の予想を越え過ぎていて...」 「ウハハ!我は器の大きい男だからな!しかしこれで雪椿(せつば)が死ぬ必要も無くなって、向蛇(むろち)が妖兵でいる必要も無くなった訳だ!これでいつでも嫁に来れるな!」 非現実的なことが続いて頭が止まっていたが、雪椿は気づいた。 そうか、僕、死ななくて良くなったのか___ 「僕は...雪男なのに生きていて良いんですか?」 「勿論だ!」 「これからもむろちゃんと一緒にいて良いんですか...?」 「うむ!我は嫁百合も好物でな!存分にいちゃいちゃすれば良い!」 王は隣に座る雪椿(せつば)の白く小さな両手を、自身の大きな両手で包み込む。 「我のために生きてくれ、雪椿」 そして太陽の笑顔で、雪椿(せつば)に笑いかけた。 太陽の光で、閉ざされていた雪女の里の雪は溶けたのだ___。 雪椿(せつば)はほろほろと声も出さずに泣き始めた。王は静かに涙を拭うものを渡し、暫くの静かな時間が訪れた。 数刻後、落ち着いた雪椿(せつば)がポツリと話し始めた。 「...僕は、家族というものに自信がありません」 「自信?」 「むろちゃんと話してるとわかるんです。この子は家族に愛されて育って、家族の愛に疑いようのない自信があるって。きっとあういう子は幸せな家族を作れるんだろうなって」 「少し...わかるな」 「え、薔鬼(しょうき)王様も...?」 「我も兄の誘拐事件以来家族と離れて育った!だから、確かに家族というものへの自信は無いな!」 「...ふふふ、僕たち自信無い仲間なんですね」 「そうだな...」 今度は雪椿(せつば)が、王の手を取る。 「僕は自信無いなりに、むろちゃんに教えてもらいました。だから、今日の御礼に自分なりに貴方様にお返しして行きます。」 「うむ!では早速お願いがある!」 「はい、何なりと」 「我も向蛇(むろち)のようにあだ名で呼んでほしい!向蛇(むろち)にしょーちゃんというあだ名をつけてもらったんだ!」 「あ、あだ名で...?!えっと、それはちょっと、恐れ多いので、薔鬼(しょうき)様...でよろしいでしょうか?」 「うむ!名前で呼んでもらえるのも嬉しい!」 二人を乗せた飛行龍は宮殿に到着した。雪椿(せつば)は個室へと戻り、王は公務へと出かけた。 ▼▽▼▽▼▽▼▽ 次の日。 雪椿(せつば)向蛇(むろち)のときのように、桜天(さてん)狐紅(こもみ)を集めた。 「...話とは、もしかしてお前もか?」 「はい。僕決めました。嫁入りします。」 「...脅されてはいないよな?」 「はい、ちゃんと自分で決めました。」 「じゃあさ〜今日から雪椿様だな〜?」 「ふふふ...やめてください... 狐紅(こもみ)さん。」 「向蛇(むろち)と仲良くな〜」 「はい、ありがとうございます。お世話になりました。使えない新人だった僕を見捨てないで育ててくれてありがとうございました。」 「最初は滅茶苦茶感じ悪かったよな〜!「はい」しか言わないし〜!」 「その節はご迷惑おかけしました...」 思い出話は程々に、雪椿(せつば)は王の所に行くと申し出た。 去り際に二人を見つめると、 「薔鬼(しょうき)王様は僕の人生を変えてくれました。きっとお二人の人生も良い方に変えてくれますよ。」 と一言残して、微笑んで去っていった。 「向蛇(むろち)もびっくりしたけど、まさか雪椿(せつば)まで嫁になっちゃうとはな〜!なあなあ桜天(さてん)〜?もういっそ俺たちも嫁になっちゃうのはどう〜?」 「私は遠慮する。」 「冷たいな〜!いいじゃん別に〜!せかせか働かなくて良いなら最高じゃん?!」 「お前はなればいいだろ、私は止めない。」 「じゃあ桜天(さてん)は妖兵として大変な仕事続ける方が良いってこと〜!?」 「その通りだ。お前も知ってるだろ、どちらにせよ私はあと一年しか妖兵は出来ない。」 そう告げると桜天(さてん)は向きを変えて図書館へ行ってしまった。去る桜天(さてん)の背中を、少し寂しそうな目をして狐紅(こもみ)は見つめていた。 ▼▽▼▽▼▽▼▽ 次回!妖艶なイケメンに弄ばれてウハウハ! 狐の過去編もあるよ! ▼▽▼▽▼▽▼▽

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