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05 後輩がマネージャーになりました?

「楓くん……知り合いに弁護士とかいたりする?」 「なんでですか?」 「いやぁ。例の漫画のファンから粘着されててね、裁判沙汰にするって脅しのDMがきてて」  炎上してから、一週間後のことだった。  この日、楓は本屋の仕事は休みで、昼過ぎから、雪希の原稿を手伝いにきてくれていた。  楓に添削してもらったネームが編集部にもOKをもらえたので、作画作業に入ったのである。 「見せてもらってもいいですか?」  DM画面を開いてスマホごと渡すと、楓は真剣な面持ちで内容を読み始めた。 「……あー」  二分ぐらいしてから、なんともいえない渋い相槌が返ってくる。 「まずいかな!? なんて返信したらいいのかわかる?」 「返信、しなくていいですよ」 「でも、返信内容に迷ってる間にもどんどん追加でDMきてるし、公開ポストでも僕への批判を書きまくってるけど!?」  捨てアカとはいえ、投稿にいいねがついていることから、誰かしらに見られていることは間違いない。しかも賛同者がいるということだ。  雪希としては心穏やかではいられない。 「そんなの、アンチの嫌がらせに他ならないですよ。だいたい、例の漫画の作者さんにはもう謝って、許してもらえてるんですよね?」 「うん。編集さんを通してだけどね。『いつもご愛読ありがとうございます。いただいたご意見は、今後の参考にさせていただきます』ってすごく感じよく対応されたよ」  カスタマーセンターの定型文みたいだな、とは思ったが、雪希としては、苦情を言われなくてほっとしたという気持ちの方が強い。 「だったら、名誉毀損は成立しなさそうですよね。むしろこの人の方が、先輩への誹謗中傷で訴えられるべきですよ。発信者情報開示請求とかしてみたらどうですか?」 「開示請求……ってどうやって……?」  SNSばっかり見ているオタクなので、話は聞いたことがある。流れてくる情報を見て、へぇそんなことで開示請求できるんだ、と感心したこともある。  しかし自分がやるとなると話は別だ。 「確か、弁護士の方の手を借りることになるはずですが」  その場で、自分のスマホを使って調べ始めた楓に、コンテンツプロバイダに対する請求とアクセスプロバイダに対する請求の二段階ある、と説明されたところまでは雪希にも理解できたが、権利侵害の明白性とは、というところまで話が及んだあたりで、頭が痛くなってきた。 「……いいや、やらなくて。なんか、成功してもしなくても疲れそう」  そんなことより、積み本になっている漫画を丸一日読んでいる方がよっぽど心を癒やされそうだ。 「裁判となると、原稿のスケジュールにも影響でそうですしね」 「そうそれ」  ただでさえ、コミュ障の人見知りなのだ。出版社のパーティに出て初対面の相手、数人とちょっと挨拶しただけでも翌日までぐったりしているほどの脆弱者が、弁護士や裁判所とやりとりしながら元気に原稿できるわけがない。 「とりあえず、この荒らしみたいなアカウントはブロックしましょう。念のため担当さんに報告だけして、あとは放置でいいと思います。下手に反応すると相手はつけあがって延々とやりとりを求めてくるので、時間の無駄です。ひとしきり騒げば、そのうち消えますよ。こういうのは、常に攻撃する相手を探しているので、他にターゲットを見つければ先輩のことは忘れてくれるでしょう」 「そういうもの?」 「そんなに気になるなら、ログアウトしてください。なんならアカウントは担当さんに預けて、仕事の告知を頼めばいいです。オレ相手に日常のことをつぶやき続けるだけじゃ足りないなら、プライベート用のアカウントを作りましょう」 「鍵アカはダメだって言ってなかったっけ?」 「それは、身バレしそうな仕事の愚痴を書き込むのはダメです、って話です。職業は完全に隠して、名前も完全に変えて、綾瀬ユキだって特定されない範囲で趣味と日常のつぶやきをするだけなら、鍵はかけなくていいと思います」  鍵アカでフォロワ一桁じゃどうせ運用する気も起きないだろう、ということを見抜かれている。  うーん、と雪希は首をひねる。 「……ユーザーネームはなにがいいと思う?」  すでに作る気満々だった。 「昔好きだったキャラとかから名前借りたらどうですか?」 「なるほどね。いい手だ。考えとくよ」  デジタル作画用のペンを置いた雪希は、かわりにボールペンを手に取ると、机の端にあった白いメモ用紙を引き寄せて、アルファベットと数字の羅列を書き込む。  間違いがないことをチェックしてから、コタツテーブルの方でタブレットと向かい合っている楓に差し出した。 「綾瀬ユキのアカウント、楓くんが管理してくれないかな? 担当さん忙しそうだし……僕はまだ、作品告知用のアカウントを作ってもらえるほどの人気作家でもないから……あっ、もちろん、楓くんも忙しいのはわかってるんだけど、なんだったらバイト代も払うから」  担当編集者はとてもいい人だが、なんでも気軽に話せる仲というわけではない。ようするに、楓にアカウントを預けた方が安心だしいろいろ融通をきかせてもらえそうで助かる、と思ったのだ。 「いいんですか? オレで」  楓が受け取った紙には、アカウント名とパスワードが書き込まれている。 「楓くんにでも預けないと、僕、ログアウトしても、また気になってちょくちょく覗いちゃいそうだし……」 「確かに」  楓は苦笑した。 「なんか、先輩のマネージャーにでもなったみたいで嬉しいです」 「マネージャーかぁ……」  個人的にマネージャーを雇う漫画家もいるとは聞いたことがある。  なんでも、仕事のスケジュール管理とか、打ち合わせの代理出席とか、確定申告の準備までしてくれて大変助かるとか……。  そこまで思い出したところで、それはめちゃくちゃ助かるな、ということに気づいてしまった。 「楓くん、月いくらでいける?」 「え?」 「あっ、えっと、月給いくらなら楓くんを本格的なマネージャーとして雇えるかな?」  誤解を生みそうな言い方だったと気づいて、慌ててちゃんと言い直す。  雪希は今のところ、一人で生活するには申し分ない程度のお金は漫画で稼いでいるが、人一人分のギャラを払うとなると話は別だ。 「オレにできることなら、無償でお手伝いしますよ」 「ええと、そうじゃなくて……」  やってもらいたいことの例をいくつかつらつらと並べ立てると、楓は目を瞬かせた。  言い終わったあとで、さすがにずうずうしいにもほどがあるかと心配になって顔色を窺ったが、楓はにこりと微笑みを返してきた。 「それは本格的な『お仕事』ってやつですね」 「い、今はたいしたギャラは払えないかもしれないけど、いつかちゃんと楓くんを雇えるぐらいの人気漫画家になれたら雇いたいから、希望金額を教えてほしいな……」 「えーと……じゃあ、住む場所と食費、光熱費を提供してくれたら、給料とかはいいですよ。もちろん、今の本屋の仕事はすぐには辞められないので、勤務終わりとか休日に先輩のマネージャー業務をすることになりますが、精一杯務めます」  ダブルワーク希望ということだろうか。それにしても…… 「住む場所と食費、光熱費?」 「はい。そろそろ実家を出ようと思ってたんです。一人暮らしを検討してたんですが、先輩とルームシェアするのもいいな、っていま思いつきました」 「ルームシェア……?」 「もちろん、先輩が嫌でなければの話ですが。先輩も……作業部屋、ちゃんと作った方がいいですよね?」  楓はチラリと振り返って部屋を見渡す。  この家は1LDKで、作業机があるのはリビングの方だ。  ちなみに、コタツテーブルで食事するのもこの部屋だし、夜になれば布団を敷くのもこの部屋だ。  隣の個室も一応六畳ほどはあるのだが、本とグッズで埋もれていて、人が歩ける空間はとても少ない。  一流の漫画家の作業環境とはほど遠いのが現状だ。  というか、本とグッズがおさまりきらなくなってきたので、雪希もそろそろ広い部屋に引っ越したいと思っていた。  この部屋は、大学入学に合わせて、親と一緒に選んだ部屋だ。もう学生ではないのだからとっくに引っ越してもよかったのだが、なにしろ人見知りで不動産屋の人と話すのも嫌だし、ものぐさだから、引っ越し業者の手配や荷造りも嫌すぎて、結局踏み切れずにいたのである。 「もしかして、楓くんに頼めば、不動産屋さんとか引っ越し業者さんとのやりとりもお願いできる……!?」  ものすごくいいことを思いついた、とばかりに雪希は声をあげた。 「え? はい。物件は先輩にも一緒に見に行ってもらいたいですが、あとの面倒な事務手続きはオレが引き受けます」  当然だと言わんばかりの、キッパリとした返事だった。 「結婚しよう」 「……え?」 「って、言われそうなキャラだよね、楓くん」 「……オタクの人たちがネットに書き込んでるノリでの話です?」 「そんな感じ」  楓は、漫画は読むしアニメも見るけど、オタクというほど濃くはなく、ライトに楽しんでいる一般寄りの感覚に近い。ちょっとわかりづらい冗談だったかな、と雪希は反省したが、「あはは、嬉しいです」と楓がさらっと流してくれて助かった。 「あ、このコマ、トーンの種類どうしよ」 「いつものふわふわしたやつでいいんじゃないんですか?」 「あれやると、『少女漫画みたい』って言われるんだよね」 「でも、それが先輩の持ち味ですよね」  あっさりと話題は移り変わって、二人は作業に戻っていった。

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