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06 本日は結婚式です
昔から、華やかな空間が苦手だった。
華やかな空間は、推し作品の期間限定ショップだけでいい。それも開催初日ではない平日の昼間の、閑散とした時間帯。
しかし、今日の雪希は、不格好にもスーツを身に纏い、非現実的なまでに着飾った人たちとひとつの空間に押し込められなければならなかった。
なぜなら、大学時代の友人の結婚式だからだ。
「あの人、誰? 知ってる?」
「さぁ……?」
受付をすませたあと、待合室で待っていると、誰に話しかけるでもなく根暗そうに俯いている雪希を見て、ひそひそと囁き合う声が聞こえてきていたたまれない。
どうしてこんな場所に来てしまったのだろう。用事があるからとかなんとか言って断って、あとでご祝儀だけ渡しに行ってもよかったはずなのに。
(でも、結婚式に招待される機会なんて、二度とないかもしれないしな)
漫画で結婚式のシーンを描く時の参考になるかもしれない、と思ってうっかり参加の文字のところに丸をつけてしまったのだ。
(せっかくだから、楽しむか)
まずは、待合室の人たちの様子を観察させてもらおう、と思って顔をあげたところ、同年代ぐらいの男と目が合った。
「あ」
これは知り合いを見つけた時の反応だ。わかるぞ。でも、誰だろう。記憶とすぐに結びつかない。
「星宮じゃん。久しぶり」
声を聞いて、ようやくおぼろげながらも相手の正体が掴めてきた。
「…………高橋くん?」
だいぶ懐疑的な声を出してしまったのは、相手が記憶の中の姿よりも、二分の一ぐらいの姿になっていたからだ。
「そうそう、高橋だよー。会うの、卒業式以来だよね? 星宮、全然変わってないなぁ」
「高橋くんは、だいぶ変わったようで……?」
大学の頃、同じ学部に通っていた友人だった。当時の彼は太っていて、いつも菓子パンが複数個入ったビニール袋を腕に下げていた。
「えへえへ、どう? カッコよくなった?」
おっとりした話し方は昔のままだ。雪希はほんの少しほっとする。
「うん。前の姿の方も、御利益がありそうでよかったけど……」
人懐っこい笑顔でまん丸とした体つきをした彼は、『大黒さま』というあだ名をつけられ、たまに拝まれていた。
それがいまやすらっとした体つきになっているのである。もはや別人だ。ダイエットに成功したのなら素晴らしいことだが、頬がやや痩せこけているのが気になる。
「大丈夫? 病気とかじゃないよね?」
「あはは、大丈夫。仕事がキツくて、一時期、アイスも食べられないレベルに胃と精神がやられちゃってさぁ。気づいたら痩せてたんだよね」
「それ、全然大丈夫じゃないよね!?」
「同期の何人かは、鬱になって仕事辞めちゃったから、それに比べれば全然。胃がちっちゃくなったおかげで食費が浮いて生活が楽になったから、結果的にはよかったよ」
業務内容を詳しく知らずとも、いわゆる、ブラック企業というやつでは、という想像がついて雪希は青ざめる。
「すごい。やっぱり高橋はえらいね。僕なんかが同じ会社に勤めてたら、きっと一ヶ月ももたなかったよ」
「星宮はえっと……まだ漫画描いてるんだっけ?」
「あ……うん、えっと、まぁ……」
今日はオタク的な要素を排した一般人のつもりで参加する予定だったのに、さっそく本業のことに話が及んでしまった。
大学時代の知り合いの中でも、雪希が漫画を描いていることを知っているのは四人くらいだ。ちなみのそのうちの一人は楓である。
「すごいなぁ。漫画家の方が会社員よりしんどくない?」
「まぁ……締めきり前は死にそうになったり死にたくなったりすることはあるけど、会社員だって締めきり、というか納期前は大変だろうし。あえて言うなら、一日中家にいられるのはいいかな……?」
わりとしょっちゅう、自分の作品のレビューで酷評を書かれて鬱になりそうになることもあるけど、それは言わなかった。
「ああ、在宅勤務。憧れるよね」
「はは……」
「そういえば星宮って、星宮って名前で漫画描いてる?」
「え?」
「僕、漫画はあんまり読まないんだけど、よく名前聞くんだよね。星宮ピコって……」
「う、え、あ……ちちちちがうよ! ピコ先生には遠く及ばないよ! それにあの人は漫画家じゃなくてイラストレーター……」
動揺のあまり、オタク丸出しの挙動不審な反応をしてしまった。
星宮ピコは、アニメーター出身のイラストレーターで、毎年個展を開いたり、海外でも注目されてたり、最近では有名な飲料メーカーの広告イラストも手掛けている売れっ子だ。
細々と、知る人ぞ知るマニアックな百合漫画を描いている雪希からすると憧れの存在。
あの人に間違われるなんて恐れ多すぎて、冷や汗が出てくる。
「そうなんだ? じゃあ星宮って、なんていう名前で漫画描いてるの?」
「な、名乗るほどの者では……」
古めかしいセリフでなんとか乗り切ろうとしたところに、そろそろチャペルに移動してください、というスタッフの声が聞こえてくる。
式がもう間もなく始まるのだ。
高橋はそれ以上追及してくることなく、「行こっか」とのほほんと言ってきたので、雪希は内心ほっとする。
チャペルでも式は、実にいいものだった。
友人の新郎とは四年ぶりの再会。新婦は完全に初対面なので、いまいち感慨は薄かったが、純白のドレスに身を包んだ女性の姿というのは、万人の心を魅了する不思議な力があるらしい。
(プリンセスラインのドレスかぁ。定番だけど、やっぱりいいよね。千鶴 に着せるならマーメードラインで、亜梨子 はフィッシュテールがいいかなぁ)
ちなみに、いま描いている自作の百合カップルの結婚式の妄想を脳内で繰り広げていたことは内緒だ。
いつか自分が結婚する時は、などという考えはまったく浮かばない。
雪希に恋人はいないし、これから先も恋人ができることはないだろう。
これでも、小学生の時はごく普通に、好きな女の子がいたりもしたのだ。
雪希と同じで喋るのが苦手で、授業では口ごもることが多かったけど、雪希とは違って、誰にでも優しくて、友達といる時はやわらかな表情で笑う姿が可愛い女の子だった。
休み時間、友達と喋ったり遊ぶでもなく、いつも一人で自由帳に絵を描いていた雪希に声をかけてくれて、『絵、すごく上手いんだね』と褒めてくれた。それも何度も。
『将来は漫画家になったりするの?』とまで聞かれたこともある。
彼女以上に口下手だった当時の雪希は、『わかんないけど』と曖昧に濁すことしかできなかったけど、心の中では、漫画家になる気満々だった。
彼女はそのうち、自分の自由帳を持って雪希の席にやってくるようになった。
二人で一つの机を使って絵を描く日々が続いた。
描いている間、ほとんど喋ることはなかったけど、幸せな時間だった。
『星宮のこと好きなの?』
ある日、学校の掃除の時間にゴミ捨てに行く途中、彼女が友達と話している場面に偶然、遭遇した。
遭遇したといっても、雪希は彼女たちからは見えない位置に立っていて、壁越しに声を聞いただけだったけど。
盗み聞きするつもりはなかった。
ただ、ゴミ捨て場に行くには彼女たちの目の前にある階段を使わなければならず、気まずくて、とても出ていけない雰囲気だったのである。
『え……そんなんじゃないよ』
彼女は戸惑い気味に否定していた。
うん、まあ、わかってたけど、と思いつつも雪希はショックを受け、心が凍てつくのを感じた。
『だったらあんな根暗なやつに近づくのやめときなよ。カナちゃんまでキモチワルイやつだって思われちゃうよ』
カナの友達の言葉は、無邪気だけど容赦のないものだった。
根暗なのは自覚があったのでどうしようもないけど、そうか僕ってキモチワルイやつだったんだ、とその時はじめて知った雪希は、今度こそ本当に頭から血の気が引いていた。
『ねぇ、田中くんがカナちゃんのこと好きみたいだよ。明日の昼休みは、田中くんを誘って鬼ごっこでもしようよ』
『わたし、足、おそいけど……』
『別にいいじゃん。星宮と絵を描いてるよりずっと楽しいよ』
カナの友人二人は、次々と勝手なことを言い出す。
田中くんというのは地元のサッカークラブに所属しているスポーツ少年で、日に焼けた肌と大きな声が印象的な男子だった。
雪希とは真逆のタイプだ。
いつも誰かとはしゃいで楽しそうにしていて、クラスで一番足が速い。
雪希からすると明るすぎて苦手だけど、悪いやつじゃないことは知っている。
急に頭がくらりとして平衡感覚がおかしくなり、雪希はふらふらと彼女たちの前に姿を現していた。
噂の人物がちょうど現れたことに、女子三人はぎょっとした顔で立ちすくんでいた。
『ごめん』
謝ったのは雪希の方だった。ゴミ袋を手に、そう口にすることしかできなかった。
何に対してのごめんだったんだろう。今でも、自分でもよくわからない。
気まずさは気まずさのまま残り、カナはその日から、雪希に近寄ってこなくなった。
雪希はまた、一人で絵を描き続ける日々に戻った。
あれ以来、現実の女の子に恋をしたことはない。
恋をするなら、二次元の女の子でじゅうぶんだ。
もっと言うなら、二次元の女の子同士が恋愛をしているのを眺めるのが一番いい。
そこに自分の存在は必要ない。
こういうの、世間一般の普通の人から見ればきっと、『変態』と唾棄されるものなんだろうな。
ひっそりと小さなため息をつきながら、雪希は他の参列客からは一歩離れたところで、ブーケトスを受け取ってはしゃぐ見知らぬ女の子を眺めていた。
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