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13 手放せないもの
夜がきた。
聞くなら、ベッドに入ってからがいいだろう。
でも、なんて言って切り出そう?
改めて考えると難しい。
ただでさえ語弊がある発言が多いと言われている雪希だ。
妙な誤解をされては困るから、慎重に言葉を選ばなければならない。
うだうだ悩みながら風呂に入っている間に日付が更新され、楓はいつの間にか、ベッドで先に眠っていた。
明日は仕事だと言っていたから、起こしては悪い。
(ま、明日でいっか)
拍子抜けしながらも、楓の寝顔を見下ろす。
綺麗な寝顔だ。目蓋がおろされていると、睫毛が長いのがよくわかる。
鼻の高さは平均的だが鼻筋のかたちが綺麗で、薄めの唇は桜色をしている。
女の子たちがたまに、楓のことを芸能人のなんとかに似ていると噂しているのを聞いたことがあるが、なんという芸能人なのかは忘れてしまった。
(雰囲気的には、シャイニー・アストロンっぽいんだけどなぁ)
小学校の頃に好きだったアニメに出てきた、敵なのか味方なのかよくわからない神官の方がイメージ的にしっくりくる。
ちなみにアストロンは、わりと最近にもフィギュアが発売された、人気キャラだ。
(キスする時は、どんな顔になるんだろう?)
つい、漫画家としての好奇心をそそられて、妄想してしまいそうになる。
髪に何気なく触れてみる。色素の薄い髪は、染めているはずだが傷んではおらず、つやつやの感触だった。
起きる気配がないので、頬にも指先をすべらせてみた。
二十代半ばの男の頬は、天使のような柔らかさとはほど遠かったが、きめ細やかで、張りもあった。
「…………」
調子に乗って、唇も親指でなぞっていた。
こちらは予想していたよりもずっとやわらかくて、びっくりして手を離してしまう。
気づけば雪希は、本棚からクロッキー帳を引っ張り出してきて、一心不乱に楓の顔を描いていた。
仮に、誰かに『なんで?』と聞かれることがあったなら、『描きたくなったから』と答えるより他ない。
絵描きとはそういう生き物なのだ。
美しいものをより美しく、自分の感性でもって表現する。それは、いかなる欲望をも超越した、至高の快感だった。
角度を変えて、三枚くらい描いていた。ついでに指が長くて形も綺麗なので、手だけ描かせてもらう。
人物デッサンは久しぶりだが、中学時代は毎日やっていたぐらいなので、久々の感覚にわくわくした。
一時間ぐらいひたすら鉛筆を動かし続けたあとで、雪希はようやく我に返って『なにやってるんだ僕は』という気分になった。
集中力が切れたら、途端に強烈な眠気が襲ってきた。
眠すぎて、そもそもなんで楓をじっと見つめることになったのかすら思い出せない。
クロッキー帳を適当に放り出すと、雪希はベッドにもぐりこんでいた。
布団の中は、すでに楓のぬくもりを吸い込んで、ほどよく温かくなっている。
楓は見かけによらず体温が高めなので、湯たんぽとしても最高の存在なのだ。
(楓くんが僕をどう思ってたとしても、これは手放せないよね)
すり寄るように体を寄せてしまったのは、無意識だった。
いつもは必要以上にくっつきすぎないように距離をあけて寝ているけど、くっついてみると、思いのほか心地よいものだ。
中学時代まで、ぬいぐるみを抱いて寝ていたことを思い出した。
『あんた……もう高校生にもなるのに、さすがにそれはどうなのよ』と呆れた母親に、高校入学直後にそのぬいぐるみを捨てられたのは軽いトラウマだ。
確かにちょっと汚れていたし、買ってもらった当初みたいに毛もふわふわではなくなっていたけど、雪希にとっては大切な友達だったのだ。
(楓くんはぬいぐるみじゃないから、捨てられなくていいね)
眠りに落ちる直前の頭は意味不明なことを考えていたが、すぐにそれもどうでもよくなった。
完全に、夢の世界に連れていかれたから。
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