16 / 26

16 イメチェンのつもりはなかったんです

 星宮雪希、二十六歳。漫画家。  恋愛漫画でご飯を食べさせてもらっている身なのに、デートの時にどんな服を着ていったらいいのかすらわかりません。  アニメのグッズパーカーを着ていかなかったのだけは褒めてほしい。  美容院に行ったのも我ながら偉いと思う。  寝癖がどうしても直らなくて、いっそのこと切ってしまおうかと思い立って、適当に近所の店に飛び込んだ。  そこで、癖毛の強さを指摘され、話しやすい美容師さんだったので癖毛の悩みを話していたら縮毛矯正を勧められ、断りきれずに結局やることになってしまったのは大変不本意だけど。  カットだけのつもりだったので一時間以内に店を出る予定が、結局三時間ほどかかってしまった。  おかげで午後の作業時間が吹っ飛んだけど、午前中も、デスクに向かいながらも頭がふわふわして全然集中できなかったので、多分、早く帰れても、作業が進まなかったことに変わりはなかっただろう。  施術中に見せてもらったSF映画がおもしろくて、創作脳にいい刺激をもらったので、良しとしよう。  終わったあとに鏡を見たら、自分とは別人みたいな男が映っていて、宇宙人に乗っ取られたような気分になったけど。  そういえば、引っ越してきてから、日用品などの買い出しで楓と出かけることはあったが、駅ビルは入ったことがないと思い出して、雪希はそのまま約束の時間まで駅前を散策することにした。  駅ビルの中は食品系の店舗とレストランばかりだったけど、駅のロータリーにある別の大型商業施設に入ったら、本屋を見つけた。  けっこう品揃えがいいし、コミックスも充実している。自分の著書までちゃんと並んでいて、雪希はご機嫌になった。  いくつになっても、本屋に足を踏み入れると心躍るものだ。テンションが上がった勢いで、何冊か表紙買いしてから店を出た。  それから、別の階にあった家電量販店をふらふらして、100円均一で細かいものをちょこちょこと買っていたら、あっという間に約束の時間になってしまった。  待ち合わせ場所に着いたのは、七時ちょうどぐらいだった。 「せんぱ……雪希さん?」  スマホを手に、ちょうど雪希に電話をかけるところだったらしい楓は動きを止めて、まじまじとこちらを見てきた。 「ご、ごめん! ギリギリになっちゃった。迷子になってたわけじゃないんだけどその……駅前に来るついでに買い物してて……」  ついうっかりトートバッグがいっぱいになるくらい買い込んでしまって、何をしにきたんだ状態になっている雪希だ。  楓が妙な反応をしているので、もしかして呆れられているのだろうかと心配になったが、楓が口にしたのは、別のことだった。 「髪の毛、どうしたんですか? 切った……だけじゃないですよね?」 「え? ああ!」  自分の髪型が変わっていることを忘れていた雪希は、そのことか、とようやく気づく。 「縮毛矯正……だったかな。かけてもらったんだ。変、かな……?」  自分の髪型に頓着がない雪希は、これまでくせっ毛を適当に伸ばしっぱなしにして、邪魔になってきたら切りにいく、ということを繰り返していた。  当然、流行りの髪型にも詳しくなくて、やけに熱心な美容師さんにお任せしたところ、マッシュルームカットみたいな頭にされてしまった。  襟足だけ刈り上げられてだいぶスッキリした首回りに手をやりながら、雪希は所在なさげに視線を泳がせる。  今は三月。新しい髪型は、少し寒いくらいだった。 「まさか。すっごく可愛いです!」 「ほ、ほんと……?」  ほっとしながらも、冷や汗は止まらない。  これではまるで、今朝の件があったから浮かれてイメチェンしてきた恥ずかしいやつみたいではないか。 「ね、寝癖が直らなくて髪を切りにいこうと思っただけだったんだけどね……ほら、引っ越しでしばらくバタバタしてたから、ここ数ヶ月ぐらい美容院に行ってなかったし……そしたら美容師さんが、『お客さんぐらいの癖毛なら、縮毛矯正かけちゃった方が楽ですよ』って勧めてくるから……試しに一回やってみようかなって……」  事実そのものなのだが、妙に言い訳じみた説明をしてごまかそうとする雪希に、楓はにっこりと笑った。 「髪、触ってもいいですか?」 「あ、うん……」  風で少し冷やされた指先が、頭の両サイドに触れてくる。 「さらさらですね」 「はは……」  途中で帽子でも買えばよかった、と雪希は後悔し始めていた。 「でも、雪希さんの寝癖をもう直す機会がなくなるのかと思うと、少し残念です」  いきなり、髪を無造作に掻き回される。 「……!?」  美容院で整えられた髪がくしゃくしゃになったのを、楓は少し屈んで覗き込んできた。 「今までのくせっ毛も、可愛かったですよ」  イケメンとはおそろしいものだ。いつもよりも低めの声でそんなことを囁かれただけで、口説かれたような錯覚に陥る。 「すみません。せっかく綺麗にしてもらってきたのに。ちゃんと直しますから」  爽やかな笑顔に戻った楓に、優しく髪を梳かれる。時間はそうかからなかった。 「直った?」 「はい。バッチリ」  至近距離にあった顔が離れたことで、雪希はほっとする。 「そろそろ行きましょうか。お腹すきましたよね?」

ともだちにシェアしよう!