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17 初デートはハンバーグ屋さんらしいです
楓が向かったのは、居酒屋や飲食店が並ぶにぎやかな通りの方ではなかった。銀行や小さな商店が並ぶ通りを抜けて、大通りに出る手前のところで右折し、狭い通りに入る。
その先には住宅街が広がっているように見えたが、少し歩いたところに、和風な門構えをした店があった。
「ハンバーグ?」
「はい。ステーキとかもあるみたいですよ」
中に入ってみると、茶屋風のおしゃれな内装だがメニューはすべて洋食で、レトロモダンな雰囲気が漂っていた。
店内は静かで落ち着いていたが、席のほとんどは埋まっていて、人気の店舗であることを窺わせる。
「よかった、今日は予約が取れて。昼間だと観光客が多くて、行列ができることもあるみたいなんですよ」
「へぇ……」
初来店のわりに慣れた様子で座る楓に対し、雪希は落ちつかなげにそわそわと周囲を見回していた。
「こういう店って、一人で入るには勇気いるよね」
「そうですか? ほら、一人で来店されてる方もいますし、隠れ家バーでもないんだから、普通に入ってくればいいですよ」
確かに一人で座っている客も二人ぐらいいたが、雪希一人だったら絶対、どんなに美味しいと勧められても、入り口のところで立ちすくんだ挙げ句に、『やっぱりやめよう』と引き返していたはずだ。
「僕ひとりだったら、多分、駅の向こうのマックで夕飯をすませてるよ」
「そういえば雪希さんと外食する時はいつも、ファーストフード店かファミレスか牛丼屋でしたね」
楓とは付き合いが長いが、雪希が基本的に出不精で家にいることが多いため、家でご飯を食べる機会の方が多かった。
「楓くんはこういうところ、よく来るの?」
「職場の人とか友達の付き合いでたまに。あ、荷物、こっちに置きますか?」
奥のソファ側に座った楓が、大荷物の雪希に声をかけてくる。
「ごめん。ちょっと置いてくれる?」
「何を買ってきたんですか?」
楓は嫌な顔ひとつしなかったが、荷物の中身には興味を引かれたようだった。
「表紙買いした漫画と……あとは100均でいろいろ」
本屋の袋だけ取り出して、中身を楓にちらりと見せると、楓は納得したように頷いた。
「確かに雪希さんが好きそうな感じですね」
「けっこう品揃えがいい本屋さんだったよ」
「ていうか、漫画買うなら、オレの店にも来てくださいよ。駅からは少し離れますけど、品揃えは負けてませんよ」
珍しく拗ねた口調で楓が言い出す。
「えー……なんか恥ずかしいじゃん?」
大学時代は、大学から一番近い本屋が楓のバイト先だったのでしょっちゅう行っていたが、卒業してからは、ほとんど行っていない。
「なんでですか。なにも恥ずかしいことありませんよ」
「楓くんが働いてる姿、かっこよくて、眩しすぎて。気軽に話しかけられる雰囲気じゃないから気まずくて」
これはお世辞でもなんでもない本心である。
そう、恋愛感情とか関係なしに、秋吉楓はかっこいいのだ。スーツでキビキビと動いている時は特に。
「気軽に話しかけてくださいよ」
「僕みたいなキモオタが馴れ馴れしく話しかけてるのを他のお客さんに見られたら、営業妨害になるよ」
「誰もそんなの気にしませんって。ていうか雪希さん、自分で言うほどキモオタっぽくないですよ。……とりあえず、アニメのキャラクターが入ったTシャツを着なければ、一般人に見えるかと」
「……普通の服がないんだよね、あんまり」
自分のタンスの中では貴重な、シンプルな黒い無地のパーカーを見下ろしながら答える。
「今度一緒に買いにいきましょう」
「うーん、でもなぁ。どうせ、外に行く機会もそんなにないしなぁ」
アニメイベントで出かける時は、グッズTシャツの方がむしろいいし。
「このへん、少し電車に乗れば遊べるところたくさんありますよ。たまにはデートしましょうよ」
「デート?」
「デートです」
キッパリと言い切られて、雪希の視線が泳ぐ。
そうだ、今朝、恋人になろう、みたいな提案をされたのだ。いや、恋人になってもいい、みたいなニュアンスだったっけ?
とりあえず、今までの先輩後輩の関係とは違う距離の詰められ方に、雪希は戸惑い、ごまかすように、開いただけでろくに見ていなかったメニューに視線を落とす。
「……チーズハンバーグ、好きなんだよね。でも、ここの一番のおすすめは、月見ハンバーグなのかな?」
「はい。そうですね。この店を教えてくれた同僚も、月見ハンバーグが一番好きだと言ってました」
ごまかすにしてもわざとらしすぎたが、楓はあっさりと乗って話を変えてくれた。
「……その同僚ってさ、もしかして、女の子だったりする?」
「そうですけど」
「それ、さ……遠回しに、楓くんと一緒に食べに行きたいと誘われたんじゃなくて……?」
「そうかもしれませんが、オレは雪希さんと一緒に来たかったので」
さらりと当然のように、色男は残酷な言葉を悪意なく口にする。
僕なんかよりも、女の子と一緒に来た方がずっと楽しいよ、と言いたくなったけど、わざわざ雪希の方がいいと言ってくれた楓に失礼な気がして、口には出せなかった。
「オレはステーキにしようかな」と呟いたあと、楓は店員さんを呼んで、二人分のオーダーをすませた。
仕事帰りだから、楓はスーツ姿だ。
出会った頃はまだ大学生だったから、それに比べると、楓もずいぶんと大人びたと思う。
社会人としてちゃんとやっているんだな、という雰囲気が伝わってきて、漫画家という先の見えない仕事をしている自分のゆるい私服姿と比べると、気後れしてしまいそうになる。
この彼と自分が恋人同士になる?
ちょっと想像してみただけでも、無理そうな予感しかしない。
まぁでも『考えといてください』と言われたのだから、すぐに結論を出さずとも、時間を置いて『やっぱり無理だよ』と伝える方が楓を傷つけずにすむはずだ。たぶん。
「この店、内装がおしゃれで画面映えしそうですよね。作画資料で、一応写真撮っておきますか?」
興味深そうに店内を見回していた楓が呟いた。
「確かに。ファミレスばっかりじゃなんだし、たまにはこういう店も作中に出した方がいいよね」
「あの欄間のあたりとか、台詞のみのコマの背景によさそうじゃないですか?」
「ほんとだ」
ムードに浸るというよりも、つい職業病が出てしまった二人だ。
ちょうど店員さんが飲み物を運んできてくれたので、楓はさりげなく撮影許可をもらうという有能ぶりを示してくれる。さすがマネージャーである。
ひととおり撮影して落ち着いたところで、注文していた食べ物が来た。
雪希は月見ハンバーグを、楓はミディアムレアのステーキを頼んでいた。
食べながら、他愛ない会話を交わす。
新規開店の店舗では楓は副店長という立場で、店長が休みや会議等で不在の時は店長代理として責任を負わなければいけない立場で、いろいろ大変だという話だった。
それから、前の店舗とは土地柄が違うため、求められる本の種類も違ってくるとか。
「ユキ先生の本、こっそり平置きしておいたんですよ」と言うので、「それは職権乱用だよ」と雪希は笑った。
「今度新刊出る時は教えてください。綾瀬ユキ先生の特集コーナー作るんで」
「大丈夫? それ、店長とかに怒られたりしない?」
「ユキ先生が直筆のサイン色紙とかをうちの店に提供してくれれば『なんかそういう営業があったのかな』と納得してくれるかと」
「コーナー作ってもらっても、需要がある人が限られると思うんだけどなぁ」
「雪希さんは、もうちょっと自分の作品にも自分自身にも自信持ってください」
フォークを置いた楓が、雪希の顔におもむろに手を伸ばしてくる。
唇の端を親指で拭う仕草。
あまりにも唐突すぎて、雪希の心拍数が跳ね上がる。
「な、なに……!?」
「卵の黄身、ついてました」
「あ、う……ごめん」
ハンバーグの上に乗っていた卵の黄身が生だったので、ついてしまったのだ。
汚れた口元を拭ってもらうなんて子供みたいで、さっきとは違う意味で恥ずかしくなった。
写真撮影していた名残でテーブルの端に置いてあった楓のスマートフォンが震え出したのはその時だ。
「店からだ」
画面を確認した楓が小さく呟く。
「すみません、急ぎの用件かもしれないので、ちょっと話してきてもいいですか?」
「もちろん。僕のことは気にしないで」
楓の方は綺麗に完食済みだが、雪希の方はまだご飯とスープが残っている。
楓が席を立っている間に食事をすませるのにはちょうどよかった。
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