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18 プロポーズってなんかいいよね

 店の入り口の方に向かった楓を見送ったあと、のんびりと一人で食事の続きをしていた雪希は、何気なく店内の他の客を眺めていた。  もともと、人間観察が好きなのだ。全然知らない他人だけど、その人の背景にはどういうドラマが隠されているんだろうと想像するのが好きだった。  家族連れ、カップル、観光客、女友達の集まり――だいたいそんな感じに見えた。  男だけで来客しているのはどうやら雪希と楓だけのようだが、別段浮いている雰囲気でもない。  店内の内装はだいぶ渋いが、客の年齢層は二十代、三十代ぐらいが多く、年配の人は少ない印象だった。  中には、推しのぬいぐるみを食事と一緒に写真に収めているオタク女子のグループみたいな子たちもいて、『いいなぁ、あれ』とひそかに思った。 (女の子はいいな。アニメグッズを堂々と普通の店で出しても、白い目で見られなくて)  雪希なんかが女の子キャラのぬいぐるみを持ち歩いて飲食店で写真など撮ろうものなら、それだけで『うわっ』と見知らぬ人にドン引きされることになるだろう。  そんなことを考えながらスープを飲んでいたら、隣のテーブルに座るカップルの男の方が、彼女がトイレで席を立った隙にこそこそと四角い箱を取り出しているのがたまたま目に入った。  中身を確認して、すぐにまた蓋を閉める。その一瞬、指輪らしきものが箱の中に入っているのが見えた。  男はため息をついて、ワインを煽る。緊張している様子が伝わってきた。 (あれってもしかして……?) 「すみません。発注の件でトラブルがありまして」  ちょうどそこに、楓が戻ってきた。 「楓くん楓くん」  袖を引っ張って、小声で楓に耳打ちする。  隣のカップル、もしかしたらこれからプロポーズするかもしれないよ、と。  間もなくして、彼女も席に戻ってきた。  男の様子がいつもと違うことに気づいていない彼女は、やっぱりデザートも食べようかな、と言いながらメニュー表を開いている。 「このマロンシャンティイなんか美味しそう。タダシくんもデザート、なにか頼む?」  その瞬間、タダシくんが意を決した様子で顔を上げた。 「あの……! デザートの前に、聞いてもらいたい話があるんだけど!」  彼女はきょとんとしている。  タダシくんはジャケットのポケットに手を突っ込んで箱を取りだそうとして――あわてるあまりだいぶまごついてから、なんとか白い箱を取り出した。 「これ、よかったらもらってくれないかな……!?」  わりとありがちな台詞に、お決まりの指輪を差し出すポーズ。  しかし彼女は相変わらずきょとんとしている。 「なに? なにか入ってるの?」  よく見たら箱は上下逆さまで、彼女から見ると空っぽの蓋の内側しか見えなかった。  一気に血の気が引いた顔で、タダシくんはなぜか、箱を閉めて、引っ込めてしまった。 「ご、ごめん、なんでもない……」  なんでもないわけがあるか、という感じだが、あまりにもかっこ悪いことになったので、仕切り直しをしてから改めて渡そうとしたのかもしれなかった。  固唾を呑んで見守っていた雪希と楓の方にも、他人事ながら落胆が広がった。  唇を一度固く結んだ雪希は、おそるおそる、唇を尖らせた。  ヒュウ、と下手くそな口笛が響いた。 「……プロポーズ? カッコいいね、彼氏」  馴れ馴れしい野次馬を装ったものの、雪希の声はもろに震えていた。  意図を察した楓が、他の客の迷惑にならない程度のささやかな拍手を送る。 「おめでとうございます。お似合いですよ」  にっこりと微笑みかけてくるイケメンに、彼女は一瞬見惚れたものの、すぐに我に返った様子で、自分の彼氏の顔を見る。 「なに? いまの、指輪だったの?」  あとに引けなくなったタダシくんは、なぜかその場で立ち上がると、今度こそ指輪が見えるかたちで、彼女に向かって白い箱を差し出した。 「結婚してください! お願いします!」  厨房にまで届きそうなくらいの大声だったので、周囲の客たちがいっせいに振り返った。   しん、と店内が静まりかえる。  呆然としていた彼女の顔に、みるみるうちに赤みが差していく。 「……はい」  控えめな声であったが、その可愛らしい様子から、プロポーズが成功したことは誰の目にも明らかだった。  店内のいたるところから、拍手が沸き起こる。  おめでとう、おめでとう。と、その場にいた者たちが次々と祝福の言葉を口にした。  騒ぎを聞きつけて厨房の奥の方から出てきた店長が、にこやかに「おめでとうございます。お祝いに、ケーキをご用意いたしますね」とまで言い出す事態になった。 「ありがとうございました」  騒ぎが落ち着いたあと、照れくさそうにタダシくんが雪希と楓に向かって頭を下げてくる。 「いえ……余計なお世話じゃなくてよかったです」 「おめでようございます。お幸せに」  雪希は心底安堵した様子で、楓は営業用のスマイルで答えた。  デザートを食べたい気もしたけど、二人はあまりのんびりすることなく、早めに店をあとにしていた。

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