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20 果たしてこれがブロマンスと呼べるかはあやしいけど
「先にお風呂入ります? それとも飲みます?」
「先に入ろっかなぁ」
とりあえず、ゆるゆるの部屋着に着替えたい。着替えるなら風呂に入った方がいいだろう。
「あ、縮毛矯正かけた日って、髪を洗っちゃいけないんじゃなかったでしたっけ? 先輩、間違って髪を濡らさないように気をつけてくださいね」
「そうだった。忘れてた。楓くん、なんでそんなこと知ってるの?」
楓は天然のさらさらヘアで、縮毛矯正をかけたことがあるとは聞いたことがない。
「大学時代の友達が、数ヶ月にいっぺん縮毛矯正かけてるって言ってて、たまたまそんな話をしていたことを覚えてたんです。……一応聞きますが、先輩、シャワーキャップとか買ってないですよね?」
「ないかな」
「髪を濡らさないように体を洗えます?」
「……たぶん」
多少、濡れそうな気がするけど。
「一緒にお風呂に入って、洗ってあげましょうか?」
「な……っ! けけけけっこうです!」
楓とは温泉に一緒に入ったこともある間柄だが、今日のはなにか、意味が違う気がして、全力で辞退する。
「冗談です。よかったら、頭にタオルを巻いてあげるので、入る準備ができたら言ってください」
今度こそごまかしようもないほど真っ赤になった雪希に笑いながら、楓は紳士的に答えた。
荷物を自室に置いて風呂場に向かう。
洗面台の鏡に映るのは、やっぱり別人のような自分の姿だった。
なにか違和感があると思っていたのだが、前髪が思いのほか短く切られたため、視界がクリアになったせいだと気づく。
今までの雪希は、人の視線から逃れるように、前髪を伸ばしていたから。
(僕って、こんな顔してたんだ)
鏡とにらめっこしていたら、脱衣所の引き戸が開けられた。
「先輩、準備できました?」
「あ、うん……」
頭にタオルを巻くなら上は脱いだ方がいいだろう。慌てて肌着ごとパーカーを脱ごうとすると、首に引っかかってしまった。
「大丈夫ですか?」
楓に手伝ってもらって、ようやく服の塊が頭からスポンと抜ける。
「先輩、子供みたいですね」
くすくすと笑われて、楓に世話を焼かれ慣れている雪希もさすがに恥ずかしくなってきた。
「頭、失礼しますね。じっとしててください」
フェイスタオルを頭にかぶせられて、後ろできゅっと結ばれる。
「キツめに結んでおいたので、多分、外れないと思いますけど、一応気をつけてください」
「うん」
「それじゃあごゆっくり」
浴室のドアを開けて正面の壁には、大きめの鏡がついている。
男にしては貧相な体が鏡に映った。
恋人にならないかと持ちかけた相手が上半身裸で目の前に立っていても顔色ひとつ変えなかった楓の様子を思い出した。
(ま、そうだよね……)
よほどの刺激がないと興奮しないというあの男が、このたいして美しくもない、痩せているだけの同性の体に欲情するわけがない。
そもそも楓は、性的なことを嫌悪している節すら見受けられるし、雪希に対して肉体関係は望んでいないと言っていたから、恋人になったとしても、そういうことにはならないかもしれない。
(ジャンル的には、ブロマンス寄りのBLって感じかな?)
ちなみにブロマンスの女版がロマンシスで、雪希が描いている百合漫画も比較的それに近い。性的なことを匂わせるシーンは描いたことがあるが、いわゆるR18にカテゴライズされるほどのすけべなシーンは描いたことがなかった。
たまに読者さんに、えっちなシーンも描いてほしいという要望をもらうことはあるけど。
(キスだけでえっちなしなら、別に恋人になっていいかな!?)
体を洗いながら、名案を思いついたようなノリで雪希はひらめいた。
キスはたぶん、嫌じゃない、と思う。慈しむようにただ肌をくっつけあうのも。
それなら今までの関係の延長線上にあるものだから、怖くはない。
(恋人いない歴イコール実年齢の喪男人生から抜け出せるかも!?)
別に一生喪男でもかまわないと思っていたのだが、恋人ができれば少しはこの卑屈でおどおどした性格がマシになるかもしれない、という淡い期待が膨らむ。
雪希は、うじうじ考え込む性格であるが、衝動的に思いきった決断をしてしまうという一面が昔からある。
風呂から上がったらさっそく楓のところに行った。
「僕たち、付き合おう!」
楓は一階のキッチンで、酒のつまみらしきものを用意している最中だった。
サラミを切るために包丁を握っていた手が止まる。
「…………先輩、先に飲んできたわけじゃないですよね」
「素面だよ。心外だな」
予想よりも楓があまり嬉しくなさそうなので、雪希は憮然とする。
「すみません。急だったもので、びっくりして」
包丁を置いた楓は手を洗ってから、改めて向かい合うような格好で雪希の前に立つ。
「オレの恋人になってくれるっていう意味で間違いないですか?」
「うん。好きだよ、楓」
「…………」
半信半疑の面持ちで目の前に立っていた色男は、いきなり両手で顔を覆いだした。
「えっ、なに? 『やっぱりごめんなさい』って言われる流れ!?」
楓がなかなか喋らないので、嫌な予感しかしなかった雪希の中に、早くも『後悔』の二文字が浮上しはじめる。
「……違います。嬉しいです。……すみません。ちょっと、信じられなくて。てっきり断られるものかと」
いつも自信満々、というほど主張は強くないけど、あまり不安とは無縁そうな楓がそんなことを考えていたなんて、びっくりだった。
「ごめん、びっくりさせて。今から考え直した方がいいかな!?」
「ダメです。ちゃんと言質取りましたからね。今日からオレたちは恋人同士です」
つられて不安になってきた雪希の細い体を、楓の腕が抱きしめてきた。
楓もわりと細身の方だけど、抱きしめられると、意外に逞しい体つきをしていることが伝わってくる。
「かえで、くん……?」
ただ、それよりも、ガッチリとホールドしてくる腕の力強さの方に驚いた。
「オレも風呂入ってきますね」
しかしすぐに、気持ちを切り替えた様子で言われると、逞しい腕から解放される。
いつもの爽やかな笑顔に戻った楓は、サラミの残りを切ると、チーズとともに皿に盛って、雪希に皿を手渡してくる。
「先に食べててもいいですよ」
「……うん。そういえば、どこで飲む?」
「屋根裏部屋でいいんじゃないですか? 今夜は月が綺麗ですよ」
「それもそうだね」
キッチンから荷物を運ぶのがちょっと面倒だけど、屋根裏部屋なら眠くなったらそのまま寝れるあたり気が楽だと思って、雪希は頷く。
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