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27 さぁ、これが終わりの始まりだ、ってお決まりの言葉、一度は使ってみたいよね【第1章・完】
翌日、目が覚めて、昨日のことを思い返した時の恥ずかしさといったらなかった。
目が覚めたのは昼近くで、楓はすでに出勤したあとだったのが幸いだ。
隣で寝ていたら、どんな顔をしていいのかわからなかったことだろう。
いつ片付けたのか、テーブルの上もベッドも綺麗になっていて、雪希はこの間買ったばかりの冬用のパジャマを着せられていた。
軽い頭痛がしたが、どちらかというと頭よりも腰の方がだるい。
それでもお腹がすいたのでのろのろと一階まで降りれば、キッチンの台の上にメモが残されていた。
『サンドウィッチ作ったので、冷蔵庫に入れておきました。お仕事忙しいでしょうが、ちゃんと食べてください』
几帳面な字は楓のものだ。
冷蔵庫を開けると、たまごのサンドウィッチとハムのサンドウィッチの二種類が入っている。
「…………」
なんていうマメな男だ。うちの母親よりもよっぽど母親らしい。
眠気覚ましのコーヒーを淹れると、サンドウィッチの皿と一緒にトレイに乗せて、二階の作業部屋へと持って行く。
アプリの通知とSNSをチェックするためにスマホを開いた雪希は、ふと思い立って、手をつける直前だったサンドウィッチの皿を写真におさめた。
『彼氏が作ったサンドウィッチ』
そうコメントをつけて投稿したのは、ほんの出来心だった。
「……あ、やべ。アカウント間違えた」
別名義の趣味用アカウントに投稿するつもりが、仕事用のアカウントに投稿してしまった。
よく考えたら趣味用アカウントは男という設定でやっているので『彼氏』がいたらそれはそれで問題なのだが、そこまで頭が回らなかった。
多分、浮かれていたのだと思う。
「ま、いいか」
百合漫画家、綾瀬ユキは表向きは女という設定だ。彼氏ぐらいいたっていいだろう。
最近は告知ばかりで個人的なつぶやきをしていないから心配してくれているファンの人もいるぐらいだし、これくらいは……。
その程度の認識だったのだが、その投稿は、思いのほか拡散されることになる。
反応のほとんどは、『綾瀬ユキ、彼氏いたの?』というものだった。
漫画家としての知名度はたいしたことないが、過去何度も炎上したことがあるせいで、百合界隈以外の人にも名前だけ知れ渡っていたせいだろう。
一時間後に、楓から電話がかかってきた。
『……先生』
第一声が『先輩』ではなく『先生』だったことに、雪希は恐縮して震え上がる。
「すみません。いま、消します」
『あのアカウントは基本的にオレが管理する約束になってましたよね?』
その通りなのだが、数日前、アカウントのアイコンを変えるためにログインして、そのままログアウトを忘れていたのである。
「……アカウントを間違えて、つい」
電話口の向こうで、軽くため息をつく気配が伝わってきた。
『彼氏自慢されたみたいで嬉しい気持ちもありますけど……でも、ユキ先生のアンチが好き勝手言うのを見るのは不快なので、今後は気をつけてくださいね』
「……はい」
『あと、体の方は大丈夫ですか?』
「あ……う、うん、ううん……うん!」
優しい声で問われて、雪希はさっきよりも挙動不審になる。
(漫画で見たことのある台詞だ!)
心の中でそう叫んだのは内緒である。
『どっちですか』
やわらかな笑い声がスマホ越しに届いた。
今日は早く帰れそうなので夕飯はオレが用意しますね、という言葉を残して電話は切れた。
楓の態度はいつも通りだった。声がいつもよりも甘い気がしたのは、多分、雪希が浮かれているせいでそう聞こえたのだろう。
それでも。
「……昨日、楓くんとヤっちゃったんだよなぁ……」
体にちゃんと感覚は残っているのに、夢を見ていたような、不思議な気分だ。
それに、なにが不感症だ。性欲が薄いどころか、絶倫だったではないか。
思い返しているうちに、だんだん雪希の顔が赤くなっていく。
「……いまならえろ漫画描けそう」
五分後に担当編集者から電話がかかってきて投稿のことと、昨日なにがあったのか追及された挙げ句、『今度、BL漫画も描いてみませんか?』と提案された雪希は、今日も心穏やかに原稿ができそうにはなかった。
ついでに、例の結婚式の時に会った大学時代の友人の新妻からも連絡がきて、『素敵な彼氏さんですね』と言われてしまった。綾瀬ユキとは別人だとごまかしたはずなのに、全然ごまかせていなかった! なんということだ。
星宮雪希。二十六歳。百合漫画家。
なんかまた炎上してるけど、人生が終わるどころか、新しい人生が始まりそうです。
【第1章・完】
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