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《第2章》楓くんの自問自答 問2②

 待ち合わせたのは遊園地の前だったので、そのまま遊園地の中に入った。  入園料は無料で、アトラクションごとに料金がかかるタイプの、小さな遊園地だった。 「あれ? いま、コラボやってるんですね」  園内に入ってすぐ、見覚えのあるアニメイラストののぼりが通路の端に飾られているのが見えた。 「う、うん……」  雪希は驚きもせず、すでに知っていたような雰囲気だ。  どう切り出そうか、と視線が泳ぐのを、楓は見逃さなかった。 「……グッズからいきます? それともフードからいきます?」  長い睫毛に縁取られていた目が、パッと見開かれる。 「グッズ! 先に買ってきてもいいかな? 売り切れが心配だから!」  買う気満々だった。 「もちろんどうぞ」  楓はにこやかに答えた。  賑やかな場所が苦手な雪希のことだ。おそらく、一人でコラボ目当てに遊園地の中を回るのは気が引けて、楓を連れてきたということだろう。  ついでにデートできるしちょうどいい、という考えだったに違いない。  よく見たら、雪希の鞄には、そのアニメのグッズと思われるキーホルダーがいくつかついている。 「せんぱ……雪希ちゃん、そのキーホルダー、可愛いですね」 「え……そう! そうなんだよ! 普段のキモオタの姿でこんなのつけてたら、いつ罵声を浴びせられるかわからないからつけられなかったんだけど、女の子の姿なら変じゃないかなって。あ、ぬいぐるみも持ってきたから、あとでフードとかと一緒に写真撮ってもいいかな?」  急にテンションが上がった様子の雪希が早口気味に語る。 「いいですね。オレにも写真撮らせてください」  どちらかというとオタ活がメインで、デートの方がおまけだったのでは? という気もしてきたが、外ではしゃいでいる雪希の姿は新鮮でおもしろい。  それにこの人は、趣味について語っている時が一番かわいいのだ。  ランダムグッズで雪希の推しがなかなか出なくて、何度も物販に並び直していたら思いのほか時間がかかったが、フードとドリンクの特典コースターは一発で推しを引き当てたらしく、雪希はきゃっきゃとはしゃいでいた。 「楓くんがいてくれたおかげだよ! ほんとにこれ、もらっちゃってもいいの!?」  二人分をまとめて注文して、まとめて特典を渡されたので雪希と楓のどちらが目当てのコースターを引き当てたのはわからないが、二人分頼んだことで確率が上がったらしい。  ちなみに、そのアニメのことは知っているが、グッズを集める趣味のない楓は、躊躇なく特典を雪希に譲った。  しきりに『楓くんがいてくれてよかった』と何度も繰り返し言われて、楓も悪い気分ではない。 「雪希ちゃん、スカートの裾が……」  当たり前だが普段はズボンしか履いていない雪希だ。スカートを履いて出かけるのは初めてだというわりに、そのあたりは無頓着だったらしく、はしゃいで写真を撮っているうちにいつのまにか、太もものきわどいところまで裾がめくれあがっていた。 「え? あ! ほんとだ!」  雪希は慌てて、開き気味になっていた脚を閉じて、スカートを直す。  その仕草に、若干ムラっとしてしまったことは内緒だ。 「オレの上着、貸しますよ。膝にかけたらどうですか?」  楓は爽やかに微笑みながら告げた。  スカートの丈は、膝より少し上ぐらいだ。油断していたら、またすぐにまくれてしまうに違いない。 「でも楓くん、寒くない?」 「大丈夫ですよ。今日は日が出ていてあたたかいですし」  今は四月。もうすぐで上着がいらない時期になるという頃合いだ。  ここは海風があるせいで少々肌寒いが、上着を脱いでも問題ないレベルだった。 「じゃあちょっと……借りようかな……。ありがとう、楓くん」  雪希は妙に照れた様子で上着を受け取って、膝にかけている。 「あそこの彼氏、優しくない? ほら、あんたも見習いなさいよ」  近くでクレープを食べていたカップルの彼女の方が、彼氏を小突きながら言うのが聞こえてきた。  すると、雪希はますます恥ずかしそうな顔になって俯いている。 「彼氏の上着……」  膝にかかった薄手のジャケットに視線を落としながら、噛みしめるようにぼそりと呟いている。 「そうですよ。彼氏の上着です」  雪希がなにを考えているのか察した楓は、にこにこしながら追い打ちをかけてやった。  自分の上着の下で、女の子の格好をした恋人の脚が隠されているのかと思うと、ちょっとそそるものがある。  変な性癖に目覚めないか、自分のことが少しだけ心配になった。  フードを食べたあとは、コラボイベントのために設置されたパネルを見に行って、ついでに近くにあるハートの形の撮影スポットに寄ると、雪希はまたしてもスカートの裾などおかまいなしに、必死に推しのぬいぐるみの写真を撮りはじめた。  黒いタイツを履いているとはいえ――いや、黒いタイツを履いているからこそやけに色っぽく見える脚を隠すため、楓はさりげなく背後に立ってやった。 「雪希ちゃん、楽しそうですね」 「うん、すっごく楽しいよ! ずっとこういう推し活してみたかったんだけど、キモオタ男の格好じゃ、気が引けてさぁ……」 「そんなに楽しいなら、今度また、ぬいぐるみと写真撮るのによさそうなスポットに遊びにいきましょうよ。……また女装してこいとは言いませんが」  いつもの男の格好でも問題ないと楓は個人的に思うのだが、そのあたりは雪希のこだわりだ。雪希が好きな方を選べばいいと思う。 「え……ほんと? それなら来月、別のアニメのコラボがスカイツリーであるみたいなんだけどさ……」 「スカイツリー、いいですね。実はオレ、一回も行ったことないんですよ」 「えっ! そうなの?」 「遠目で眺めたことは何度かありますが、意外と中まで入る機会はないですよね」 「まぁ、確かに。よく考えたら僕も、下のショッピングフロアには行ったことあるけど、展望台までは昇ったことないかも」 「サンシャインの展望台は一回、一緒に行きましたよね?」 「そうだったね。あの時も、アニメコラボが目的だったけど」  まだ二人とも大学生の頃だったか。  あんなカップルと家族連ればっかりのところに一人で行く勇気がない、すいてる時間帯とか知らない? と相談されたので、話の流れで、『じゃあオレが一緒に行きますよ』ということになったのだ。  懐かしそうに雪希は頬を緩めている。 「楓くん、いつも僕に付き合ってくれてありがとう」 「いえ、オレもけっこう楽しんでるので、なにかあったら、真っ先にオレに声をかけてください。早めに言ってくれれば、仕事の休みを調整できるかもなので」  楓は、アニメは見るけど、コラボにもグッズにも興味はない。ただ、楽しそうにしている雪希を見るのは好きだった。 (……ああ、そっか)  ――オレ、ずっと前からこの人のことが好きだったんだ。  今さらながら気づかされて、楓は妙にむず痒いような気持ちになる。 「……ぬいぐるみの写真もいいですが、そろそろオレとも写真撮りません?」 「えっ、僕、こんな格好だけど?」 「こんな格好だから、堂々とカップルっぽい写真撮れますよね?」  雪希の肩を抱いて、後ろにハートの飾りがついているベンチに座る。  スマホをインカメラに切り替えて腕を伸ばし、顔を寄せて写真を撮った。  最初は戸惑っていた雪希だが、三枚目くらいで、ようやく小さなピースを作ってくれた。 「はは……なんかこういうの、照れるね……」  まだ緊張気味の声が可愛かったので、頬にキスをしながらまたシャッターを押した。 「か、かえでくん……!?」  動揺のあまり、雪希の声が裏返る。 「口にキスした方がよかったですか?」 「そ、そういうことじゃなくてね……」 「ほら、よく撮れてますよ」  画面を操作して、いま撮った写真を雪希に見せてやると、わかりやすいくらい真っ赤になってしまった。 「スマホの壁紙に設定していいですか?」 「だめだめだめ! ぜったいだめ!」 「でも、女避けにちょうどいいかもしれませんよ」  ぐぅ、と雪希はいったん押し黙った。 「……楓くん、女の趣味悪いね、とか言われちゃうかもしれないよ」 「わかりました。そんなに嫌なら、パソコンの方の壁紙に設定しときますね。パソコンなら、雪希さんぐらいしか見る人いませんし」 「…………」 「それに、スマホの壁紙見られて『彼女可愛いね』とか言われても複雑な心境になりそうですしね」  写真待ちと思われるカップルが近くにやってきたので、雪希の手を引いて立ち上がる。 「……なんで? 中身は男だから、可愛いって言われるのは変、って話?」  ちょうど立ち上がるタイミングだったので、少し間を置いてから、雪希がためらいがちに問いかけてくる。 「いえ、他の男に狙われたら困るので」  さらりと告げて、アトラクションのチケット売り場に向かう。  返事がないのでどうしたのかと思い雪希の顔を見れば、俯きがちの赤い顔で、なにやら思案している様子だった。  可愛い。  二十六歳の男がこんなにも可愛くて純情って、ありなのだろうか。 「観覧車は最後にしようかと思ってたんですけど……先に乗りますか?」  観覧車という個室に連れ込んでキスする気満々なのは、まだ内緒だ。

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