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《第2章》楓くんの自問自答 問2③

 約四十分後。  観覧車の待ち時間に、次はダイビングコースターに乗るのもいいね、と話していたはずだが、とてもすぐに絶叫系に乗れるテンションではなくなった状態で、雪希は観覧車のゴンドラから下りてきた。 「大丈夫ですか? やっぱり次はスピニングコースターあたりにしますか? それともメリーゴーランドとか?」  元凶たる楓は、悪びれることなくにこやかに問いかけながら、ふらふらと歩く雪希の腰を抱いて支える。  別に、いやらしいことはしていない。  スカートの中に手を突っ込んで少し悪戯したい気持ちもあったけど、それは我慢した。  ただ、膝の上に向かい合わせで座らせて、十分近くキスをしていただけだ。  口紅はとれてしまったが、ぽってりと色づいたままの唇は、まったく違和感を感じさせない。 「……トイレ行く」  ぼそぼそと雪希が告げた。 「一人で平気ですか?」  一応念のために聞くと、一瞬固まった雪希が、ぶんぶんと首を横に振る。 「だ、だいじょうぶ、その……ひとりで平気だから……」  どこかぼうっとした様子で雪希はトイレに向かう。  スカート姿のまま男子トイレに入ろうとするので、楓は慌てて肩を掴んで止めて、多目的トイレに押し込んでやってから自分は男子トイレに向かった。 用をすませたあと、多目的トイレの前で待っていたのだが、雪希はなかなか出てこなかった。  ますます心配な気持ちになりながら、ドア越しに声をかけるべきか迷っていると、スマホのメッセージアプリに通知がきた。 『楓くん、悪いんだけど、トイレの中に入ってきてくれないかな?』  メッセージを確認した直後にドアの施錠が解除される音が聞こえてきたので、さりげなさを装って中に入る。  中では雪希が、困った様子で立ち尽くしていた。 「これ……まずいかな?」  そう言いながらスカートをめくりあげるので、ドキドキしてしまった楓だが、問題なのは、股間の方ではない様子だった。 「あー……伝線しちゃったんですね」  黒いタイツの太ももの片側に、不自然な穴があいていることにすぐに気づいた。 「引っ張り上げる時に爪をひっかけちゃって……スカートおろしてれば目立たないと思うんだけど、どう?」 「伝線って、時間がたつと広がっていくんじゃなかったでしたっけ?」 「そっか……じゃあ、脱いだ方がいいかな?」 「替えはないんですか?」 「ないよ。そのへんの売店で売ってないかな?」 「隣のショッピングモールなら確実にありそうですけどね」  雪希はしばし思案する様子を見せたのち、おもむろにタイツを脱ぎ始めた。 「ま、履かなくてもなんとかなるよね」  タイツを脱いだことによってあらわになった下着に、楓の視線が釘付けになる。 「先輩……パンツも女物履いてきてたんですね」  白いレースのショーツだった。  布地が少ないタイプのものではなかったけど、サイドが透けて見えるのがなかなかえっちだ。 「こ、これは……こういうのもちゃんと女物にした方が、気分出るかなって……」  しどろもどろに答える雪希は、楓に見せる意図はなかったらしい。  今すぐ犯したくなった。 「ちゃんと、夜までそれ、履いててくださいね」  獲物を狙う雄の顔を、爽やかな笑顔で隠しながら告げた楓に、雪希は真っ赤になっている。 「…………楓くん、こういうの好きなの?」 「常に意外性のある先輩のことは大好きですよ」 「楓くんって、見かけによらずムッツリだよね」 「見かけ倒しなだけですよ。中身は普通の男です」  自分は普通じゃない、と二十五歳になる今までずっと思っていたが、この人の前では普通の男になってしまうらしい。  恋とはおそろしいものだ。 「ちなみに、胸の方はどうなってるんですか?」  白い生地に黒い襟と、大きめの黒いボタンがついたブラウスの胸元は明らかに膨らんでいる。それも、なかなかの巨乳だ。  動いてもずれる気配はないし、どうやって盛っているのか気になっていた。 「え、へへ……今は秘密」  悪戯っぽく笑った雪希は、脱いだタイツを鞄の中に適当に押し込みながら答えた。  つまりは脱がせるまでのお楽しみか、と理解した楓は、微笑みながら、外に出る雪希の後ろをついていく。 「雪希ちゃん、スカートの裾、めくれないように、よりいっそう気をつけてくださいよ」 「わかってるって」 「で、次はどこに行きます?」  やはり心配なので腰を抱き寄せながら聞いた。 「……メリーゴーランドでもいいんだっけ?」 「もちろん。メリーゴーランドならすいてるから、すぐに乗れますよ」 「いい大人がメリーゴーランドに乗ってるって、恥ずかしくない?」 「カップルで乗っている人もいるようですが」  歩いているうちにメリーゴーランドが見えてきたので、今乗っている人たちを見ながら言う。 「……ほんとだ」 「行きましょうよ」  ためらいがちの雪希を引っ張っていく。  順番はすぐにきた。  馬に乗る時にスカートに気を配ってやらなければならなかったが、それ以外は何も問題なく馬は回り始めた。 「わぁ……これ、動くの!?」  驚きの声があがる。  雪希が乗ったのは外側の馬で、外側だけ上下に動く仕様になっているのだ。 「まぁ、動きますね」  そんなに驚くほど激しい動きではない。  淡々と返した楓だが、ふと気になって、言葉を付け足す。 「それ以上激しく動くことはないので、おとなしく座っていれば振り落とされることはありませんよ」 「そ、そっか……それならよかった。シートベルトもないから、不安になっちゃったよ」  雪希は本気でほっとしている様子だった。 「それより、まわりの景色を見てください。けっこう楽しいですよ」  回転木馬を中心に、遊園地の景色が流れていく。  少しだけ、非現実な空間に迷い込んだような気分になった。 「ちょっと怖かったけど、楽しかった」  おりたあと、雪希は笑顔でそう言った。 「もしかして先輩、メリーゴーランドに乗るの、初めてですか?」 「あ、バレた? 実はそうなんだよね。小さい頃、親に遊園地に連れていってもらったことはあるんだけどさぁ……メリーゴーランド乗りたい、って親に言ったら、『そんな子供だましのアトラクション、なにもおもしろくない』って言われて、お化け屋敷に連れて行かれたんだよね」 「わぁ……」  この人の親、ちょっと毒親気味なのかな、と以前から思ってはいたが、それはひどい。  お化け屋敷が好きな楓ですら、『それはない』と思う。 「そのお化け屋敷、廃病院内を歩き回るけっこう本格的なタイプで、入り口でまず恐怖映像見せられるんだけど、その時点でもうダメで、『帰りたい』って泣いたら、『おまえは臆病すぎるから、こういうので度胸をつけろ』って言われて、従うしかなかったんだよね」 「それってもしかして、出口まで一時間近く歩き続けなきゃいけない、あの有名なやつですか?」 「わかんないけど、それぐらいかかったかも。天井から首筋に風が吹きかけられただけでも悲鳴あげてたのに、作り物かと思ってたゾンビみたいなのに追いかけられてさぁ……途中、リタイアするためのポイントがいくつかあったんだけど、親は『最後までがんばれ』の一点張りで……もう、トラウマになりそうだったよ。ていうかなってるけど」  思い出したのか、雪希は深いため息をつく。 「オレはそれ、高校生ぐらいの時に友達と行ったことありますよ。友達の一人がそういうの苦手で、ずっと叫んでましたね」  高校生でもそれなのだから、おそらく小学生ぐらいだったはずの雪希には、相当ショッキングだったことだろう。 「楓くんは、全然平気そうだよね」 「オレは、どうせフィクションだってわかっているので、『へぇー、そういう仕掛けもあるんだ』って冷静に見ちゃうタイプですね」 「クールでカッコいいよね」 「冷めてるってよく言われますが」  喋りながら適当に歩いていたら、うっかりお化け屋敷の前まで来てしまった。

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