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《第2章》楓くんの自問自答 問2⑤

 無事に着替えを手にしたはいいものの、問題は、それをどこで着替えるかということだ。 「あそこでいいんじゃないですか?」  楓が指差したのは、駅からもよく見える、高層の建物だった。 「あれ、なに?」 「ホテルですね」 「トイレだけ貸してもらおうって話?」 「いえ、普通に部屋取りましょうよ。繁忙期でもないし、当日でもあいてるんじゃないですか?」 「泊まるって話!?」 「そうですね。先輩も疲れたでしょうし、ゆっくりしていきましょうよ。明日はオレ、午後から出勤ですし」 「でもあそこ、すごく高そうだよ、楓くん!」 「オレが奢りますよ。ついでに、漫画の資料でたくさん写真でも撮ったらどうですか?」 「資料……」  雪希はまだ難しい顔をしているが、資料という言葉には心が動いたらしい。  とりあえず、靴だけ普段履いてるスニーカーに履き替えさせて歩き出すと、雪希はまだなにか言いたげな顔をしながらもついてきた。  幸いにも、一番安い部屋がひとつあいていた。  それでも、ビジネスホテルに比べればずいぶん高い金額だったし、部屋もずいぶんと広々したものだった。  普段、泊まりで出かけることがめったにない上、たまに泊まりの用事があっても格安の宿しか取らない雪希は、ロビーに入ってからずっと、落ちつかなさげにずっときょろきょろしている。 「楓くん、ほんとにここ、泊まって大丈夫!? 僕、なんならラブホでもいいんだよ!?」 「ラブホは、雰囲気が好きじゃないので、オレはちょっと……。お金のことは気にしないでください。昨日たまたま、親父に『これでうまいもんでも食え』とお小遣いもらってきたんで」 「ずいぶん気前いいね。楓くんのおうちって、お金持ちなんだっけ?」 「いえ、ごく一般的なサラリーマン家庭ですよ。でも、親父が趣味で株をやってて、利益が出ると、たまに気まぐれで十万円ぐらいお小遣いくれます」 「十万! すごいね。僕なんて逆に、『漫画家なんだから稼いでるんでしょ』って母親に言われて、車を買ってくれないかって相談されたんだけど、『無理です』って断っちゃったよ。ほんとに稼げてる漫画家なんて、ごく一握りなのに」  ふてくされたように言って、雪希は所在なさげに椅子に腰をおろしている。 「大丈夫ですよ。先輩ならきっとそのうち、外車を何台も買えるぐらいの人気漫画家になりますよ」 「外車はいらないなぁ。ていうか車の運転も苦手だし。左ハンドルとか絶対無理。納車された当日に事故る自信あるよ」  靴を脱いで、足に貼られた絆創膏を指で触りながら、雪希がぼやく。 「それはずいぶんな自信ですね。でも、一応免許は持ってるんですよね?」 「一応ね。ほとんどペーパードライバーだよ。僕が一度も事故を起こしたり進入禁止の道に間違って入ったりせずに、一生を終えられると思う?」  楓は微笑んで、ゆるやかに首を横に振った。 「先輩には助手席がお似合いですね」  でしょ? と頷いてから、雪希は服を着替え始めた。  スカートを床に落としてから着替えの詰まった袋をごそごそあさって、眉根を寄せる。 「どうしよ」 「なにか忘れてきましたか?」 「ぱんつ、忘れてきちゃった」  改めて雪希の下半身を見る。白いレースの下着に包まれた尻がある。  綺麗な夜景の見えるホテルの一室で見ると、トイレで見た時よりもだいぶ扇情的に見えた。  楓はにっこり微笑んだ。 「そのままでもいいんじゃないですか?」 「えー」 「というか、気になっていたんですが、窮屈じゃないんですか、それ」  ブラウスの裾をめくって、楓は股間のあたりを直視した。 「いや、僕のはちっちゃいから、ちょうどいいっていうか……」 「へぇ……」  楓の目が細められたのを見て、雪希があわてて手を振り払ってくる。 「まだ悪戯しないでよ? 着替えてる最中だから」 「まだ? あとでならいいんですね?」 「そ、そういう話じゃないよ……!」  わざとらしく揚げ足を取ると、雪希はわかりやすく恥じらっている。  かわいい。 「早く悪戯したいので、早く着替えてくださいよ。それとも手伝いましょうか?」  なかなか着替えが進まないのでそう言ってやれば、雪希はもたもたとブラウスのボタンを外し始めた。  そういえば胸がどうなっているのかは、お楽しみだったんだっけ。  高まる期待を抱えながら見守っていると、思いのほかリアルな胸の谷間が出てきた。 「なんですか、それ」  本物の乳房でないことはわかっているが、それにしても自然な膨らみだ。  思わず、無遠慮に掴んでしまった。 「し、シリコンバスト……」 「ああ、なるほど。確かにシリコンっぽい素材ですね」  性欲というより興味本位で、ついもみもみしてしまう。  どうやら、ハイネックのタンクトップのように首から胸の下まで繋がっているタイプらしい。  服の上から見ても違和感がなかったが、下着姿でも違和感がなかった。 「びっくりするよね。乳首もけっこうリアルなんだよ?」 「へぇ……見てもいいですか?」    ショーツとお揃いの白いレースのブラシャーを、雪希は脱ぎ捨てた。 「はは、ほんとだ」  リアルすぎて、楓は笑ってしまった。  女の胸そのものに見える。  乳首の感触は本物より固めに思えたが、かたちと色はよく再現されている。  いつも乳首を触られるだけで過敏な反応を示す雪希は、偽物の胸で楽しそうに遊ぶ楓の手を、複雑そうな面持ちで見下ろしている。 「……楓くんも、やっぱりその……巨乳が好きなの?」 「え? いや、特にこだわりはないですが、乳首に触るだけで感じちゃう可愛い先輩が大好きなので、女装プレイをお望みでないなら、さっさと外してもいいですよ」 「そ、そう……?」  雪希はほっとした様子で、シリコンバストを外し始めた。 「張り切ってGカップのやつ買っちゃったから、実はけっこう、重かったんだよね」  それはだいぶ張り切りすぎだ。  ベッドの上に投げられた偽りの夢の塊は、なかなか重量がありそうだった。 「先輩、胸のあたり、赤くなってませんか?」 「うん……実は汗で蒸れちゃってさぁ……ちょっと痒かったんだ」  ちょうどシリコンバストをつけていたのと同じ範囲の皮膚が、やたら赤くなっている。 「がんばったんですね、先輩」 「そ、そう言いながら胸を触ってきてるの、なに!?」  楓の手は半ば無意識に、膨らみもなにもない雪希の姿に吸い寄せられていた。 「いや、赤くなってて可哀想だなぁと」 「だ、だからって舐めなくてもいいから……!」  急にスイッチが入ったというわけでもないのだが、我慢ならずに、雪希の体をベッドに押し倒して、胸を舐めていた。 「あっ、ん……っ、あ……」  当たり前だが、偽りの胸に触れられた時よりも、圧倒的に反応がいい。  嬉しくなって、乳首のまわりにも何度も吸いついた。 「ま、まって……まだ、ウィッグが……」 「あとでじゃダメですか?」 「だ、だめだよ……このままだとぐちゃぐちゃになっちゃうから……」  ウィッグがぐちゃぐちゃになるほどの激しい行為を期待されているということだろうか。  期待に応えるべく、楓はいったん雪希を解放して、もたもたと不器用な仕草でウィッグを外している間、おとなしく待っていた。  するとどうなったかというと、いつもの短い黒髪に、化粧を施し、男の体でありながら女物の下着を身につけた恋人の姿がベッドの上に顕現したという次第である。

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