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《第2章》楓くんの自問自答 問3【第2章・完】

【Q3】恋人が、ゲイビデオを一時停止させた状態で食い入るように画面を見ては、一心不乱にラフスケッチをしています。それも、場面を変えて、朝から何時間も。どうしたらいいのでしょうか? 【A】抱くしかな……いや、いったん話を聞いてみようと思います。 「どうしたんですか? ずいぶん熱心ですね」 「いや……僕、ほら、ここ十年くらいは女の子ばっかり描いてきて、男描くのに慣れてないからさ……練習しなきゃと思って」  はじめてゲイビデオを見た時は、険しい表情のまましばらく固まっていた雪希は、慣れたのか、あるいは、絵描きモードのスイッチが入ったからか、個人的な羞恥心をどこかに置いてきた様子で、黙々と手を動かしている。 「BL漫画の依頼の話、受けたんですね」  邪魔にならないようにコーヒーの入ったタンブラーを机の端に置いてやってから、楓は隣の作業机の椅子に腰掛けた。 「ううん。BL小説の表紙と挿絵の仕事。漫画は……勉強中だから、もうちょっと男の体を描くのに慣れたら描いてみてもいいかな、って感じ」 「BL漫画は、ピュアな純愛系からハードなやつまでけっこう作風に幅があるみたいなので、ガッツリすけべ要素だけを求められる男性向けのエロ漫画よりも先輩向きなんじゃないですか?」  自分の分のコーヒーをすすりながら楓はコメントする。 「詳しいね、楓くん」 「前の店舗のBL漫画担当の人がけっこうお喋りな人で、休憩中にそんな話を聞きました。オレはあんまり読んだことがないので詳しいというほどではないですが……レジやってると表紙を見る機会はけっこうあるので、いろんなテイストの本が出てるんだな、とは思っていました」 「やっぱりハード系の方が売れてたりする?」 「いや、そうでもないですよ。可愛い系とか、綺麗系の絵柄の表紙の本が売れてる印象で、すけべも大事なんでしょうが、帯の煽り文句を見る限りだと、どちらかというとストーリー重視で売れてるんじゃないですかね?」 「ストーリー……切ない系とか?」 「まぁそうですね。すれ違い系で、最後はハッピーエンドになるやつとか……純愛系が王道なんじゃないですか?」 「なるほど」  短く相槌を打ったあと、雪希は再生ボタンを押して、次にスケッチするカットを探している。  作業部屋に、あきらかに演技っぽい男の派手な喘ぎ声が響き渡った。  そういえば、この部屋では一度もいやらしいことをしたことがない。そこにゲイビが流れているというのは、妙な気分だった。  しかし雪希は相変わらず真顔で、「このアングルは難しいな……」などと呟いている。  邪魔してはいけないと思い、楓は黙ってその光景を眺めていた。  一心不乱に絵を描いているこの人の、真剣な横顔が好きだ。  その細い手から、美しい絵が生み出されていく行程を眺めているのが好きだ。  絵を描いている雪希の横にいるだけで、満ち足りた気分になる。 「雪希さんが描く男性って、表情がセクシーで素敵ですね」  コーヒーのカップが空になり、次のページに移り変わる直前のタイミングで、雪希の手元を覗き込んだ楓は、感心しながら呟いた。 「えっ」  雪希はびっくりした顔でこちらを振り返ってくる。 「そ、そう、かな……?」 「はい。女の子はふわふわしたテイストの可愛い感じで描かれるのに、男性の絵はまたちょっと雰囲気違いますよね」  ゲイビを参考にしているから、というのが理由ではないはずだ。  昨日描いていた男キャラのキャラクターデザインがまさにそんな感じだった。 「僕がいつも描いてる百合カプとは求められているものが違う気がしたからさ……意図して描き方変えてるんだけど、それがうまくハマってるならよかったよ」  照れたように笑って、ようやく鉛筆を置いた雪希は、タンブラーの中でちょうどいい温度になっていたコーヒーに口をつけた。 「今までの仕事もじゅうぶん評価されているのに、なんで、新しいジャンルの作品にも挑戦してみようと思ったんですか?」 「え……そうだね、長く描き続けていくためにも、なんでも描ける人間になりたいから、かな? ほら、売れなくなって家賃払えなくなったら、楓くんに同居解消されちゃうかもしれないし」 「その時は、オレが先輩を養いますよ」 「あはは、ほんとに?」 「本気です」  楓の真剣な眼差しにたじろいだ様子で、雪希の視線が揺れる。 「それは……すごく嬉しいんだけどさ、それはそれとして、ゆくゆくは、過去に挫折した少年漫画とかバトル漫画も描いてみたいなって考えてるんだ。今までの作品が評価されてるのはありがたいことだけど、そこに安住してちゃいけないな、と思うし、今までの僕にできなかったこと、これから先の僕にならできるかもしれないから……」  星宮雪希という人は、生活能力は欠如しているし、SNSの使い方も下手だし、必要以上に自分を過小評価するところがあって、メンタル的に安定しているとはいえない人だが、絵を描くこと、漫画を描くことに関してはあまりにも真摯だ。  中途半端な興味本位で新しいジャンルに挑戦しようと決めたわけではないことがしっかりと伝わってきた。 「応援しています」  ふっと微笑みながら、楓は告げた。  楓がよく見せる作り笑いではない、ごく自然な笑顔に、雪希はぱちぱちと目を瞬かせる。 「ありがとう。嬉しいよ。……あの、もしよかったら、今度、楓くんをモデルにキャラを作ったりとか……」 「だめですよ」  おずおずと言い出した雪希に、楓は笑顔のまま告げる。  やわらかな口調だが、結論を覆すことを許さない、きっぱりとした物言いだった。 「か、楓くん、漫画に出てきたら、最高にかっこいいキャラだと思うんだよね!」 「現実世界にいるオレはかっこよくないんですか?」 「かっこいいよ! かっこいいけど……理想の攻めキャラを考えてたら、どうしても楓くんっぽい雰囲気になっちゃうんだよね」 「だめですよ。素顔のオレのことを知っているのは、雪希さんだけでじゅうぶんなんで」 「じゃ、じゃあ、体だけでもスケッチさせてもらえたりとかは……」 「……雪希さん、いいこと思いつきましたよ。オレたちがセックスしている動画を撮って、それを元に絵を描いたらいいんじゃないですか?」 「そ、それはだめーっ!」 「だめなんですか?」 「恥ずかしくて、そんな動画、直視できないよ……」  想像したのか、雪希の頬が淡く染まっている。 「とりあえず、どこの誰とも知れない男の裸を何時間も見つめているよりもいいです」  参考資料の動画に嫉妬してしまったなんて言ったら、雪希は呆れてしまうだろうか。  ――本当のオレは、理想なんかとはほど遠い。  それでもこの人はオレのことを好きでいてくれると、もうわかっているから、この人にだけなら教えてもいい。 【結論】やっぱり抱こう。  今日も明日も明後日も、時間の許す限り触れあいたい。  愛を信じることが不器用なこの人に、愛を囁こう。  なにが正解だとか、正論なんかいらない。答えを握るのはいつだって、この心でしかない。  心のままに愛そう。  【第2章・完】

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