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《第3章》別に新たな扉を開きたかったわけじゃない②【第3章・完】

 珍しく、丸一日くらいスマホをほったらかしにしといたら、例の漫画への反応はだいぶ落ち着いていた。  もともとは今日が休みの予定だった楓だが、同僚に休みを交替してもらった関係で、今日は出勤していった。  仕事の提出物は、ついさっき送った。  連載中の漫画のネームをやらなければいけないが、それは別に急ぎじゃない。  少しぐらい、だらだらと意味のない時間をすごしてもいいだろう。  箱のまま飾ってあったフィギュアの箱に手を伸ばす。  昨日コンビニで、楓が当ててくれたB賞のピンクの髪の女の子だ。  二十回もくじを引いたのに見事に爆死して下位賞の山を抱えて呆然としていた雪希を見かねた楓が、追加で引いて当ててくれたのだ。  ちなみに、楓が引いたのは三回で、B賞一つにC賞二つという引きの良さだった。  世の中は常に不平等で溢れている。  でも、自分の運の悪さはたいてい、楓の運の良さで補正されていて、合計するとプラスになることが多いので、文句は言えない。  雪希は、フィギュアの箱をソファの上に持っていってスマホのカメラで撮影すると、開封して中身のフィギュアをあらゆる角度で撮影しはじめた。  その中でよく撮れた写真を何枚か選んでSNSに投稿すると、ようやく落ち着いた気分でにんまりとする。  勢いだけで描いた漫画がバズったおかげでいつのまにかフォロワーが増えていて、写真の投稿にはすぐにいくつかのいいねがついた。  実に気分がいい。  フィギュアは作業机の棚の一番いいポジションに飾ることにした。  あの漫画の続きをどうするかはとりあえず置いておくことにして、レイラちゃんの追悼イラストを描くことにした。  資料として開いたレイラちゃんの公式絵を見て、目を細める。 「やっぱり可愛いなぁ」  生きててほしかったなぁ。  でもあの死に様、冷静に考えるとめちゃくちゃカッコよかったな。  この世の中には、読み切れないぐらいたくさんの漫画が溢れている。その中には、胸糞の悪い、どうしようもない死に方をするキャラだってたくさんいる。  それを考えれば、彼女は幸福な死に方をしたと言えるだろう。 「僕もいつか、あんな漫画が描けるようになるかな」  なんでもかんでもSNSでぶちまける癖があった雪希だが、これだけは絶対、不特定多数の前では書けないな、と口に出してから思った。  だって、バカにされるに決まっているから。  ――でも。 『雪希さん、SNSで延々と愚痴らずに、その思いを自分の創作にぶつけられるようになったのは偉いですね』  昨日寝る前、楓に言われた言葉を思い出す。  確かに以前の雪希なら、好きな作品で納得のいかない展開を見てしまったあとは、ペンを握っている時間よりもSNSを開いている時間の方が多かった気がする。  少しは、進歩してるのだろうか。  自分ではあんまり変わらない気がするけど。 「納得いかないなら自分で描くしかない、っていうのがクリエーターっていう生き物だからなぁ」  下描きをしながらぼやく。  読者が作品に文句を言うのは自由だけど、おまえがこれより素晴らしい作品を描けるのか、と問われてYESと答えられる人間は稀だろう。  だからって批判するなとは言えないけど、同じフィールドにいない人間がいくら偉そうに意見しても、群衆のヤジにしかならないのも事実だ。  対等な存在として意見したいのなら、同じフィールドに上がるしかない。  なかなかの難問だ。  でも、正面からぶつかることはできなくても、違う側面からのアプローチで、『こういうのもいいよね』と表現することはできる。  まだ全然、うまくいってないけど。 「……とりあえず、フタナリの文化について勉強しようかなぁ」  決意表明のため、そんな内容のメッセージを楓に脈絡なく送ってみたら、三分後ぐらいに返信がきた。 『この間の遊園地デートの時の雪希さんもフタナリみたいな状態でしたよね。あれ、けっこう燃えました笑』  画面に表示された楓からのメッセージに、雪希は首をひねる。  遊園地デート……あの、雪希がサプライズ女装して行った時の話か。  フタナリとは、基本的には女性と男性の両方の性器を合わせ持つ人間のことを言うが、創作の世界においては、男性器がついた女の子を示すことがほとんどだ。  百合カップルに都合良くセックスさせるためのネタとして使われることが多い。  雪希は女の子ではないが、あの時は女の子の服を着て、無駄にでかい偽乳をつけていた。そして当然、男性器もついている。確かに形状だけ見れば、フタナリと呼んで差し支えないだろう。  いやでも、中身が男で、セックスの相手も男なら、ジャンル的には『男の娘』か……? (?????)  だんだんよくわからなくなってきた。  世の中には、いろんな性癖がある。  それはいい。  いいんだけど、あの爽やかな好青年に妙な性癖を植えつけてしまったんだとしたら、どう責任を取ればいいんだろう。  新たな悩みが、この日の雪希の頭の中を占領することとなった。  【第3章・完】

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