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《第4章》オタクはそれを沼と呼ぶ②
「は……っ、ぁ、う……も……だめ……っ」
「雪希さん、起きあがれます?」
へにゃっと脱力しそうになっている雪希の背中に腕を回して、引っ張り起こす。
膝の上に座らせると、雪希はぎゅっと抱きついてきた。
「ねむいけどきもちいいよぉ……」
とろけた声は酔っ払いのようにふにゃふにゃしている。
といっても、今は別に飲酒しているわけではない。
「すみません……徹夜明けに付き合わせて」
目の下の隈が痛々しい。
完徹したのは昨夜だけだが、その前からずっと寝不足の日々が続いていたことを知っている楓は、申し訳なく思いつつも、いやらしく腰を撫でる手を止められない。
「ん……いい、よ……あ、あおっちゃったの、ぼく、だし……ぼくもずっと、したかったから……」
腕だけじゃなく、ナカでもぎゅっとされて、下腹部が痛いぐらいに疼く。
いまだに、自分からはなかなか誘ってこない雪希だが、たまに、テンションがあがると、積極的にキスを求めてくることもある。
今朝がそうだった。
修羅場の末にようやく原稿を仕上げた雪希が、ハイになって、『ありがとう。間に合ったの、楓くんのおかげだよ。大好き。僕はもう、楓くんがいないと生きていけない……!』と感涙しながら抱きついてきたのだ。
複数の案件の締め切りが重なり、ここ二週間ぐらい、ろくに触れていないどころか、キスすらままならなかった楓には、強烈すぎるご褒美だった。
それでも最初は、キスだけにするつもりだった。
勢いで舌を入れてしまったのは仕方ないにしても、気がすむまでキスしたら、ちゃんとベッドに寝かせて、風呂に入れて、温かいご飯を食べさせて、そのあとでいちゃいちゃするという、実に紳士的なプランを脳内で予定していた。
なのに、気づいたら服を脱がせて、夢中で胸にキスをしていた。
お風呂入ってなくて汚いから、とごねながらも、昂ぶらせた下腹部を脚に擦りつけてきた雪希に、なにもせず寝かせるという選択肢は消失していて、体中に愛撫をほどこした。
「髪……少し癖がもどってきましたね……」
髪に指を絡めながら囁く。
雪希が縮毛矯正をかけてから約三ヵ月が経過していた。
一時期はさらさらストレートで、短めのマッシュルームカットだった頭は、また伸び気味のくせっ毛に戻りつつあった。
「しゅくもう……またかけにいったほうがいいかな……?」
「あれも可愛かったですが、オレ、雪希さんのふわふわの髪、気に入ってたので、そのままでいいですよ。寝癖なら、オレが毎日直してあげますし……」
言いながら、つい、雪希が弱いところを強めに抉ってしまう。
「あ……そこ……きもちい……すき、すき……あ……っ」
なんだろう。いつもよりも声が甘ったるい気がする。それに、やたらと好き好き言ってくれる。
もしかして、さっき仕上げた漫画のラストのページが感動のラブシーンだったから、そういうテンションになってしまったんだろうか。
感化されやすい雪希のことだ。じゅうぶんにあり得る。
「雪希さん……いっかいだけじゃおさまんなくなりそうなので、それ以上、煽らないでください……」
雪希に付き合って徹夜で作業していた楓も寝不足だ。
そのせいか、頭がふわふわして、いつもよりも理性がゆるくなっているのを感じる。
「え……にかいめとかさんかいめ、してくれないの……? こんなにかえでくんがほしくてたまらないのに……?」
夢見心地のとろけた目が、うわごとのように拙い発音で、おそろしい殺し文句を吐き出す。
「……っ、ゆき、さん……っ」
加減しつつも下から小刻みに突き上げる動きを繰り返していた楓だが、とうとう我慢できなくなって、細腰を鷲づかみにすると、持ち上げて、勢いよく落とす。タイミングを合わせて腰を突き上げれば、肉と肉がぶつかりあうような激しい行為になった。
同じことを何度か繰り返すと、眉根を寄せた雪希が肩までぶるぶる震わせながら達する。
二人の腹の間に、白濁が飛び散った。
「……こんなことまでされて……まだ足りないですか?」
雪希を腰に乗せたまま楓が仰向けになると、騎乗位の格好になった雪希が、ぼんやりと見下ろしてくる。
「……うごいていいの……?」
「動いてくれるんですか?」
「……こう?」
慣れない様子で戸惑いながらも、雪希は膝を立てて大きく脚を開く。
楓の方からだと、接合部分も、濡れた雪希の陰茎も丸見えだ。視覚的刺激がすごい。
そのまま、前後に腰を動かされると、搾り取られるような圧迫感があって、楓は思わず喉を鳴らす。
「あ、それ、やばい、です……」
「ほんと?」
上擦った声をあげる楓の反応に気をよくした様子で、雪希は色っぽく微笑んできた。
「雪希さん……最近すっかり、えっちに慣れた感じですよね」
数ヶ月前まで、キスすら経験したことがなかった人だなんて嘘みたいだ。
「ん……かえでくんがいつも、きもちよくしてくれるから……」
――誰にとっても、触れる価値がない、と思われてきた人間だからだよ。
はじめて雪希に触れた日、そう言われたことを不意に思い出した。
恋愛をテーマにした漫画をずっと描いてきたくせに、自分は誰とも恋愛できないと思い込んでいたのだ、この人は。
そういう、どうしようもないくらい怖がりで不器用なところも可愛いと思ってきたけど、最近は少しずつ愛されることに慣れてきている様子が、たまらなく、愛しい、と思う。
「雪希さんのこと、愛してますからね。気持ちよくなってくれて嬉しいです」
頬を優しく撫でると、引き寄せられるように唇が重なってくる。
あたたかくて、甘い口づけだった。
息継ぎは相変わらず下手くそだけど、そんなところも可愛い。
「すごい。フィクションじゃないんだよね、これ」
唇を離すと、雪希ははにかんだようにふにゃっと笑った。
「ちゃんと、現実ですよ。もっと確かめてください」
「ん……」
再び唇が重なる。
頬に、涙のしずくがパタパタと落ちてきた。
「どうしよ……しあわせすぎる……死亡フラグかも……」
雪希らしい発想に、楓は笑った。
「結婚フラグかもしれませんよ」
もし本当に結婚したら、秋吉雪希になるのか。
語呂はいまいちだが、字面的にはなかなか風情がある名前だと思う。
(……そういえば)
はじめてこの人の名前を――星宮雪希という名前を目にした時、絶対に手が届かない存在なんだろうな、と絶望的な直感を突きつけられたことを思い出した。
その人がいまや、自分に抱かれて、快感と幸福感に包まれながら涙を流してるんだから、人生とはなにがあるかわからないものだ。
ノンフィクションにしてはずいぶん都合がよくて、運命的。
自分の手で宇宙を描くことはできなかったけど、いま自分の手の中に宇宙がある。
そんな気分だ。
らしくもない叙情的な考えが浮かんできたのは、すっかり雪希に感化されてきたせいかもしれない。
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