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《第4章》オタクはそれを沼と呼ぶ③

「あ、言い忘れてましたけどオレ、有給取れたんで、明日も休みになったんです。どこか行きたい場所とかありますか?」 「有給……いいな。僕も有給ほしい……」 「? 雪希さんはいつも有給みたいなもんじゃないですか?」 「フリーランスのクリエーターなんて、365日休みなしみたいなもんだよ。気分的に……」  寝て起きてだらだらしていたら、あっという間に夕方になっていた。  変な時間に寝たせいか、雪希はまだだるそうに、ベッドに腰掛ける楓の腰に抱きつきながら寝転がっている。 「行きたい場所、いろいろあるけど、出かける気力が起きない……どうしよ……」 「そういえば明日って……」  ふとあることを思い出した楓は、記憶違いでないことを確認するため、スマホを取り出し、検索をかけようとした。  しかし、文字を入力する前に画面が電話通知モードに切り替わる。  表示されている名前は、めったなことでは楓に連絡を寄越さない人物のもので、つい、出るかどうか躊躇ってしまう。  気づいた雪希がもぞりと顔を上げた。 「ん? 出ないの?」 「ええ……まぁ……」 「仕事じゃないの?」 「違いますね」 「もしかして、浮気相手だってりして。……なーんちゃって。はは……」  冗談だとはわかったが、思い込みの激しい雪希のことだ。曖昧な受け答えをすれば誤解されかねない、と危機感を覚えて、慌てて画面を雪希に見せる。 「違います。弟ですから」  画面には、『秋吉大吾(あきよしだいご)』という名前が表示されていた。 「弟くんなら、早く出てあげなよ」 「……はい」  その通りだった。  楓はやむなく、受話ボタンをタップする。 「……もしもし、久しぶり。……え…………明日? えーと……」  なんとなく、電話に出る前から厄介事の予感はしていたが、予想外の相談に、楓は視線をさまよわせる。  さっきまでの眠そうな顔はどこへやら、好奇心で目を爛々とさせた雪希と目が合った。 「……雪希さん、すみません、明日の花火大会を見に、弟がこっちにくるらしいんですが、終わったあと、ここに泊めてほしいそうなんです。……どうします?」  マイクのあたりを手で押さえながら、楓はおそるおそる問いかけた。 「えっ! 楓くんの弟!? 見たい!」  弟がいることは前になんとなく話したことがあるはずだが、普段まったく弟の話をしない楓に、好奇心を抑えきれなかったのだろう。予想以上にテンションの高い反応が返ってきた。 「……その、弟の友達も一人、一緒に連れてきたいみたいですが、大丈夫ですか?」  やけに慎重そうな楓の問いかけに、雪希はハッとした顔になる。 「そ、そっか……楓くんの同居人がこんなキモオタだってバレたらまずいよね。僕、明日は家にいない方がいいかな!?」 「あ、いえ、その、弟の友達も、絵を描く趣味があるみたいなんで、多分大丈夫かと」 「えっ、じゃあもしかして、漫画とかアニメが好きだったりするかな!? ど、どういうジャンルがご趣味で……?」 「いえ、そこまではちょっと……。とりあえず、OKしときますね」  面倒なことになったと思いつつ、楓は電話口の弟にようやく返事をする。 「そっかぁ。ここの近くの海岸の花火大会って、明日なんだっけ。いいなぁ。家の窓からは……さすがに見えないよね」  再び寝転がった雪希が独り言をぼやくのが聞こえてきた。 「……明日、やっぱり、こっちに着いたらいったん、着替えとか荷物置きにきなよ。なんなら、お昼ご飯一緒に食べてもいいし」  電話の向こうの弟に、楓は予定の訂正を申し入れた。  ひととおりの打ち合わせを終わらせて、電話を切ってから、楓はにこりと微笑みかけた。 「雪希さん、お疲れのところ申し訳ありませんが、明日はオレに付き合ってください。花火大会に行きましょう」

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