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《第4章》オタクはそれを沼と呼ぶ⑧
土曜日、それも花火大会当日というだけあって、駅前は人でごったがえしていた。
「雪希さん、大丈夫ですか? 気分悪くなったらすぐに言ってくださいね」
本格的な夏はまだこれからとはいえ、すでに気温は相当高い。
人が多いところも、暑いのも苦手な雪希は、すっかり顔色が悪くなっている。
「やばい。暑すぎる……とけちゃいそぉ……」
「……雪希さん、それ、外で言っちゃダメですよ」
本人にそのつもりはないのだろうが、顔も赤いし、汗ばんでいるし、相当エロい。
誰が見ているかもわからない場所だし、何よりそばにいる自分がムラっとしてしまうのでやめてほしい。
「ごめん……悪いんだけど、腕に掴まっててもいい? さっきから何度も人にぶつかりそうになってて……」
「もちろん。逆に暑苦しいかもしれませんが、エスコートしますよ」
腰を抱くと、雪希はおとなしく寄り添ってきた。
いつもは人目を気にして、外だとあんまりくっつこうとしないのに。
楓としては、完全に役得だった。
昼食をすませた一行は、この近辺でもっとも有名な神社に向かって歩いていた。
高校生二人が、行きたいと言い出したためだ。
いま歩いているのは、土産物屋や飲食店が軒を連ねる商店街のような通りなのだが、参道よりもむしろこっちの方が混んでいる気がする。
外国人観光客も多く、あちこちから異国の言葉が聞こえてきた。
「家にお土産買って帰りたいんですが、おすすめってあります?」
前を歩く高校生二人が振り返って聞いてきた。
「それなら、大通りの方にあるサブレの店が定番かな」
答えながら、他になにかあるか、と雪希に視線で問う。
「神社の目の前にあるクルミのお菓子の店も人気だよ。でも、いつも開店前から列ができてて、売り切れが早いんだよね」
「雪希さん、あれ好きですよね」
「パッケージがさぁ、可愛いんだよね。あと、意外とお腹にたまって、修羅場中に食べるのにちょうどいい……」
「へぇー、あとで覗いてみてもいいですか?」
「オレはあの焼きせんべい食べたい」
香ばしい醤油の匂いにつられた様子で、大吾の目線はせんべい屋に吸い寄せられている。
店先でせんべいを焼いている店なのだ。
「いいね! オレも食べたい」
すぐに太一が同調する。
「雪希さん、せんべい食べます?」
「僕はどっちかっていうと、あっちのソフトクリームの方がいいかなぁ……」
雪希は暑くて限界、という顔だ。
「大吾、ほら」
弟に小遣いを渡して、二人でせんべいを買ってくるよう促す。
楓はもちろん、雪希と二人でソフトクリームを食べに行くつもりだった。
「雪希さん、これ、ひんやりシートです。よかったら使ってください」
すっかり雪希に懐いた太一は、鞄から小袋を取り出して、雪希に手渡している。
「ありがと……」
袋を開けると、大判のボディシートが出てきた。
汗が伝う首筋を、雪希はシートでぬぐう。
すると、太一が急に「あ」と声をあげて焦った顔になった。
「ん?」
雪希が怪訝そうな顔をする。
「あ、えと、なんでもないです……」
明らかに不自然なごまかし方をする太一を不審に思った雪希が、楓に視線で問いかけてくる。
「すみません」
理由がわかった楓はすぐに謝罪し、雪希の耳元に唇を寄せた。
「キスマークつけちゃったんで、シャツの首元はあんまりめくらない方が……」
「……っ」
わかりやすく動揺した様子の雪希が、掌で首筋を覆う。
「楓くん……っ」
小声でなじられた。かわいい。でも今は、微笑んでいる場合ではない。
「ごめんなさい。わざとじゃないです。つい、強く吸いすぎちゃいました」
さっき、雪希の作業部屋で首筋にキスをした時につけてしまったものだった。
ギリギリ襟元で隠れる位置だったため、雪希は今まで気づいていなかったらしい。
「もう……」
呆れているけど照れている。そして、まんざらでもなさそうだ。雪希はこういう時、無自覚に男を煽るのがとても上手い。
つい、場所もわきまえずに、またしてもムラッとしてしまいそうになった。
「キスマークって、そんな簡単につくものなの?」
空気の読めない弟が、また急にとんでもないことを言い出した。
息を呑む雪希の横で、楓は少々、意地の悪い笑みを浮かべる。
「太一くんにお願いして、試させてもらったら?」
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