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《第4章》オタクはそれを沼と呼ぶ⑨

「あの二人って、やっぱりそういう感じなの?」  紫芋のソフトクリームを舐めながら、隣に座る雪希が、こそこそと話しかけてきた。  運良くベンチが空いて、二人で座ることができたのだ。 「さぁ……? わかりませんけど、大吾の今までの友達とは全然違うタイプなので、特別ななにかがありそうな気はしますね」  せんべいの列に並びに行った高校生二人とは現在、別行動になっている。  確信はない。ただ、なんとなくだが、自分と雪希が付き合っていると知ったあたりから、太一の方がそわそわし出した気がする。 「太一くん、すっごい美少年だよねー。いい子だし。あれなら好きになっちゃうかも」 「大吾は別に面食いではないと思いますが……見ての通り、誤解されやすいやつなので、敵意はないのに敵を作ることが昔から多くて……そのあたり、太一くんなら理解してくれそうで居心地いい、とかはありそうですね」 「へー。そう考えると、大吾くんに親近感がわくなぁ」 「あいつにですか?」 「僕も、敵意はないのに敵を作ることが多くて、いつも楓くんに慰めてもらってたから」  SNSで極端な発言をして、たびたび炎上まがいの騒動に発展させてしまった過去のことを言っているんだろう。  大吾のパターンとはちょっと違う気がするが、事実だけ見ればまぁ……似てなくはないかもしれない。  しかし、あの無愛想で得体の知れない弟に共感されるのも複雑な心境だ。 「雪希さん、こっちも食べてみます?」  楓が食べているのは、紫芋とバニラが半々になったソフトクリームだ。  差し出すと、雪希は目を輝かせる。 「いいの? バニラけっこう好きだから、そっちも気になってたんだよね」 「そう思ってこれ選びました」 「えへへ、ありがとう」  はにかんだように笑う雪希と、それぞれのソフトクリームを交換した。 「……おいしい! バニラと紫芋って合うんだねー」  ところで、雪希はアイスをかじるよりも舐める派だ。さっきから、小さい舌がチロチロ見えて、気になってしょうがない。  視線に気づいた雪希が、慌てて、舐めたところをかじる。 「ごめん。行儀悪かったね。いつも親にも怒られてたんだけど、つい……」 「いえ、大丈夫ですよ。オレから見れば可愛いだけなんで。でも、暑くてとけてきたので、そろそろ早めに食べちゃった方がいいかもです」 「だねー」  お互いのソフトクリームを交換し直す。  かじって食べるタイプの楓の方が減りが早いのは明らかだった。 「真夏のソフトクリームって、なんでこんなに儚いんだろ」 「儚いからおいしいんじゃないですか?」  先に食べ終わった楓は、ハンカチを出して、雪希の膝にたれた、とけたアイスの雫を拭く。 「ごめん」 「手もべとべとですね」 「うう、もっとゆっくり食べたかったのにぃ……暑すぎる」  ようやく食べ終わった雪希は、最後に自分の指を舐めている。  かわりに舐めてやりたい衝動をこらえながら、鞄からウェットシートを出して拭いてやる。 「……ありがと」  このぐらいの世話なら、慣れたものだ。 「雪希さん、顔にも」  そっちは我慢しきれなかった。  唇の横についたアイスの名残に、顔を寄せてぺろりと舐める。  びくっと雪希の肩が跳ねた。  ついでに言うと、近くにいた女性客二人組が、揃って息を呑んで口元を押さえている様子が視界の端に映ったが、そちらは無視する。 「かかかかかかえでくんっ!?」 「すみません。おいしそうだったもんで、つい」  にこにこしながら楓は謝罪する。 「は、恥ずかしいからもう行こ……」  あちらこちらから視線を感じる。目撃者は、あの女性二人組以外にもいたらしい。 「今の見たー?」 「かわいいカップルだったねー」 「ねー」  背中越しに、きゃっきゃと言い合う声まで聞こえてくる。 「可愛いって言われてましたよ、雪希さん」 「いや、僕が可愛いって話じゃないと思うから!」 「そうですか? 雪希さんは可愛いですよ」  さっきまでよろよろと歩いていたとは思えない早足で、雪希はどんどん先を進んでいく。  そして、大吾と太一が手を振ってるのが見えてきたところで足をゆるめ、振り返ってきた。 「……あのね、楓くん、ここ、観光地だけど、僕たちにとっては地元なんだよ? 楓くんの同僚とか、勤務先のお客さんとかに見られてたらどうすんの?」  楓は本屋の店員をやっている。確かに、この雑踏の中に知り合いの一人や二人がいてもおかしくはない。  雪希にしてはごくまっとうな正論だ。 「……すみません。外でデートできるの久々で、浮かれてました」  別に知り合いに見られたって問題ないし、なんなら自慢したいくらいだけど、らしくもなく浮かれていたことを自覚し、楓は反省した。  雪希は若干気まずそうに視線をはずす。 「……浮かれてたんだ……かわいいね……」  顔が赤いのは、暑さのせいだけではないはずだ。  かわいいのはあなたの方だよ、と言ってやりたくなる。  以前の雪希だったら、『こんなモブ顔のキモオタとデートして楽しいなんて、どうかしてるよ』と、信じられないものを見るような目で断言していたはずだ。  可愛いと言っても否定されることが多いのは相変わらずだけど、自分を貶める癖が少しはマシになったみたいで、嬉しい。  勢いをつけて隣に並ぶと、楓は雪希の手を取った。 「そうですよ。オレ、かわいい年下の男の子なんで、もっと可愛がってください」 「それ、自分で言う……?」 「あはは、こういうキャラは好みじゃないですか?」 「いや、けっこう好きかも。新たな性癖の扉が開かれそう」  ふざけたことを言い合っているうちに、高校生二人と合流していた。 「おせんべい、すごく美味しかったので、お土産用も買っちゃいました。これ、お二人に!」 「えー、いいの? ありがとう。僕たちもあとでなんか買ってあげるねー」  太一から差し出された袋を雪希が受け取り、すかさず手を出した楓が持つことになった。  少し歩くと、今度は別の店が気になったようで、太一が「あっ」と声をあげる。 「すみません! また寄り道になっちゃうんですけど、ちょっとだけここに寄ってもいいですか!?」 「いいよー」  石をメインに置いてある店だった。  あらゆる種類の天然石が、無加工のまま置いてあったり、アクセサリーになっていたりする。 「十二月の誕生石といえばタンザナイトかジルコンかラピスラズリかトルコ石あたりなんだけど、どれが一番、仕事運と開運にいいと思う……?」  売り場の石と、説明のPOPを交互に見比べる雪希の眼差しは真剣そのものだった。  そういえばこの人、パワーストーンとかパワーなんちゃらとかが好きなんだった。  ちなみに十二月というのは、雪希の生まれ月だった。  正確な日付は、12月26日。クリスマスの翌日に生まれたせいで、子供の頃からずっと、ケーキもプレゼントもクリスマスの分と一緒にされていた、と嘆いていたのを思い出す。 「石の効果とか、よくわかんないですし、なにか特別な力があるというなら、誕生石じゃなくても効果はあるはずですし、好きな色のやつを選べばいいんじゃないですか?」 「楓くんは石とかにあんまり興味がない感じ?」 「うーん、そうですねぇ。宝石とかは普通に、綺麗だとは思いますが」  雪希に似合う宝石のアクセサリーなら選んでやりたいところだが、パワーストーンの効果については詳しくないので、あまり役に立つアドバイスはできそうにない。 「小さい頃、近所で拾った石ころに飛光石の模様を描き込んで、呪文を唱えたりしなかった?」 「すみません……ひこうせき? ってなんでしたっけ?」  アニメのネタだということは察しがついたが、最近雪希が見ているアニメ以外はあまり把握していないので、わからなかった。 「青くて綺麗な石で、人や物質を宙に浮かせることができる、特別な力を持ってるんだよ。作中では王家の子孫の証にもなってて……」 「なるほど。夢がありますねぇ」  まだまだ続く雪希の説明を聞きながら、楓は、台の上に並ぶ青い石を眺めた。  偶然かもしれないが、雪希の誕生石は、青い石が多い。  どれが一番似合うだろう。いっそのこと、複数の種類の石が数珠のように連なったブレスレットを買えばいいんじゃないか、と考えながら、楓はふとあることを思いついた。 「雪希さん、お揃いのブレスレット買いましょう。これなら、外でつけてても違和感ないですよね?」 「え?」 「ほら、ペアリングとかペアネックレスとか買いませんか? って前に聞いた時、『そういう、いかにもカップルっぽいのは、一緒にはつけられないでしょ』って断られましたけど、これならいいんじゃないですか?」  雪希は眉根を寄せ、真剣に考え込む顔になった。 「……そう、かな……?」 「パワーストーンの効果もあって、一石二鳥じゃないですか。なんなら、ちょっとだけ色違いにするとかでもいいですし。……ほらこれなんて、雪希さんの誕生石とオレの誕生石が両方入ってますよ」  楓は十月生まれで、掲示されているPOPによると、十月の誕生石はオパールとトルマリンらしい。  同じ種類の誕生石でも色の種類が豊富だし、組み合わせにバリエーションがあっておもしろい。 「でも、ちょっと高いよね」 「二万円のフィギュアを躊躇なく予約する人がなに言ってるんですか。ていうか、オレが買ってあげるつもりですし」 「フィギュアに値段とか関係ないから。大事なのはポージングと衣装とクオリティだから」 「わかりました。勉強になります。十万円ぐらいするダイヤモンドの婚約指輪じゃなくて申し訳ありませんが、お揃いのブレスレットでよければ買わせていただけますか?」 「……最近の楓くん、ちょっと圧が強くない?」 「なにやってんの?」  二階のフロアを見に行っていたはずの大吾と太一が戻ってきた。  二人の手には、会計済みの商品が入っていると思われる紙の小袋がある。 「悪い。まだブレスレット選んでて……なにか買ったのか?」 「うん。勾玉のネックレス買った。お揃いで」  大吾の答えに、楓は勢いよく雪希を振り返る。 「ほら、雪希さん……!」  別に張り合うつもりなんてないけど、高校生に先を越されてしまっている。 「わかったってー。じゃあ、楓くんが選んでよ。僕が選ぶとなると、あと三十分以上はかかりそうだからさ」 「いいですよ。どうしても入れてほしい石ってあります?」 「んー、黒曜石かなー」 「誕生石じゃないですよね、それ」 「だって推しが、『黒曜石の瞳』って言われてるんだもん」  雪希は真顔で、目も本気だった。オタクとしての本能に目覚めた時の顔だ。 「なんでいま推しの話がでてくるんですか。雪希さんいつも、『百合の間に挟まる男は許さない』って言ってますよね? カップルの間に挟まる推しは許せるんですか?」 「推しは人生の一部だから」 「…………」  じゃあオレはあなたのなんなんですか、と言いたくなったが、こらえた。買い物中にいきなりそんな重いことを言い出す男はウザすぎる、という理性がまだ残っていたから。 「あ、オレら、黒曜石の勾玉のネックレス買ってきたよ。雪希さんも買う?」  悪意のない淡々とした口調で大吾が言い出した。  それには、さすがの雪希も顔色を変える。 「いや、なんか邪魔してるみたいで悪いよ!」 「邪魔?」  意味がわかっていないらしい大吾の横で、太一が苦笑している。 「ほら雪希さん、このラピスラズリとトルマリンのブレスレットはどうですか? ホタルガラスも入ってて綺麗ですよ」 「あ、う……ほんとだ。綺麗……」 「黒曜石なら、一粒タイプのピアスの方が『瞳』っぽくていいんじゃないですか?」 「いや、僕の耳、ピアスホールあいてないけど……」 「オレがあけてあげますよ」  爽やかににっこり微笑んだつもりだったが、「こわ……」と大吾が呟く声が聞こえてきた。

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