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第6話 山崎さんの事情

 次の日もその次の日も、山崎さんは俺が寝ている間に仕事に出かけ、コンビ二弁当を買って帰ってきた。俺は鍵とキャッシュカードが本当に使えるのか確認するために家を出て…本当に使えることが分かった後、お金があっても行くあてがないことを思い知って…山崎さんの家に戻ってきていた。  アパートは6畳の襖で仕切られた畳の部屋がひとつと、ダイニングと言っていいのかわからないけど、キッチンというか台所と一つになった6畳のフローリングの部屋と、今どき珍しい追い炊き式のお風呂と脱衣所とトイレ。それだけだった。 「すまんな、狭くて。ここしかないねん」  山崎さんはそう言いながら襖で仕切られた6畳の部屋を俺に使わせてくれて、本人はダイニングで寝起きしていた。  ただ部屋は別でも間には襖だけ。いつだって襲いかかれる状況にあるのに、あれから5日が経っても山崎さんは襲ってこなかった。どういうつもりなんだろう。  夕食を食べながら学校の下見の話とか、自分の仕事の話とか、休みの日に日用品を買いに行こうとか、本当に何でもない話をして、俺はシャワーを浴びて部屋に入って寝る。 「おやすみなさい」  コップに注いだ日本酒を飲む山崎さんの背中に声をかける。 「ああ、おやすみ」  山崎さんは振り向きもせず、うつむいたまま答える。そんな毎日だった。  俺は…ヤるなら早くヤって欲しかった。そうしないと山崎さんから預かったお金を使えない。だって、代価を払ってないんだから。 「俺は、そういうのよう知らんから、自分で探して学費が足りんかったらゆうて」  コンビ二弁当をつつきながらそう言われるけど、先にけじめをつけたかった。だから思い切って自分から切り出すことにした。 「あの…」 「何や?」  いつも通り日本酒を飲んでいる山崎さんの正面に座った。 「今日、抱いて下さい」 「はあ?」 「ヤるんなら、ひとおもいにヤって下さい」 「…殺せって?」 「違います。俺としたくて引き取ったんでしょう?」 「何を?」 「だから、セックスです!」  イラっとした俺は、はっきり言った。 「俺が由羅と?」 「はい」 「う~ん…どうしてもって言われたら、できへんこともないんやろうけど…そっちの趣味はないからな…」 「じゃあ、どうして俺を引き取ったんですか?!」 「マスターに聞いてないん?」 「俺が専門学校に行けるようにって…」 「そうやけど?」 「見ず知らずの人が、そんなことしてくれるわけないじゃないですか?!無償で、いや、お金を出してまで俺を引き取った理由があるんでしょう?」 「…確かに…怪しまれるわな。気持ち分かるわ」  山崎さんはコップをおいて俺に向き直った。 「俺は夢を追ってた。その夢をつかみかけた時、事情があって全部崩れてもた。せやから、あんたみたいに夢を追えそうな人を助けたかったんや。いわゆる代理満足やな」 「夢って?」 「ボクサー」  そう言われると、髪も短いし筋肉質で引き締まっていてボクサーっぽい。だけど、そんな理由で300万円も他人のために使えるだろうか? 「俺、東京に来て4年になるねんけど、金貯めても使い道ないねん。今の親方に拾われて働いてるけど、仕事以外やることないし、希望もない。変なことに使うより、代理満足した方がええやろ?」 「広い家に引っ越すとか、車を買い替えるとか、色々あるじゃないですか」 「今のままでも不便してへんし…何か、どうでもええっていうか…全部どうでもええねん」  少し強い口調で“どうでもいい”という山崎さん。どうでもいい…それを言うなら俺の方がどうでもいいんだけど… 「由羅は事情があって夢を追えへんらしいけど、目に力があるなと思って。人生、もうどうでもええって思ってたけど、最後にかけてみるのも悪くないなと思っただけやから。プレッシャーとかいらんから、やりたいことやってみ」  諦めたような目つきのこの人は…俺のことより、自分のことを考えた方がいい気がする。 「さっきも言うたけど、由羅の体に興味ないから。どうしても抱いてくれっていうなら、どうすんのか教えてくれれば、何とかやってみるけど」 「いや、俺は…」 「抱かれたいんか?」 「いえ、全然。ただ、誤解していただけです。俺も男に興味ないです」 「ほんなら、ええやん。養成所やっけ?早めに探して入った方がええで」 「分かりました…ありがとうございます」 「明日休みやから、日用品買いに行こな。おやすみ」 「はい…おやすみなさい…」  山崎さんが俺の体に興味がないのはわかった。だけど、まだ納得できない。“代理満足”、“最後にかけてみる”と言われても、そんなウマい話あるわけないと思ってしまう。  それより何より、山崎さんの哀愁漂う表情が気になった。“どうでもいい”そう言っていた。何の感情もこもらない山崎さんの目がどうしても気になった。

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