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第10話 玄太の過去
玄太と同じ部屋で寝るようになってから、由羅は気づいた。玄太は度々うなされる。そして時々“うわっ!”と叫んで飛び起きる。
「うわぁ!」
玄太の叫び声に由羅も目を覚ました。
「玄さん?」
大きな肩を上下させハアハアと息を乱している。
「大丈夫?うわっ!」
肩に触れた由羅の手が思い切り振り払われた。
「す、すまん…」
玄太の目に正気の色が戻った。
「玄さん、前から聞こうと思ってたんだけど」
玄太の前に正座し、真剣な目で見つめながら由羅が口を開いた。
「どんな夢みてうなされてるの?」
「何でもない」
「何でもない人が、こんなに何度もうなされないでしょ?俺じゃ役に立たないだろうけど…話せば楽になるかもしれないし…俺…誰に言わないよ」
玄太の両手を取ってギュッと握る。
「お願い。話して」
ためらっていた玄太が重い口を開いた。
玄太は高校に入った頃、ボクシングを始めた。そのジムには1歳年上のオーナーの息子もいて、競うようにボクシングに打ち込んだ。二人は兄弟のように仲がよかったし、オーナーの娘とは恋人になり充実した高校生活を送っていた。
そしてオーナーの息子のデビュー戦で、相手として自分が選ばれた。外部からの評価でも自分に分があると思われたが、“デビュー戦だから頼む”と、オーナーに言外で負けてくれと言われていた。それを知ったオーナーの息子には“絶対に手を抜くな”と念を押され…リングに上がり、戸惑っているうちに試合に熱中してしまい…KOを食らわせてしまった。
そこまでなら、オーナーの嫌味だけですんだかもしれない。ところが打ち所が悪かったオーナーの息子は、突然の頭痛を訴え、そのまま帰らぬ人となってしまった。
その後、待っていたのはオーナーとその娘の罵倒。そして周囲の冷たい視線。結局、日に日に落ち込んでいく玄太を見かねた母親が高校を中退させ、父の知り合いの親方に頼んで今の職場に就職させてもらい今に至る。
虚ろな表情で過去を語った玄太が、最後にぼそっと言った。
「…俺…人殺しやねん…」
「なに言ってんだよ!そういうの人殺しって言わないだろう!試合だったんだから。相手も本気出せって言ってたんだから!!」
「ええ先輩やったのに…あの時、俺が反撃したから…」
「ボクサーって、そういうの覚悟してるんだろう?玄さんだって、覚悟してたんだろう?相手の人は玄さんのこと責めてないよ。納得してるよ!」
「それでも…俺が殺したことに違いない」
「なにバカなこと言ってんだよ!!」
由羅が泣きながら玄太の肩をつかんで力いっぱい揺すった。
「しっかりしろよ!事故っていうんだよ!そういうのは事故っていうんだよ!!」
「由羅…」
「俺…自分を責める玄さんの気持ちは分かる。だけど他の人が玄さんを責めたのが許せない。何で事故だって言ってあげなかったのか…恋人まで玄さんを罵ったなんて…事故だったのに…亡くなった先輩の分まで、玄さん、頑張れたのに…」
玄太の肩をつかんだままの由羅が嗚咽をもらす。
「由羅…」
「玄さんは悪くないのに…全然悪くないのに…」
両手で顔を覆い、全身を震わせながら泣く由羅を玄太が抱きしめた。
「ありがとう…ありがとう…」
玄太の瞳からも次々と涙が零れ落ちた。
「由羅?」
しばらく抱き合った後、優しく髪をなでていた玄太が由羅の顔を覗き込んだ。
「ごめん。泣きたいのは玄さんの方なのに…」
「俺も泣かせてもらったで。それに…由羅が俺のために泣いてくれたから…かなりすっきりした」
「…ほんとに?」
「おお。ありがとう」
「よかった。これでうなされなくなるとは思えないけど…少しは楽になった?」
「ああ」
「よかった」
幸せそうにフワッと微笑む由羅に玄太は不安を覚える。
「そやけど…俺と暮らすの怖くなったやろ?」
「何で?」
「俺は…殺人犯やで。いつでもおまえを殺せる」
“バシッ”と由羅が思い切り玄太の頭を叩いた。
「痛っ、何すんねん!」
「なに聞いてたんだよ!事故だって言ってんだろ!事故だよ、事故!」
玄太の耳元で由羅が怒鳴る。
「鼓膜、破れるやろ!」
「わからずやの鼓膜なんか破れちゃえ!」
「怖いこというなぁ…それでも…こんな細い首…すぐ絞めれるで」
玄太が真剣な目で由羅の細い首をつかんだ。
「殺す気あるの?いいよ、それなら」
由羅も真剣な目で玄太を見つめながら微笑んだ。
「いいよ。玄さんになら殺されても。いつでもどうぞ」
「おまえなぁ…」
深いため息をついた玄太が腕を下ろす。
「自分を大事にせえよ」
「してるよ。だから、玄さんになら殺されてもいい。殺す気あるの?」
「あるわけないやろ」
「だと思った」
フフッと微笑む由羅を見ながら…玄太は、もう一つ告白しなければならないことを思い出した。
「俺な…薬もやったことあるねん」
「麻薬?」
「ああ…何回かしてやってへんから…由羅がうちに来てくれるって聞いてやめたけど…」
「マスターが言ってた薬ってそのことか…」
「え?」
「マスターは気づいてたみたい」
「そうか…」
「それでも大丈夫そうだって言ってたし…もうやめてるならいいんじゃない?」
「また、手を出すかもしれへんで?」
「それってやめるのにすごい意志がいるんでしょ?意志の強い玄さんがまた手を出すことはないよ。それに、マスターが大丈夫って言ったら大丈夫なんだ」
「えらい信頼しとうな」
玄太の胸がチリッと痛む。
「何でもわかっちゃうんだ。俺が年齢詐称してたのもすぐ気づいたし。あのお客さんヤバいとかもすぐわかるし。付き合ってるのとか、浮気してるとか、ケンカしてるとか全部わかるんだよ」
「占い師にでもなった方がええんちゃう?」
「俺は検事になった方がいいと思うんだけどな。まあ、マスターの話はいいから、もう寝よう。明日、仕事でしょ」
「そうやった…忘れとった…」
二人は各自の布団に入り電気を消した。
「玄さん、手は?」
由羅の手が玄太の布団に入り、そっと手を握った。
「こうして眠れば、うなされないよ」
「そうやな」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
その後、玄太はうなされることがなくなった。
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