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第11話 20年ぶりの再会?
環境に慣れた由羅はアルバイトを探そうと思った。ところが“まずは学校やろ。授業のない時間にやるんがバイトや”と玄太に言われ、さっそく学校を探すことにした。
正直なところ、由羅はミュージシャンという職業をよく知らなかったし、自分が本当になりたいのかも分からなかった。ただ兄が残したギターだけが心支えだったから、漠然と夢はミュージシャンと思っただけ。そのギターも伯母に怒鳴られるのが怖くて、ほとんど弾いたことがなかったし、歌もほとんど歌ったことがない。
それでも何かきっかけが必要だと思った由羅は、とりあえず都内の養成所をまわってみることにした。
学費って高いんだな…
養成所をひと通り見て回った由羅は、アゼリアに向かいながらため息をついた。養成所など行かなくてもミュージシャンになった人はたくさんいるだろう。だけど音楽の何たるかも知らない自分は基礎から学ばなくてはならない。できるだけ安いところを探すか、奨学金でも借りよう。そう思いながら、由羅は人通りの多い道を横切った。
アゼリアの前に着き、4時半だから誰かいるはずと思いそっとドアを開ける。
「由羅君!」
店の中にはマスターと、由羅と入れ替わりで入ったマコト君がいた。
「お久しぶりです」
頭を下げた由羅をマスターが抱きしめた。
「元気そうだね」
「はい。マスターも」
「まあ、座って」
ソファーに座った由羅に、マコト君がコーヒーを入れてくれた。
「仕事慣れた?」
「うん。ノブちゃんもいるし、マスターも助けてくれるから」
笑顔でそう答えたマコト君はカウンターで準備を始めた。
「山崎さんが何度か来てくれたけど、やっぱり本人の顔を見ないとね」
「すみません、もう少し早く来ればよかったんですけど…」
「いいんだよ。すぐに電話くれたでしょ。あれで無事だなってわかったから」
「あんな素敵な人に見初められて…羨ましい」
カウンターからマコト君が口を挟む。
「肉体関係はまだって聞いたけど…ホント?」
「うん。まだっていうか…山崎さんも俺もそのつもりないから…」
「うそ…もったいない。あの腕に抱かれたくないの?」
「え…うん…」
「そういう約束だもんね」
「はい…」
「じゃあ、体目当てでもなく身請けしてくれるなんて…」
「ちょっと、身請けって…」
「ありがたいと思ってます。山崎さんは…俺の救世主です」
「いいな…僕にも現れないかな…」
「しゃべってないで、手を動かしなさい」
マスターにそう言われたマコト君は、開店準備のためにしぶしぶ店の外に出て行った。
「由羅君と山崎さんて、お互いを必要として支え合ってる、最高のカップルだよね」
「カップルって言うと語弊があるし…俺が一方的に支えてもらってる感じです」
「そう?山崎さんも由羅君のこと救世主って言ってたよ」
「確かに…時々“由羅は俺の救世主や”って言ってますけど…」
「薬、もうやってないでしょ?」
「はい。お酒も減ったし、職場でも健康的になったって褒められてるみたいです」
「それは由羅君が救世主だからだよ」
「そうかな…」
それほど役に立っているとは思えないと、由羅は首をかしげた。
ふと見るとマスターの腕時計が5時を回っていた。
「俺、そろそろ帰らないと」
「まだいていいのに」
「夕飯の支度したいから」
「主婦みたいだね」
「俺にできることって、それぐらいしかないので」
マスターとハグをしてから店を出る。
「じゃあ、気をつけてね」
「はい。また連絡します」
「由羅君、もう帰るの?」
「うん。またね」
心を溶かしてくれたぬるま湯の住人に笑顔で手を振り、由羅は駅へと向かった。
***
『お客様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、この先の線路に異常が見つかりましたため、しばらく停車いたします』
途中の駅を出発したばかりの電車が突然止まった。
6時半には帰りたいのに…
電車はなかなか動き出さない。
『線路に破損が見つかりましたため、復旧に時間がかかる見込みです。ただいま駅に電車を戻します。お立ちの方は手すりにお捕まりください』
アナウンスの後、電車が後退しプラットホームに戻った。
その後、電車を降ろされた乗客は別ルートでの帰宅を余儀なくされた。
由羅は数回しか一人で電車に乗ったことがない。徒歩か自転車で学校と家を往復し、帰宅後は家事をやらされた。休みの日も家事をしてから近所に外出するだけで、電車でどこかへ出かけることはほとんどなかった。
どうしよう…どうやって帰ればいいんだろう…駅員の周りには人が集まっている。それでも自分では分かりそうもないので、順番を待って迂回路を聞いてメモを取る。
通常なら新宿から30分もあれば最寄りの駅に着くのに…駅員の説明どおりだと、ここから最寄り駅まで1時間以上かかってしまう。だけど、バスに乗るにも路線がわからないし、タクシーは問題外だと思った由羅は仕方なく案内された通りのルートで家に向かう。
最後に乗換えをしたのは8時。最寄りの駅まで30分。
玄さん心配してるだろうな…
乗り換えた駅で電話をするべきだったことに気づく。乗り換えするのに精一杯で、電話のことは思いつかなかった。すでに不安と焦りでテンパっていた由羅は、泣き出しそうになる自分の気を反らそうと、もらってきたパンフレットを何度も読んだ。
そして由羅が最寄りの駅に着いた時、ホームの時計は8時半をまわっていた。
早く帰らなくちゃ…小走りで改札を出る。
「由羅!」
改札の近くで玄太が手を振っているのが目に入った。
「玄さん!」
思わず走り寄って抱きついた。
「しんどかったやろう…大冒険やったな」
太い腕にギュッと抱きしめられ、安心した由羅がボロボロ泣き出した。
「どうした。何や、20年ぶりの再会か?」
自分の首にしがみついてしゃくりあげる由羅の背中を、玄太がポンポンと叩く。
「玄さん…玄さん…」
「大変やったな。無事帰って来れてよかった」
玄太は優しく由羅の背中を撫でながら、泣き止むのを辛抱強く待った。
「ごめん…」
15分ほど泣いた後、ようやく泣き止んだ由羅が体を離して申し訳なさそうにうつむいた。
「鉄道会社が悪いんやろ」
「違うよ…こんなところで大泣きして、玄さん、恥ずかしかったでしょ」
「全然」
「俺、泣きすぎてウザいよね」
由羅は5年以上泣いていなかった。両親が健在の時は“泣き虫ね”と、微笑みながら頭を撫でてくれたけれど…兄がアメリカに渡り、両親が他界した後、泣けば叩かれることを体で覚えた由羅は、悲しくても涙が出なくなっていた。ところが玄太の昔話を聞いて大泣きしたからか、由羅の涙腺は幼い頃のようにすっかり緩んでしまっていた。
「ウザくはない。泣きたい時に泣きたいだけ泣いとかんと体に悪いから。好きなだけ泣いらええ。けど、あんまり泣かせたくはないな」
由羅の顔を覗き込み、微笑んだ玄太が分厚い手で涙の痕を拭う。
「今日は久しぶりに、コンビニで弁当買って帰ろう」
「まだ、ご飯食べてないの?」
「由羅が戻らんのに、食えへんやろ」
「…玄さん…」
歩き始めていた由羅が立ち止まった。玄太が振り返ると、また大きな目から涙が溢れそうになっている。
「由羅…」
玄太は笑いながら、再び由羅を抱きしめた。
「何や、蛇口壊れたんか?」
「だって、玄さんが俺を待っててくれたから…」
抱きしめていた体を離し、玄太は腰をかがめて由羅に顔を近づける。
「しゃあないな…」
微笑みながら太い指で流れる涙を拭う。
「節水にご協力ください」
そう言ってニヤッと笑われ、由羅も涙を溢しながらも笑みを浮かべた。
「いいんだよ。今年は雨がたくさん降ったから」
上目遣いでそう言われ、玄太はまた由羅を思い切り抱きしめた。
***
「コンビニ弁当食うと、なんで酒が欲しくなるんやろ」
最近酒量が減っていた玄太が焼酎のビンを空にした後、新しい一升瓶を開けた。
「飲んじゃダメ」
「由羅の手作り料理の時は、飲みたいと思わへんのにな…」
「俺が呪いをかけてるからだよ」
「そこは愛情って言うて欲しいな」
そう言いながら日本酒をコップに注ぐ。
「ダメだよ。俺、玄さんの救世主なんだろう。救世主の言うことが聞けないの?」
「何やそれ…」
「マスターにもそう言ったんだろう。だからダメ」
両手を腰にあてた格好で上目遣いににらまれ、玄太が噴き出した。
「何だよ。俺、真面目に言ってるのに」
「ハハハ…俺の救世主様は…可愛すぎる…ハハハ…」
お腹を抱えて笑い出した玄太につられ、由羅も大笑いした。
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